第六話 繋ぐ者

豪華な飾り、目を奪う美術品、ぜいの限りを尽くした装飾、そういった「無駄」を省いた簡素な一室に置いてある丸いテーブルに着く二人。黒と赤の全身鎧を身にまと精悍せいかんな顔つきの男は不快感をあらわにし何度も指でテーブルを叩く。対照的に純白のローブを着た清楚せいそな女性は静かに目を閉じている。空いた席を神妙な顔つきで睨む男が言う。


「あいつはまだか…時間はとっくに過ぎているというのに…」


そういうと同時に空席の下に魔法陣が現れ淡いグレーのローブを着た妖艶ようえんな美女が姿を現す。



「遅れたかしら?そろそろ密会これも終わりにしたら?どうせ敵勢はごく少数、その気になればこの中の一人で十分対処できるでしょ?限りある時間は有効に使わないと…ね」


「そう言っている奴から死んでいく。何事にも万全を期すのは当然だ」


肘をつき顔の前で手を組みながら男は言う。




「お堅いこと、もっと有意義な時間を使おうって提案なのだけど…」

「お二人とも、御前おんまえですよ?」


女性が手をかざすとテーブルの魔法陣が光を放ち黒い影が浮き上がってきた。それと同時に三人は席を立ち片膝を地面につけ臣下しんかの礼を取る。


「良い。して、報告を聞こう」


影が重厚じゅうこうのある声を発すると、男が立ち上がる。


「はっ!地上は騎士団を派遣し張っていますが未だ成果はありません。あれから15年経ちますが未だ兆候ちょうこうは見られません」


続いて女性が立ち上がる。


「はい。全ての教会勢力下でも報告はありません。同様に兆候はありません」


美女も続く


「こちらも兆候は見られません。恐らくは-----」




言葉が終わらない内に全員が空を見上げる


「!?まさか…」

「この魔力…」

「待って…違うわね…少しだけど異質なものを感じるわ。まさか…」



三人の動揺にも影は変わらない口調だった。


「なるほど…何処までも邪魔をするか、だがどんな方法でも我を倒すには足りぬ存在よ。勝手な行動はせぬよう…めいに逆らえばその紋章が永久の死を与えると忘れるな…」




影が消えると三人は大きなため息を吐く。影の威圧感で圧し潰されそうになるのを何とか耐えていたようだった。実際の距離は大きく離れているがそれでいてあの威圧感である。15年前あの時と何ら変わらない今のあるじ




「まぁどちらにせよ私たちは命令には逆らえない、指示が出るまで私は戻るから…覚悟だけはして置いてね…リノ」

そう言うと美女は再び魔法陣の中へと消えた。


「覚悟なら15年前から変わっていませんよ…フィア…私も戻ります。貴方は大丈夫ですか?ライル」


「ああ…あるじの敵はオレの敵だ。躊躇ためらいはないさ…」




三人が出払った部屋には一切の音がなくなった…そんな中テーブルの下にじっと息を殺していた赤目のネズミが喋り地面へと消えていった…



「裏切者には制裁を…」





--------



………風の音がする………



優しい音………


なんだろう…久しぶりにグッスリと眠れた気がする…


!?寝過ごした!!


慌てて飛び起きると、木目調の壁…意識がハッキリとしてくる。そっか夢じゃないのか…そうだよな現実が優しくないのは分り切っていたことじゃないか。隣にあったもう一つのベットは綺麗に整理されていてなんだか残念なようなホッとしたような複雑な感情がある。起き上がると服は昨日のままだったので、持って来ていた服に着替えた、きっとこうなることが判っていたから着替えの準備をさせていたのだろう…


部屋から出ると神坂さんが料理をテーブルに並べているところだった。



「おはよう…昨日は無理させてしまってごめんなさい。取り敢えず外の小川で顔を洗ってきたら?飲んでも平気な水だから安心して。終わったら朝食にしましょう」



昨日の一件で上手く会話を繋つなげられず「はい」とだけ返事をして外の小川へ向かう。日差しはあるが不快じゃない、川の流れもゆるやかで底がハッキリと見える。軽くくって口をつけると意外と冷たい。一啜ひとすすりすると水道水とは違って口に嫌な感覚が残らない…


「水ってこんなに美味しかったんだ…」


顔を洗い首にかけたタオルで拭くと嫌でも自宅を思い出す…それなのに何故か視界の影が現れない…

嫌な気分になれば、ほぼ毎回現れるはずの影が見えないと不思議にも思うが、これもきっと彼女が答えてくれるだろう…部屋に戻れば神坂さんが迎えてくれた。一晩経って気持ちにも若干の余裕が出来たのか僕は謝罪を口にした。



「あの…昨日はすみませんでした。感情的になってしまって…まずはお話を聞かせてもらっていいですか?」


「ううん…私の方こそ無神経だった、ごめんなさい。先にご飯にしましょう?お腹、空いてるでしょ?お口に合えばいいのだけど…」



「「いただきます」」



朝食はロールパンにコンソメスープ、サラダとどれも日本むこうで食べた味だ。一日しか経っていないがとても懐かしく思えた。…というかどこに持っていたのだろう?僕は用意していないし彼女は…手ぶらだったような…


食べ終えると片付けまでやってもらってしまった…淡いブルーのワンピースがとてもよく似合っていた。だがそんな気の利いたセリフも言えないあたりが僕なんだろう…飲み物を出してくれ、正面に座ると「さて…」の一言からいよいよ、疑問点の解消の時間がやってきた。




「私がざっと説明した方がいいか、貴方の質問に私が答えた方がいいか好きな方を選んで?ただ…答えられないこともあるの、でもそれは「今は」と言っておくわね。最初にも言ったけど全て話すつもりでいるからそこは…信用してもらえると嬉しいかな…」


彼女からの説明が妥当なのだろうけど、ちょくちょく判らない単語が出てくる…それならば


「では僕の質問に答える形でお願いします」


「ええ、もう一度言うけど「今は」答えられないこともあるから…」



黙ってうなずくと最初の質問か…何を聞くべきだろうか、影の事?それとも現環境の事?しばらく考えてようやく出た質問は…




「何故僕をからかうような事を言ったんですか?」




初めて見た…神坂さんが目を見開き、口を半開きにしてほうけているところを…あれ?質問間違ったかな…


数秒だったのか、数分だったのか体感的に非常に長い沈黙を神坂さんの笑い声が破った。


「ご…ごめんなさい。まさかその質問から来るとは…フフッ…思って…ップ…なかったから…」


自分でも顔が赤くなっているのが判った。恐らく僕は彼女にからかわれたという事実が受け入れたくなかったんだ。




一頻ひとしきり笑われた後優しく微笑みかけてくれ、



「そうね…それを説明するには先ず貴方…誠君の目の事から話さないとね…なんで貴方の視界に影が映るのか、私たちはそういった症状がある人の事を繋ぐ者、リンカーと呼んでいるわ。誠君の場合は日本とこの世界をつなぐ力を持っていたのよ。私はこの世界に戻りたい、貴方はもしあのまま放って置いたら遠からずこの世界へ転移していた。それも一人でね…人によって違うけど、貴方の場合は気分が落ち込んだ時や嫌な事があって逃げ出したいと思った時、そんな状態のときに視界に影が現れるの。全てが覆おおわれたときに、それでも…ごめんなさい、嫌なことを言うわ、絶望を味わった時に世界を移動するの…だから…本当に最低な事をしたわ。許されない事だって判っているけど…ごめんなさい」



納得できてしまった…憂鬱ゆううつな時や逃げ出したい時、そんな時に決まって影が現れていた。移動した時だって彼女にからかわれていたという事実にもういいや…と何でもよくなってしまった。…という事は?彼女に会っていなければ僕は一人でこの世界に来たって事なのか?




まさか…




「なら…交際をするって言うのは…」


「もちろん本当よ。私は戻ってこれた。貴方を利用して…ね。そのお礼って訳じゃないけど、これからは私が貴方を守るわ。その為にはお互いに信頼しないとね?だから貴方が許してくれるのなら…という条件があるけどね。でも失った信用モノは戻ってこないから、誠君に信用してもらうまで追いかけるわ」



心のどこかで信用していない気持ちがあるのも事実だ。だから僕は彼女の返答に答えられず次の質問に移った。


「じゃぁ次ですけど、ここはどこなんですか?元の世界に帰れるんですか?」


彼女は無言で何度かうなずくと答え始めた。


「まず最初に、元の世界に戻れるかという事だけど…判らない…としか言えない。次にここは何処という質問だけど、元の世界とは全くの別世界。地球上には無いでしょうし、太陽系の惑星じゃないかもしれない、もっと言えば銀河系ですらないのかも知れない。私が知っている限りで言えばこの大陸は4つの国によって治められていて、そのうちの一つ帝国領内という事だけ。地名に関しては迷いの森という所よ」




「僕が繋ぐ者とかいう力を持っていても?」




「繋ぐ者は一方通行の力、そうね…上手い例えが見つからないけど地球から火星へロケットで行くとして、それには膨大ぼうだいな時間と費用が必要なのは知っている通りだけど、無重力に慣れるという訓練も時間という枠組み入れるわ、とにかく簡単じゃないのは理解できるでしょ?」


そういえばそんな話を聞いたことがある。確かロケットでの日数が約260日とかなんとか…費用の方も言うまでもないか…無言で頷く。



「元の世界からこの世界までの距離なんて測れたものじゃないわ。なんせ何もかもが違うのだから…でも繋ぐ者、貴方は一瞬で移動してしまう。それこそ膨大な力がいるのよ、そんな力をそう簡単に行使できると思う?」


言われてみればその通りだ。…少なくても僕が元の世界にいた時間…17年をこの世界で過ごして行使できるかどうか…という事だ。そうなったら僕は34歳じゃないか…高校だって中退扱いだろうし無職ってことにならないか?それならいっそこの世界に住んでいれば…



「今の話で元の世界に戻れないことが痛感できました…少し休ませてください…」



起きたばかりだというのにベッドに倒れこむと、昨日と同じくあっという間に眠りに落ちていった。




「そういえば…帰れないって絶望的な状況なのに影が現れないや…神坂さんの言った通り…か…」

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