異世界編
第五話 魔法
今、何時くらいだろう…時計はないし、スマホはどこかに落としてしまったようで確認はできないが、かれこれ2時間は歩いていると思う。草原の先にあった森へ入り道なき道を歩き続けている。
神坂さんは相変わらず僕の数歩前を歩きながら、時々振り返り僕の様子を確認しているようだった。
やっと休めると思って息を吐き、腰を下ろせる場所を探していると先にいる彼女が手招きをする。どうやら休ませては貰えないらしい。ゆっくりと彼女に近づき同様に腰を
「あれ、何かわかる?」
視線の先には青くウネウネとした物体が数匹?何かを囲んでいた。
「なんですかあれ?初めて見ました…」
彼女はフフッと笑い僕の頭を
「そうよね、初めてよね。あれはスライム。名前くらいは聞いたことあるでしょ?」
?スライム?は?まったく理解ができない。持てる知識をフル動員しても僕が知っているスライムは動かないし、
「あれ?誠君はゲームとかしない人?ロープレとかで出てくるでしょ?スライム」
「ゲーム位しますよ…普通スライムって聞いたら作るものでしょ…」
「え?そうなの?スライムって聞いたらゲームを想像しない?」
「どっちでもいいじゃないですか、それでそのスライムをどうするんですか?戦うんですか?言っておきますけど僕は戦うどころか喧嘩だってした事ないんですから期待しないでくださいよ?」
また神坂さんはクスクスと小声で笑う。恐らくこの人には僕の答えが自分の想像と違いすぎて面白いのだろう…笑われているこっちとしては全くもって面白くない。
「スライムって聞いたらゲーム序盤の雑魚モンスターって認識でしょ?でもね?本物は違うの。体の大半がゼリー状だから殴る、斬るといった物理攻撃はほぼ効かない、つかみ取ろうとすれば腕を取り込まれて溶かされちゃう。じゃあどうやって倒すと思う?」
そんなことを僕が判るはずがない。でもゲームとして考えるのなら…
「ま…魔法ですか?」
言っていて恥ずかしくなる。ゲームなら序盤ですら苦戦しないのに本物?は違うのか…
「そう正解!魔法で倒すのよ」
彼女は再度僕の頭を
「魔法なんてある訳ないでしょ?というか、いい加減離れましょうよ倒せないなら逃げるしかないでしょ」
「あら?倒せないなんて言ってないわよ?じゃあ見せてあげよっか?ま・ほ・う」
自己評価ではあるが僕は我慢強い方だと思う。学校や家庭でだって喧嘩やトラブルは避けていたし、そうなるくらいなら自分から謝って回避をしていた。大声で怒鳴るなんて17年間の間数える程度しかない。それなのに神坂さんに対しては何故か感情が先に出てしまう。
「は!?何を言っているんですか?そこまで言うなら見せてくださいよ!」
「ほら、大声を出すから…気づかれたわよ?」
気が付けば立ち上がり大声で叫んでしまったようだ、数メートル先にいたスライム数匹が体を波打たせこちらに向かって来ている。
「あ…神坂さんが馬鹿にしたような言い方をするから…」
「人のせいにしないでよね、それと…呼び方…」
「今はどっちだっていいでしょ!?もう…とにかく何とかしてくださいよ」
彼女は僕を
「カッコいいとこ見せないとね…んーっと、何がいいかな…そうだ!見ててよ…シュート!」
赤い球が一匹のスライムに命中し、ゴウッと音を立てて燃え上がる。次に彼女は反対の腕を払いながら魔法を放つ。
「凄いでしょ?残りは…バンド!」
払った腕から放射状に赤い帯が残ったスライムを焼き尽くす…炎はすぐに消え燃えカスの中に小石程度の大きさの物体だけが残った。
振り向く彼女のドヤ顔が腹立たしいが、ピンチを回避できたことには変わりないか…
「凄いですね、本当に魔法が使えるなんて…というか…
「いいの、ちゃんと話すから…ね?今は先を急ぎましょ?ちゃんと回収しないとね~」
彼女はそう言い燃え残った小石を拾い上げる。
「それは何ですか?」
僕も一つ拾い上げてみるが小石程度硬さにしては少し重いような感じがする。
「これはね、
言いたくない。でも神坂さんの期待に満ちた顔を見てしまうと…
「ゲームの世界…ですか?」
「惜しい…。認識は合ってるよ。武器や防具が普通に売っているし薬草なんかの傷薬もある。今見てくれたように魔法もある。でもね…ゲームと大きく違う点があるの、それは何だと思う?」
考えてはいるが答えは出てこない。僕が黙ったままなのを見て肩を叩く。
「感覚があるんだよ。攻撃されれば痛し、裏切られたら
そう言うと神坂さんは俯き大きく息を吐く。勝手な言い分だと思う。僕は好き好んで来た訳じゃない、言わば連れて来られたんだ、僕の同意もなしに…誘拐と一緒じゃないか。見ず知らずの街や日本から出ていないのであれば何とかなるかもしれないが、彼女の話を聞く限り…いやスライムや魔法があるってことは地球ですらないんだ。帰る方法だってわからない、生きていくにしたって方法が判らない。なら僕が取れる手段は一つしかないじゃないか…
「許せない…許せるはずがないじゃないですか!そんな風に僕の自由があるみたいに言いますけど、選択肢なんて無いと同じですよ!何もわからないで一人で生きて行けるはずがない!スライムにだって殺される自信がありますよ!だったら…貴女と居るしかないじゃないですか!それに…僕に言った事だって、からかっていただけなんでしょ!?何がしたいのか、何の為なのか理解が追い付かないんですよ!」
彼女は僕に背を向けたまま再度大きく息を吐き、こちらに向き直す。目には大粒の涙を浮かべながら…
「そうね。その通り、貴方の言う通りよ…でもね?いえ、何を言っても言い訳にしか聞こえないわよね?あと少しで小屋に着くわ。そこで話しましょ、そこで全部話すから…その後の事はそれから話さない?日も暮れ始めるわ…付いて来て」
それだけ言うとまた僕の数歩先を歩き始めた。泣きたいのは僕の方だ…それでも彼女に従うほか方法がない。生きていたいのなら…逆に死んだら元に戻れるんじゃないか?そんな保証もないし、だからと言って死んで試すなんて事が出来るはずもない。バッグを担ぎなおし彼女の後に付いていく。先ほどと同じように時々こちらを振り返り優しく微笑んでくれるが、その度に僕は視線を合わせないでいた。
「着いたわ。小屋自体は…使えそうね。さ、中に入って。少し埃ほこりっぽいけど大丈夫なはずよ」
雰囲気的には山小屋のような印象を受けるが全体的に古臭い…全てが木材で出来ているようで火事にでもなれば簡単に燃え尽きてしまいそうだ。小屋の中へ入るとツンとしたカビのような異臭がしたがウッドデッキもありかなり広い。椅子やテーブルも木材で作られているようだが、ある程度揺らしてもビクともせず強度はかなりあるみたいだった。担いでいた荷物を下ろし周りを見渡せば質素ではあるが暖炉もあり山小屋というよりはログハウスと言っても良いくらいだ。
扉を開け空気の流れを作ると先程までの異臭があっという間になくなったばかりか、埃っぽさも感じられない。まるでつい先日まで誰かが使っていたようにさえ思える。
「今まで小屋に留まっていた空気が扉を開けることで流れ、
精霊…ね…本当にファンタジーの世界なんだなと諦めのような気持ちもあった。取り敢えず休めると思ったら急に眠くなってきた…どの位かは判らないが相当歩いたし、色々な出来事がありすぎた。
「お疲れ様。大変だったものね、そこの部屋を使って。ベットもあるからゆっくり休んでね。明日きちんと話すから…」
頭がロクに働かない…彼女への返事もしないまま指定された戸を開けると6帖ほどの広さの部屋にベットが…2つ!?それもぴったりとくっついていた。多分これが限界だったのだろう、そのままベットに倒れこむとあっという間に深い眠りについた。
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