第九話 ある冒険者の結末①

「またか…これで今月何件目だよ」


エクス帝国の城壁都市内にあるギルド「エルドラド」のギルドマスターであるカインは何度目かのため息をついた。今月に入ってある討伐系の依頼クエストで失敗が続いているのは知っていたが今回はそれなりに有名な冒険者6名を送り込んだ筈だ。


全滅したと知らせを受けたのはつい先程、冒険者が依頼クエストに失敗するというのは珍しい事ではないが、同じ依頼クエストで失敗すると言うことが異例であった為、彼なりに選抜したつもりではいた。それなのに今回も失敗との報告を聞き頭を悩ませていた。


「勇者様がいた頃はもうちっとマシな冒険者がいたもんだがな…」


勇者…神からの啓示けいじを受け悪を討つものに贈られる称号…なのは遥か昔の話。ここ最近では子供ですら信じない御伽話おとぎばなしだ。信心深いカインには恐れ多いがその勇者を自称している者が多い。〇〇を倒した、村を救った、街の復興に尽力した、確かに素晴らしい功績だと言っていい。


だがその者らがその功績を盾に住民等に迷惑かけているのであれば勇者ではなく無法者むほうものだ。カインが成人したばかりの若僧わかぞうだった頃あるパーティーに出会った。妙齢みょうれいの神官、いかつい騎士、怪しい魔法使いを連れた自分とそう年齢が変わらない少女達は勇者パーティーと呼ばれていた。強きをくじき弱きを助ける、そんな理想的な勇者パーティーだった。


「あんな人はもう現れないのかねえ…」


カインは今の世界が嫌いだった。神様は見守っているとほざき、民衆を助けようともしない教会、汚職や賄賂わいろが横行し正義のかけらも無い貴族院、実力を見誤り力を誇示こじしようとして成果の出せない冒険者も、そしてそれをいさめられない自分も…では何故ギルドマスターの地位にいるのか、勇者パーティーにいた少女との約束の為、ただそれだけの為に自分は此処ここにいる。



「私は世界を、君はこの都市を守ろう!その時が来たらきっとまた会える。だから頼んだよ。カイン」



その約束を守る為にただひたすら腕をみがいた。いつも間にかギルドマスターなんて呼ばれて冒険に出るより執務室にこもって書類と格闘する時間が多くなり自分はいい歳となってしまったが彼女は今何をしているのだろう、まだ約束は覚えているだろうか…


「エレノア…」


遠い過去になってしまったが勇者エレノアの行方がわからなくなったと聞いた時も信じられなかった。だが…この奇妙な依頼クエストを出したのは教会、その教会のトップは勇者パーティーにいた女性だという事まではわかっていたが一介いっかいのギルドマスターが教会のトップに謁見えっけんできる機会は多くない。


クエストの経過報告と奇妙な点の報告、それだけのモノがあれば謁見が出来るかもしれない…とマスター補佐の女性が教えてくれた。もしかしたら勇者の行方のヒントが判るかもしれない。教会共は責任の所在を言ってくるに違いない。そうなればこっちのものだ。


「いい歳して燃えてきたな…」


無精髭ぶしょうひげを剃り、慣れない正装に腕を通し、握る機会も少なくなった槍を背負う。執務室からギルドホールを抜け外に出ると一台の馬車と自分と同様に正装した女性が待っていた。



「遅くなった。悪いなアーシャ、早速だが出るぞ」

「はい。マスター。それと作戦がうまく行った場合の準備も出来ています」


アーシャが荷台を開けると長い間苦楽を共にした装備品が綺麗に磨かれていた。


「流石優秀だな。お前には悪いと思うが一緒に来てもらうぞ?」

「当然です。マスターの補佐として当たり前の事です」


御者ぎょしゃに出発の合図を送り教会へと向かう。都市内にある教会ではなく少し離れた場所にある聖神王庁せいしんおうちょうだ。

馬車内は無言で時が過ぎていく。ふとアーシャを見ると静かに呼吸しつつ目を閉じている。眠っているのではと頬を突いてみようとしたがスッと目を開く。


「ご冗談はそれくらいにして下さい。これから神王しんおう様に拝謁はいえつされるのですよ?」


相変わらず度が過ぎる程の真面目ぶりだった。仕事も出来る、魔法も使え、美貌びぼうもある。綺麗に纏められた金髪は肩のあたりで揺れ日が当たれば輝いて見える。切れ長の目から覗く青い瞳に恋焦こいこがれる人間も多いと聞く。


「どうされました?何か私の顔についていますか?」

「いや、相変わらず美人だなと思ってよ。髪もそうだし、なんつーか完璧だよなアーシャは」

「そうですか?マスターの赤髪もとてもよくお似合いですよ。私などにそのような思いを持っていたら神王様に拝謁はいえつしたら目が潰れるでしょうね」

「お前は神王様に会ったことがあるのか?」


初耳だった。


「拝謁です。一度だけですが。全てが違います。あのお方こそ神人しんじん、いえ神そのものと言っても差し支えない美しさです」


他人の趣味をどうこう言うつもりはないが、アーシャの神王に対する思いは異常だ。自分も信心深いと自覚しているが崇拝すうはいと言って良い程だ。


「お前には悪いが、俺は好きじゃない。名前からして好きじゃない。神王だぞ?神の王って事になるじゃないか。魔族にも勝てない人間風情が神を名乗る事自体が烏滸おこがましいじゃないか」


言い終わると同時にアーシャから物凄い殺気を感じた。好きじゃないと言っただけなのにか?おいおい…だがせっかく巡ってきた冒険に出るチャンス。彼女の協力も不可欠となれば仕方ないが頭を下げるしかなさそうだ。


「スマン、俺だって自分の信じてるものを悪く言われりゃ腹も立つ。今のはオレが悪かった」

「そうですね…謝罪は受け取りました。もう間もなくですのでご準備を」


殺気は収まったが機嫌は損なったままだった。敷地内までは馬車が入れず正門前で降りる。帰りように待たせて置き片道だけの金額を手渡す。見上げるほどにデカい建物だ。下手したら皇帝の城と同じかそれ以上だな…こんなところに金を使う暇があるなら孤児院にでも寄付をすればいい、それこそ神への奉仕だろうに。


門番を見れば白銀の全身鎧に大層な剣を差し、持っている盾と全てに魔法が込められている。それを門番全員の装備ともなればこれまた多大な費用になる。その金は一体どこから集めるのか…


「ギルド「エルドラド」のマスター、カイン・スレットだ。教会から受けた依頼クエストにいくつかの問題が生じた。特に異常な点が多い、その為に神王様に…拝謁はいえつしたい」

「ギルドマスターでは神王様に拝謁は出来ない。報告なら都市内にある教会でおこなえ」


やっぱり駄目か…都市内の教会ではギルドマスターが動けるだけの命令権を持っていない。教会トップの威光があればと思ったが、甘すぎたか。


「それでは、こちらを」

そういって後ろに控えていたはずのアーシャが手紙を差し出した。何だあれは?あんなもの見たことがない。手紙の裏を見ていた門番は「少し待て」と言い残ししょへ大慌てで走っていった。


「おい、アーシャ。何だ今の手紙はオレも知らなかったぞ?何でお前が…」

「細かいことを気にしすぎると髪が後退しますよ?そうですね…秘密兵器といったところでしょうか」


クソッ気にしている事を言いやがって…これで失敗したらアーシャに好意を持ってる冒険者を集めて給仕きゅうじでもさせてやろうか。そんな事を考えていると突然重厚な音を立て門が開かれた。高位の神官とみられる人物とその護衛だろうか…あからさまにこちらに敵意を持っているのが見て取れる。


「そなたか…神王様直々の封書を持ってきた者というのは。着いて来なさい神王様が拝謁はいえつされる」


おいおい…アーシャ…お前は一体何者なんだ?神王直々の封書だと?オレが知る限りアーシャが聖神王庁に出入りしているなんて聞いたことがない。出身だって…本当にどうなっていやがる。

「マスター?どうしました?早く行きましょう」

アーシャと迎えの神官は既に敷地内だ、急ぎ後を追い扉の前までくると、またしても門番に止められた。


「ここより先は武具の持ち込みを禁止する、神王様の御前だ良いな?」

そう言うとオレの槍を取り上げる。まぁ返して貰えるなら良いんだが…


「そいつは長年愛用していた自慢の一品だ、傷一つ付けてみろ手前てめぇらの装備を全部剥いで売っ払ってギルドの再建資金にするからな」


凄んでみるとコクコクと無言で頷いて見せた。武具の性能に胡座あぐらをかいている連中に負けるかよ…


「こりゃ凄ぇ…」

ホールの広さはギルドの倍以上、白で統一された壁に掛けられた絵画、芸術に明るくない自分にだってわかる。見るものを魅了するとはこう言う事なのだと実感する。正面の階段を上がり回廊を進むと同間隔で並べられた絵画はよくよく見てみれば世界創生の物語が順番に並べられていた。そして一際大きな扉の前で立ち止まると神官は呪文を唱え始めた。


「おいアーシャ、あれは何をしているんだ?」

小声で聞いてみる。

「神王様への拝謁室は外からは呪文を使わないと開けられないのですよ。御身おんみをお守りする為の結界…といったところでしょうか」


音も無く扉が開かれゆっくりと中へ進むが…一瞬戦闘体制に入ってしまった。何だ?先に見えるのが、神王アイツから殺気を感じた?


「おい!」「貴様!何を!」護衛の騎士に取り押さえらて床に組み伏せられる。あんな殺気を感じて護衛騎士こいつらは何も感じないのか?それにアーシャまで…アイツが気付かない筈がない…アーシャはと振り返ってみると絶句した…

アーシャのあの表情…崇拝すうはいどころじゃねえ恍惚こうこつにも似た表情…一体神王ってのはどれだけの力を持っていやがる…


「良いのです。離しなさい、彼を自由に」


やっと自由になった身体を起こす。護衛騎士こいつら関節をきめやがって…痛みが引かねえじゃねえか。神王の前まで歩き膝をつき頭を下げる。


「神王様におきましては…「良いのです。堅苦しい挨拶は…さあ頭を上げて顔を見せてください。ギルドマスターのカインさんと補佐のアーシャさんでしたね、ようこそ聖神王庁せいしんおうちょうへ。早速ですがお話を聞きましょう」


口上を途中で遮り親しげに話しかけてくる。気に入らねぇ、親しげに話しかけてくるならその壇上から降りやがれ、此方を見下ろすあの表情…完全に見下していやがる。確かにアーシャの言う通り絶世と言えばいいのだろうか非常に美しい見た目をしている…だが、オレがガキの頃会った時の方が何倍も美しかった。


「早速ですがご報告を。この度ギルドへ持ち込まれた討伐のご依頼ですが既に何組もの冒険者が帰ってきません。私が選抜したパーティーも同様に消息がわかりません。依頼の難易度は非常に高いと思われます、依頼内容の再考案、または先遣隊の派遣を依頼します」


「討伐するのがギルドであろう!それとも我々があやまった難易度で冒険者を危険にさらしたと言うのか!神王様の前で!我々を愚弄ぐろうするか!」

頭の凝り固まった年老いた神官が大声を上げた。そうそう、もっとだもっと、まだ足りない。


「ですが」

「言い訳をするのか!ギルドをまとめるおさともあろうものが!所詮は烏合うごうの集まり、信徒でもない野蛮な人種ではこなせない依頼だったか」


かかったな!聖神王庁ここに来るまではヒヤヒヤしたが、オレも長い間執務室にいた甲斐もあって腹芸を身に付けられたもんだ。


「ならば!そこまで我々ギルドを侮辱するのならば!この私自らがおもむこう!それなら文句あるまい!」

よし、これでオレが外に出られる。そして勇者を探し…


「その必要はありません」


神王は静かに目を閉じてもう一度同じセリフを言った。神官もオレも神王の真意がわからない。何故?放って置けとでも言うのか?民衆を守るべき教会が…

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