第八話 旅立ち
あの告白をした日以降、戦う為の訓練をしている。最初は剣を見た時とても興奮し色々振り回していた。「やっぱり男の子ね」なんて言われ恥ずかしくなったのが懐かしく思えた。ゲームや漫画で見るのと実際に持つのとでは感覚も違うし満足に振れなかったりもした。特に苦労したのは重さだった。剣を振るというよりは剣に振られているといった様子で彼女はクスクスと笑っていたのを覚えている。これを人に向けるとなれば…怖くて手が震えた。そんな時は優しく後ろから剣を一緒に支えてくれ「大丈夫」と言ってくれるだけで安心できた。
はっきりとした時間がわからないのは少し不便だったが、その辺りもしっかりとサポートしてくれた。朝起きて剣や槍、弓などの武具の取り扱い方や間合いの取り方、昼食後は魔法の勉強やこの世界の知識や言葉の勉強。昼間しか戦わない訳ではないので、日が落ちてからは再度戦闘訓練。それが終わるころには体力の限界をとうに超えておりベットの入るなり一言も交わさず眠りに落ちた。
筋肉痛で満足に動けなくてもお構いなしで、「テレビじゃないんだから相手は待ってくれないよ?麻痺なんかの異常を引き起こす魔法だってあるんだから」と休ませてはくれなかった。
だけど…それでも、彼女と過ごす日々がとても楽しかった。
ひと月を過ぎる頃からは実戦形式で模擬戦も加わった。当然敵う訳もなく初めて切り傷を付けられたときは怖くて逃げだしそうになった。優しく
そんな日常を過ごし、日差しが強くなり木々の葉がより深い緑に変わった頃…
「どう?少しは自信がついた?」
朝食後不意に彼女が聞いてきた。
「どうですかね?神坂さん相手だと自信を無くす方が早そうなんですけど…」
手合わせでは僕の攻撃は
「んー自分で言うのも変だけど、私の強さって多分だけど世界で見ても結構上位の方だからね、そう簡単に追いつけないよ?」
「十分身に染みてわかっていますよ。ですから自信がついたかと聞かれれば判らないとしか…」
「それもそっか…でも、そろそろかな?」
フォローもないのか…
「そろそろって…」
「うん。誠君は武器を持って戦うというより、魔法の方が良いんじゃないかな?こっちに来た時と比べれば体つきも良くなってきたし、勉強の方も私が教えられることも少なくなってきたからね。そろそろ次の場所に向かおうかなって思っていたの」
そう言われると途端に不安になってくる。確かに勉強はしたけど僕の知ってるこの世界は、このログハウス周辺がすべてだ。外に出ればモンスターとの実戦だってあるんだ、果たしてどの位出来るのか、もしくは全く成長していないのか、学校のようにテストがある訳ではないので、客観的に自分の実力が測れない。
「ねぇ、プロ野球選手の投げるボールを毎日のように受けていて、ある日小学生の投げるボールを受けたらどう思うかな?」
「そりゃ、遅くて拍子抜けでしょうね」
「そう、そういう事だから安心していいよ」
世界でも指折りの強さを誇る彼女との訓練と、この辺りのモンスターとではそれ程の違いがあるってことなのか?そう言われれば何とかなるような気がする。
「大丈夫。そう簡単に負けるような鍛え方はしてないから」
「神坂さんがそう言うなら…それで何処へ向かうんですか?」
「取り敢えずこの森の奥深く、エルフの里よ。誠君の魔法適正も見ておきたいし魔法と言えば専門家に見てもらうのが一番だから」
ゲームなんかで有名なあのエルフ…
「考えてること丸わかりだよ?浮気したら…フフッ」
一瞬で血の気が引いた…
「全く…それよりも着替えなくちゃね?今の服装はこの世界じゃ目立つし…確かあったはずよね…」
そう言うと彼女は部屋へ戻ったり外へ出たりと何かを探しているようだ。そりゃ僕だってゲームや漫画は好きだったしそんな登場人物みたいな人たちに会えるのは楽しみだ。美形ばかりと聞いているのだから尚更…
「あったあった。使えそうで良かった」
彼女が持ってきたのはゲームで登場する宝箱のような箱。装飾はついてないがそうとしか見えなかった。中身を取り出し僕に渡してくる。
「今から渡すからそれに着替え…ってわかんないよね?シャツの上から服を着て、ズボンをはき替えたら教えて」
そういって渡されたのは不思議な手触りの七分袖程度の緑色のTシャツに同じような素材のスボン…これも膝下までしか無い…お爺ちゃんが来ている肌着みたいじゃ無いか…不思議と体が軽く感じる。見た目は最悪だけど…
「ブッ!アハハハッ、似合ってないね…ごめん、お腹痛い…アハハハッ」
彼女はお腹を抱えて転げ回っていた…着ろって言うから!
「なんですか!この為に着させたんですか!」
「ごめんなさい…お腹痛い…あー笑ったな〜ごめんね、その上からこれを被って」
そう言って渡されたのは軽く金属で出来ているような細かな
「着たことは無いだろうけど、聞いた事はあるでしょ?
「これが…」
「
薄茶色のブーツを履くとサイズが大きかったが、
「うん、似合ってるよ。どう?重さとか気になる?」
「いえ、見た感じとは全然違って動きやすいです。重さも気になるほどじゃありません」
「なら良かった。持ってきた着替えはこの箱に入れておいて。持って行くのは無理だからさ…」
それにしても僕が身につけている防具がよくこの箱に入っていたよな…どう考えても入りきらない気がするんだけど、彼女曰く「細かいことは気にしない!」と言う事らしい。
「これで大丈夫かな。私も着替えてくるからちょっと待っててね」
そう言うと部屋へと消えて行く。改めて見ると胸当てなんかは重厚そうだが重さも気にならないし叩いてみれば胸までの衝撃がない。
「お待たせ、それと最後にこれをつければ立派な冒険者だよ」
腰に少し刃渡りの短い剣を挿し背中に回して外套で隠す。彼女も僕と同様の防具をつけていた。違う部分は胸当てと剣、僕のよりも長く装飾も凝っている。
「それにしてもよく一式用意がありましたね?というか、僕らがつけていい物なんですか?」
これが誰かの物なのであれば窃盗じゃないか?いきなり犯罪行為は遠慮したい。
「こっちに世界にいた時にちょっとね…盗みとか悪い事をして手に入れた物じゃないから安心して、この場所も、その装備も…ね」
「それなら良いんですけど…戸締りとかは…」
窓にも戸にも鍵らしきモノは見当たらない。
「この場所は大丈夫。見つけられないから」
そう言うといよいよ出発だ。エルフの里へは徒歩で移動するみたいでこっちの世界での移動手段は馬や馬車が主流らしい。移動の魔法を使おうにも里は結界で守られており徒歩しかないとの事。一日でいける距離ではないが旅慣れていない僕がいるのでゆっくりと進んでいった。
森の移動は彼女が数歩先を歩き、僕がその後をついて行く。訓練で体力がついたのか、足場の悪い中歩いていても疲れがない。
「僕も少し体力がついたんでしょうか、あまり疲れませんね」
そう言うと彼女はこちらを振り返り少し困ったような顔で笑う。
「ブーツにも魔法の効果があるからね、その効果が大きいかな?意外と疲れるモノだよ、道なき道を歩くのは…さて、復習の時間だよ?右前方に緑色したモンスターがいるんだけど、わかるかな?」
歩みを止め、僕に小声で話しかける。右前方…草や木と同化していてわかりにくいがゴソゴソと動くのがわかった。大きさが僕の腰くらいで耳が尖っている…
「あれがゴブリンですか?」
「そう、よく出来ました。なら特徴は?」
「単独行動はせず主に三、四体で行動します。好戦的ですが知能は高くない。ですが体格が小さいから攻撃を当て辛い。ゲームの印象よりも遥かに強い…ですよね?」
「その通り、流石進学校のAクラス。ならどうやって戦う?」
「先制攻撃で数を減らす。弓か魔法での攻撃をして、残りを各個撃破します。接近戦なら特徴的な頭部か腹部を狙う」
ダメだ…やっぱり怖い。暗記するくらい何度も覚えたが実戦となると心臓の鼓動が聞こえ手が震える。迷いの森周辺のモンスターには負けないと言われていても、神坂さんと訓練をしても、やはり怖い。
ポンッと肩を叩かれて初めてゴブリンから視線を外さず凝視しているのに気がついた。
「大丈夫。良い?私が合図したら右手で剣を持って大きく振りかぶって一気に振り下ろして。それだけで良いから。出来るわよね?男の子だもんね」
「子供扱いしないで下さい。歳は一緒じゃないですか」
「そうそうその調子、じゃあ…行くわよ!…シュート!」
彼女は火の魔法を放ち一気に駆け出す。
「ゲギャ」
不快な鳴き声を上げ一体を仕留めたみたいだ。不意打ちで行動が遅れたゴブリンを剣で払うと再度不快な鳴き声が聞こえた。すると動き出したゴブリンが草木を搔き分ける音を出し二手に別れたみたいだ。
「ショット!」
彼女が放つ魔法が片方を仕留める…あと一体…何処だ、何処へ行った。
ゴブリンは知能が高くない…けど弱いものを狙う…!?
すぐさま中腰になり右足を後ろに引き、剣を抜く。それから…攻撃を…ダメだ!彼女は合図をしてからと言っていたし何処にいるのかわからない。
でも、呼吸が早い、ガサッと音がすればそちらを向くが何もない。風で葉が揺れる音、全ての音に反応してしまう。彼女への助けを…声が出ない…怖い…
コツン…
何かが胸当てに当たった音が聞こえ下を向いた瞬間…
「誠!今!」
「ギャギャッ」
剣を大きく振り被って一気に振り下ろす!
………
……
…
生臭く粘ついた液体を盛大に浴びた…
足下を見ると転がるゴブリンの死体は腹部を裂かれ
「う…おえッ…」
盛大に戻し胃液すら無くなるんじゃないかと思えるくらいに吐き僕は意識を失った。
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