第十話 ある冒険者の結末②

…信じらねぇ、民衆に教えを説き導く存在の教会、それもそのトップが放って置けと言ったのか?危険なモンスターを放置しろと?それなら何で依頼を出した?その目的は?…ッチどうもあれこれ考えるのは苦手だが…それでも神王が言ってることが間違っているのはオレでもわかる。


神王は目を伏せたまま黙っていると、ゆっくりと開きこう言った。

「カインさん、アーシャさんあなた方には話して置かなければならないでしょう、この二人以外部屋から出て行きなさい。お二人にのみ話があります」


予想が出来るかこんなモン!あの神王が何のために?オレ達二人だけを残せと?


「神王様なりません」

「そうです。この様な無礼者を護衛もつけずになど」


神官たちの言う事も最もだろうが、今はこの状況に感謝だな。一対一サシ…いやアーシャもいるならこちらが有利だ。少し…いや、かなり無理を言ってでも討伐に行ってやる。そして勇者を探し出し今度はオレが…


「次に目を開けた時に残っていた者は…わかりますね?心配は有り難いですが同じ人間です。争うようなことはありません、もしそうなったとしても…大丈夫ですよ」


そう言うと再び目を閉じたのを見ると神官や護衛騎士はオレたちを睨みながら部屋から出て行った。アーシャは相変わらず恍惚こうこつの表情で神王アイツを眺めていた。いつまで見惚みとれていやがる、さっさと戻ってこい!


バンッ!


背中を叩くとアーシャは何も言わずこちらを睨む。まるで邪魔されたと言わんばかりに…

「おい、いつまでそうしてんだ。何とかして、ぼうけ…いや討伐に行かねぇと」

「まったく…そんな心配は無用ですよ、あのお方ですよ?神に愛された神の代行者…あのお方の言う事に間違いはありませんよ、そしてきっと…」


言い終わる前に神王が目を開く。

「行ったようですね…申し訳ありません、一応立場というものがありますから。貴方達も楽にしてください。私もその方が話しやすいので…」


そう言うと純白の帽子を脱ぐ。帽子の中に収められていた雲一つない青空のような髪が現れる。純白のローブ、青い髪、そして優しげな眼差し…成程アーシャの言う通りだ。魅了の魔法チャームにも似たような効果がある。見るものを己の手足として使う淫夢サキュバスなんかが使う魔法だが、幸いこの正装には状態異常の魔法に対する抵抗力が強い素材で出来ている。


壇上から降りてくる神王を前にしても正気を保っていられる。こちらも立ち上がるとオレの肩くらいの背丈のくせに迷いのない瞳がこちらを見てる。


「そりゃどうも、こっちも慣れていない言葉使いだと背中が痒くなる。で、早速だが何故討伐をする必要がないんだ?最初はなっから取り下げるのなら、なぜ依頼クエストを出した?失敗続きなのは言い訳もねぇが…それでも多数の冒険者が消息を絶っているのは事実だ。それが人里に降りて来てみろ、被害はそれだけじゃ済まねぇんだぞ?」


「そうですね…カインさん、貴方の言う通りです…全ての質問に答える言葉があります。『その必要がなくなったから』ですよ」


そう言うと神王はこちらに背を向き再度壇上へ上がり出す。必要なくなった?何が?依頼が?


「神王様、出来ればしっかり説明して貰いたいんだが?アンタらのお言葉は庶民にとって難解極まりない。アーシャもそう…グハッ!」



アーシャに話をしようと振り返る瞬間、背中に衝撃が走った…床に崩れ落ちると体が動かない…これは…魔法?腕や足も動かない、辛うじて首が動く程度だ。何がどうなってる?正装は麻痺にも耐性が…


「グッ…はな…せ…まだ…無くすに…は…早ぇんだよ…」

後ろに控えていたアーシャがオレの髪を掴み持ち上げる。後退してきたとはいえまだまだ無くす訳にはいかねぇ…


「耐性を無効化する方法はいくらでもありますよ?正装に細工をする…とかね?それよりも聞くにえません。何ですか?先程から神王様に対する無礼な物言いは。本来はもう少し後の予定でしたがこれ以上は耐えられません、よろしいでしょうか我が神よ」


「フフッ…もう少し伸ばしても良かったのですが、良いでしょうアーシャ、貴方に任せます。さぁ答えを教えて差し上げて」


陰謀グルか?でも何で神王とアーシャが?


「元々依頼先にいるモンスターは最高難易度です。この都市にいる冒険者では100人束になっても適いません。それでも万が一という事もある、その為討伐に向かう冒険者が本当に最高難易度をこなせる実力があるのか見定めていたのです。ですがマスターが選抜した冒険者でも適いませんでした。ならばこの都市一番の実力者である、あなたさえいなくなればこの都市ここには用がなくなる…という訳です」



じゃぁ最初っからこの依頼クエストは達成できるはずがなかった?実力者を炙り出す為の罠…?だったらオレは…死ぬ必要のない冒険者を…わざわざ死地へ追いやったと言うのか…アーシャはオレの表情を見ると満足そうに笑った。


「良いですねその表情、いつもの仏頂面よりいくらかマシですよ?さぁその表情のまま聞いていて下さい。まだ半分ですよ?そしてそのモンスターは人里に降りてくることはあり得ません。ええ…絶対に。何故ならそのモンスターは神王様が配置した我々の実験体オモチャですから。依頼クエスト内容は覚えていますか?(洞窟に巣くうモンスターの討伐)ですよ?その洞窟は言ってみれば洞穴も同然そしてその実験体オモチャは外に出れば体が溶けてしまいますからね、言ってしまえば討伐の必要すらないのですよ…ですから神王様が仰いましたよね?『その必要がなくなった』と…フフッ…アハハッ!…」


声高らかに笑いやがって…そうしてオレは入ってきた護衛騎士に連行され地下の牢屋に収容された…だが意外にも牢屋の中は狭いが寝台もあり、日の食事も満足がいくものが与えられた。オレを懐柔かいじゅうするつもりなのだろうか?だがそんな事には絶対に屈しない。幸い独り身だ守る家族もない。あの約束をしたその日から腕を磨くことだけに躍起やっきになっていたのだから…


牢屋ここに入れられてどのくらい経っただろうか、地下に響く足音が二つ…鉄格子の向こうに見えるのはアーシャと神王…


「どうですか?此処の暮らしは。ギルドの執務室よりも狭いですが意外と快適じゃないですか?」

ニヤニヤと不快な笑いを浮かべアーシャが問う。


「悪くはないが、何故だ?さっさと殺せばいいだろう?なぜ生かしておく?オレは貴様らの仲間にはならないし、オレの利用価値なんてないだろうに」

そうだ、さっさと殺せばきっと…


「マスター?私があなたの補佐になって数か月が経ちます。その間貴方を徹底的に調べました。隠せると思っているのですか?貴方は『神の試練』を受けていますよね?だから殺さないのです」


「!?お前…どうしてそれを…」


答えを予想していたのか、オレの反応が面白かったのかアーシャは声を荒げて笑う。

「知られないと思っていたのですか?『神の試練』の管轄は教会ですよ?結果はマスターしか知りませんが今の反応は当たりですね?効果は知っての通りです。『自殺』では発動しませんからご注意を」


クソッこれもダメか…ならばやはり勇者に出て来てもらわなければ…どうやって行方不明の勇者を探す?牢屋ここに居たんじゃそれも出来ない、かといって『自殺』では効果が出ない。残るは…


「なぁ、どうだ?オレを雇う気はないか?これでも戦いに関しては自信もある、仲間にはなれないが聖神王庁あんたらの依頼を受けおう。報酬次第なら暗部あんぶだってこなせるぞ?」


「カインさん…聖神王庁われわれは既に貴方以上の戦力を有しています。暗部あんぶに関しても同様です。それに…貴方はここから出て勇者を探したい…そうですよね?ですが―」




「―勇者はこの世にいません…死んだのです」




…死んだ?…勇者が?…神の啓示を受けたのに?…あの少女が…死んだ?…


「嘘だ…勇者が死ぬなんて…そうだ、蘇生だ…勇者は蘇生が出来るんじゃ…」

「それもあり得ません。勇者の死後その魂までも全てを消滅したのを確認しています」

「嘘だ!何故判る!何故言い切れる!」



「勇者を殺し、魂までの消滅を行ったのは…我々勇者パーティですから…」


………


……



「良いのですか?神王様、あの男を生かしておいて…心が折れた状態なら生かす理由もないかと…」


「良いのですよアーシャ…念には念を手札は多いほど役に立つのですから」


そう言うと神王はアーシャの頬から顎の先を指でなぞる…アーシャの恍惚こうこつな表情を眺めながら指で顎を持ち上げるとアーシャは目を閉じる。

「ふふっ…可愛い子…いいですか?アーシャ次は交易都市に行って貰います。同じことができますね?私の期待に応えてくれますね?」


「私の身も心も全て貴女様のものです。如何様いかようにもお使いください…ですから…」


アーシャの唇に指をあてる。


いやしい子…ご褒美は次が終わってからにしましょう…」


「あぁ…お任せを、必ずやご期待に応え見せます」



この後城壁都市ではある事実に不安と安堵が入り混じった空気になる。それは大人でも子供でも、裏社会の人間でも知るようになる。


―ギルドマスターが討伐に失敗し死亡、城壁都市の治安維持や冒険者管理は聖神王庁せいしんおうちょうが管理する事になる―

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