第十一話 意外な才能

なんだろう…暖かい…そして静かだ…あれ?僕は…


そうだ!ゴブリンを倒して…それで?どうなったんだ?


ゆっくりと目を開けると星空と僕の顔を覗き込んでいる女性の顔が目に入った…


「大丈夫?」

そう聞く彼女の顔は困ったような安心したようなそんな複雑な表情だった。

「僕は…どうなったんですか?」

まだ頭がボーっとする上手く記憶の整理が出来ない。


「ゴブリンを倒してそれで気絶しちゃったのよ。無理もないわ、初戦闘だったのだから。でもすごく立派だったわ、お疲れ様」


そうか、僕はまた!?ってことは!!


「うわあああ!ごめんなさい、ごめんなさい、毎度の事ながら膝枕ひざまくらしてもらってごめんなさい!」


慌てて飛び起きると彼女に向かい土下座をする勢いで謝り倒す。何をやっているんだ僕は、勉強もして訓練をしてなおこのていたらく、自分の事ながら情けない…よく見れば焚火たきび倒木とうぼくを使ったキャンプの設置すら彼女一人に押し付けて呑気のんきに気絶していたなんて…


「いいのよ、初めては誰だってそうなるわ。その初めてで命を落とす人も大勢いるのだから誠君はよく頑張った方よ。自信をもって…ね?」


「それでも…あれ?そういえば血を大量に浴びたのに、ずいぶん綺麗になっているような…匂いも無いし」

「ああ…悪いとは思ったんだけど脱がせて洗ったわ。ほら、そこの川でね外套は干してあるし胸当てなんかは拭けば綺麗になるし、大丈夫。それよりもお腹空いているでしょ?戻しちゃったから余り食欲無いと思うけど、何かしらは食べておかないと、スープなら飲めるでしょ?」


「頂きます…」


そう言って受け取り一啜ひとすすりしてみると…

「これ…みそ汁じゃないですか!?こんなのもあるんですか?」


この香り、味、間違いないみそ汁だ!具は見たこともない青菜とこれまた見たことのないキノコだが味はシメジなんかに近いかも…食感がいい。多少熱かったが勢いよく飲み干すと心なしか体の芯から暖まるような気になった。


「量にも限りがあるから頻繁には作れないけどね?今日は…よく頑張りましたってことで」


「改めて、何か何まですいません。神坂さんに頼りっきりで、僕に出来る事があれば何でも言ってくださいね?」

「何でもって言ったわね?」

一瞬目が光ったような気がして即座に近寄ってくる。

「いや、出来る事でって事ですよ?」


一気に近くなった距離を離すようにジリジリと後ろに下がる。

「じゃ、こっち来てここに座って?」


ま…まぁ座るくらいなら…彼女も少し間を開けて座るとこちら側に倒れてきた。…これは膝枕?


「たまには私もされてみたいと思ってたんだよね?おお~なにげに良いものだね?」

なんだか彼女を見下ろす光景は新鮮なんだけど少し近いような…

「そう…ですかね?自分ではわかりませんけど」


「ねぇこの世界の事は前に話したけど、そろそろ言葉使いを直してほしいな。それに呼び方も」


こちらの世界では敬語というのは年長または地位の高い者に対して使うもので同年代で使うのは非常に珍しいのだという。そして名字で呼ぶのもあまり行わないようだ。名前、名字の順で表記もされることから宛ら海外での呼び方に近いものがあった。


「で、でも…かみさ…アオイさんは…」

「オバサンダト言いたいわけね?」

「いや、そうは言ってませんただ、尊敬する人ですから…」


機嫌を損ねてしまったようで、膝枕は継続中だがそっぽを向かれてしまった。普段から女子と話す機会のない僕には名前で呼ぶこと自体のハードルが高い。妹に話すように話せば良いのだろうけど…パチパチと火種が弾ける音がする。静かな夜、二人っきりの夜、今なら…


「…僕は、友達がいません。だからでしょうか、他人との距離感が判らないんです。敬語なしで話せるのは家族しかいませんでした。神坂さんが彼女になってくれたのはとても嬉しいです。本当です、でもどこかで信じられない気持ちがあるのも嘘じゃありません。名前で呼ぶのだって本当はとても緊張するんです努力はしますけど…」


僕の独白どくはくを聞いて彼女は再度向きを変え僕を見上げる。その顔は少し怒っているような気がするのは何でだろう…


「君は…ううん、私は元はこの世界の人間、だからこっちの感覚で言うね?マコトの気持ちはわかるよ?それに私がした事で君を傷つけたのも事実だから否定はしない。でもね?それはズルいと思う。マコトは繋ぐリンカーの力を持っていた、それが向こうの世界で理解されない症状だったのも知ってる。そのせいで傷ついていたのも知ってる。だけどマコトはそこからもう一歩でも踏み出そうとした?確かに理解されない事がほとんどでしょうけど、それでも信じてくれる人がいたかもしれない。自らを奮い立たせて話をしようとした?」


彼女の言わんとしている事はわかる。自ら壁を作って他人と距離を取って接触を避けていたのは自分自身の所為せいだと言いたいんだ、でも、あんな噂が広まっても何事もないように振る舞うなんてできる筈がない。


「マコトは頭が良いんだもん。多分私が何を言いたいのかがわかってるんじゃないかな?変わるってとっても大変だよね?更に関係が悪化するかもしれない。もっと傷つくかもしれない。壁を作って離れていればこんなに楽な事はない。だけど…それじゃ貴方が壊れちゃう。だからね?今は、私にだけは本当の貴方を見せて。大丈夫どんな貴方だって受け入れる自信がある。だてに二つの世界で生きてないわ」


受け入れる…どれだけ僕が欲しかった言葉だろう。彼女は起き上がり僕の頬に触れる。自然と涙が流れていた。こっちの世界に来てからは影を見ていない、もうそういう事もないんだろうな。ここまで言ってくれたのだ僕が変わらなければ…


「すぐには…無理…です…だけど、頑張るよ。ありがとう…アオイ」

「うん!そう、その意気だよ遠慮はいらないからね。さ、そろそろ出発しようか?目的地は川の上流にあるから川沿いを歩くけど、注意事項は何だっけ?」


「水辺では深さの確認をおこたらない事、出来れば…あれ?夜間の川沿いは足を取られる可能性が高いから休めるなら休んだほうが良いんじゃなかった?」

「そう、その通り。ひっかけ問題にも対処が完璧。言葉使いも大丈夫。さすがだね」


ああ…試されたのか。交代で休もうと提案し先に休むことになったが起こしてくれなかったようで朝までぐっすりと眠ってしまった。里でゆっくりするから大丈夫と言ってくれたが、少し心配だ。だって…僕は彼女が休んでいる姿を見た事がない…命の危険がある場所でぐっすり眠るのもどうかと思うが、休まなければ疲れが溜まる一方だろうに…ただでさえ僕という足手纏あしでまといを連れているのだ。



しばらく進むと、獣の咆哮ほうこうと共に木々の倒れる音がした。彼女の後を追い音の方向へ向かう。二度目、三度目と近づく程に咆哮がお腹に響く。前を走る彼女が制止するように手を横に出した、どうやら原因を見つけたようだ。


「…!?な…なんですかあれ?…デカい…3メートルはありますよ?」


目の前に現れたのは黒茶色の毛色に覆われた筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの大きな…豚?いや、2足歩行だし…しっかりと手にには大きな巨木を棍棒にようにして持っている。巨大な体に豚の顔…そういえばこのモンスターも習ったよな…


「あれがオークですか?」

「正解。ほんっと凄いよね?Aクラスに割り振られるだけの事はあるよ」

「それ褒めてるんですか?」

「素直に驚いてる。マコトって意外と冷静に物事を見るよね?なんだろう…今だって下手したら殺される状況だよ?」

「かみ…アオイがいるから…」


それは隣に世界屈指の強者がいれば気持ちに余裕も出てくる。だから冷静…なのかはわからないけど教えて貰ったことは復習もしてるし暗記出来ているんだ。僕一人ではきっとこうはいかない。彼女はそんな僕を見ながら

「食事の邪魔をしたら襲ってくるから先に進もうか」


そう言って来た方へ戻ろうとする。オークやオーガ、体長の大きいモンスターはそれこそ人間だって食べるんだという。確かにそんな恐ろしいモノに自ら首を突っ込むのは良くないな…僕も彼女にならい戻ろうとするが…怖いもの見たさなのか、好奇心なのか振り向こうとした時に彼女から声がかかった。


「今振り返ったら後悔するよ?止めておきなよ」

「ごめん、もう…振りか…え!?食事って…食べられるのって人間じゃないか!?」


助けないと、制止する彼女の声も聞こえない。僕は一体何をしているんだ?でも頭じゃない、体が勝手に動く。思い出せ、体格の大きい敵との戦い方は?有効な攻撃は?腰の剣を抜く。まずは動きを止める!狙うは2足歩行が出来るのなら足のけん、体格が大きい分多少ズレても効果がある!次に繋げる動作を考えろ!あの人を助けるならばすぐに動けなきゃ話にならない。ならば斬るより払う!


腕の力で剣を使うな!全身を使え!払う時はどうする?剣が当たるまで目を離すな!先に出すのは足、腰、そして腕!


「離れろ!おおおおおお!」


オークの左足のけんを切断するように横に払う!


「ブフォッ」


倒れはしなかったが、バランスだけは崩せたみたいだ。倒れている人は…安否がわからないけど呼吸はしているようで胸が上下に動いていた。


「聞こえますか!?動けますか?とにかくここから離れて!」


この人をかばう様に立つとオークも態勢を元に戻していた、対峙してみると非常に大きい、正面から見れば豚の顔には似つかわしくない巨大な牙が上下に二本あり不気味にカチカチと音を鳴らす。

足元を見れば多少の傷はあったのだろうが、完全に動け無くするほどの傷は与えられなかった。


「こんな時は…武器が効かないのなら…魔法で…」


魔法は難しく考えれば考えるほど難解になっていく、そこに全てがあるが認識できなければ何もないのと同じ。なら…この人を助けるためには…右手をオークの頭に向けてかざす。


「…バースト!」


突然オークの眼前が轟音ごうおんと共に破裂する、その音と熱はオークの頭部を破壊するには十分だったようで残った体は後ろ向きに倒れて行った。



ズドォーン!



「…ハァッハァッハァ…そうだ、あの大丈夫…です…か?」


振り向くと長い髪は金色で深い緑色の瞳、一瞬目を奪われる程に綺麗な人だった。そして特徴的な尖った耳…この人が…エルフ?暫く見つめ合い互いに次の言葉を探していると、パチパチと拍手をしながらアオイさんが出てきた。


「いや、ほんっと驚いた。まさか一人で勝っちゃうなんて…マコトは戦う才能あるんじゃないの?とにかくおめでとう」

「あ…ありがとう…ってアオイさん!どうして見過ごすような事言ったんですか?もう少し遅かったらこの人は…」

「そう?そこのエルフだってタダで食べられるわけないでしょ?反撃の一つや二つは用意していたと思うけど?」


エルフの人を振り返ればコクコクと頷いている。じゃぁ…僕のやったことって…


「でも!同じ女性として見過ごせないとか…なかったんですか?」

「それは無いかな」


コホンッと咳払いをしてエルフが話しかけてきた。


「…旅の方、助けて貰った事には礼を言う。だが…君は大きな勘違いをしている」

そう言って僕を直視する。少し甲高い声だが不快じゃない。とてもよく似合っている。その深い緑色の目は真っすぐに、口元は笑っていなかった。



「私は…男だ」

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