第4話 初彼女?

昼間の一件から神坂さんに助けてもらった僕は、自分でも不思議なくらい落ち着いて準備をしていた。


「動きやすい服装…ジャージ?いや、普段着でもいいか…二,三泊できる準備…結構大荷物だよな。後は携帯食料ってどういうものだろう」


準備もそこそこに階段を降りリビングに向かうと、母はキッチンで夕飯の準備をしていた。


「母さん、携帯食料って家にある?あったら少し貰いたいんだけど」

「携帯食料って、乾パンとか?防災グッズなら玄関の物置に入っていたと思うけど…どうするの?」

「ちょっと…ね。ありがとう、少し貰っていくね」


リビングを出ると母の声が飛んできた。


「使うなら元に戻すか、買い足してよ」


母の言う通り玄関脇の物置に銀色で防災グッズと書かれたリュックが四つ揃えられていた。家族分と考えるのなら一つ持っていこうか…でも荷物になるかな?リュックを開けると缶入りの乾パンがあったが円形状では荷物に入らないかもしれない。財布を見れば残金が4000円ちょっと。やはりペンダントが打撃になっていた。




「しょうがない。コンビニで買っていくか」




リュックを元に戻し、階段を上がり出すと玄関の戸が勢いよく開いた。

「あ!お兄!もう、何で先帰っちゃうの?友達にはちゃんと言ったから待っててくれても…」

「ほら、せっかく会えたんだ。それに誘われてもいたんだろ?ちょうど良かったじゃないか」

「そういう事じゃない!私は…お兄ちゃんと一緒が…」




妹の声がいつもより大きくなったところで母からの雷が落ちた。




「楓!玄関は勢いよく開けないの!いつも言ってるでしょ!?それに声が大きい!」




「ごめん、母さん。僕が怒らせたんだ」

「ごめんなさい…お母さん…」




妹は玄関から俯いたまま僕の脇を抜け二階へ上がる。


「荷物…部屋置いておいたから」

「うん…ありがと」




妹の部屋の戸が閉まる音を聞くと大きくため息をついて部屋に戻る。

色々と納得しないこともあるが一番の難所が待っている、それが神坂さんへの連絡だ。

相手は女子…電話を掛けるのは非常に緊張する…メールにするか?いや、なんて打てばいいか判らない。

電話をかけてドッキリ系の悪戯だったら?そうなれば証拠の残るメールなんて怖くて出せるはずがない。




だが…あの時、僕に向かって言ったときの表情は嘘や悪戯には思えない…もしそうなのであればきっと彼女は女優として大成たいせいするんじゃないかと思う。




「緊張する…ああ…だめだ。連絡できない…」




手に取ったスマホをベットに放り投げては拾い、また悶々としては放り投げを繰り返す。

こんな事なら、連絡をして貰うという話を出来なかった自分を呪いたい。だが、あの時はそれ以外の事を考える余裕がなかった。


意を決し、通話のボタンを押す。心臓の音がやけに大きく聞こえる。スマホを持つ手には汗がにじんでいる。三回目のコールが終わると、はっきりとした口調が届いた。




『長部君ね、準備は終わったの?』

『あ、あの、ぼ…僕は同じクラスの長部と言いまして…いや、申します。か…神坂さんは…』

『落ち着いて。私の番号よ?私が出るのは当たり前でしょ?』

『あ、そ…そうか、準備は終わったんですけど、これからどうするんですか?』




緊張のせいか息遣いも荒く、これじゃ変質者みたいだ。




『今が…六時半ね。市内の総合公園判る?そこへ七時くらいに来れないかしら?』


市内の総合公園…自転車で行けば途中にコンビニに寄れるし、少し過ぎるくらいには到着できるかもしれない。



『少し過ぎるけどたぶん大丈夫です。あの…家族にはなんて言って出れば…』

『言わなくてもいいし、言ってもいいわ。私も準備して向かうから、待ってるわ』



それだけ言うと通話は一方的に切れてしまった。妹は様子が変だったし、母さんは準備で忙しいだろうし、父さんが帰ってくるのは八時過ぎ…そこから夕食だから少しくらいなら、外に出ても間に合うだろう。ボストンバックを担ぎゆっくりと家を出る。自転車の籠には荷物は入らず背負いながら走らせる。途中のコンビニでチョコや栄養スナックを購入し公園へと向かう。春先とはいえ日が落ちるのも早く、到着する頃には完全に夜となっていた。




一度しか連絡をしていないが、その一度が大きな自信に繋がっているのだろうか、到着を知らせる電話はそれほど緊張しなかった。ルールなのかは知らないが、今回も三コール目で電話に出た。




『神坂さん?公園に着いたけどどこに向かえばいいの?』

『中央に噴水があるわよね?そこで待ってるわ』




噴水の場所は周りを街灯に照らされ遠目からでもそこに人物が立っているのが判る。

近づいてみれば、大き目なストールを羽織り、白いTシャツにベージュのフレアスカート、見る人が見ればスカウトされそうな人物…僕と会おうと言ってくれた神坂さんが待っていた。

僕に気付くと微笑んでくれ、こちらに寄ってきた。




「時間通りねありがとう、信じてくれて」

「僕の方こそ、二度も助けてくれてありがとう。お礼を言うのが遅くなったけど…」



しばしの間が空く…次につなげる言葉が出てこない、今回の理由が先か?それとも僕の目に映る影の事が先か、それとも…




「早速で悪いんだけど、聞いてほしいの」


神坂さんからの言葉に僕は頷く。



「ねえ…私と交際しない?…ちょっと待って、違うわね、…長部誠くん…貴方の事、とても気になるの。それが好きって事だとは断言できないけれど…私と交際してくれない?」




………


……





言葉が出ない。彼女の意図が理解できない。転校してきてまだ間もない彼女が何で…夜中に公園に呼び出せれてみれば…交際って付き合うって事だよね?え!?なにそれ…



「どうしたの?ボーッとしちゃって。これでも生まれて初めての告白なのだから、出来れば返事を聞かせて欲しいんだけど?」




少し困った様な顔で微笑んでいる…人間は許容範囲以上の出来事に直面すると動けないっていうのは本当だったらしい。そして僕は意識を手放した…



情けない事に生まれて初めて告白された僕は返事の前に気を失った………




はっきり言って彼女への第一印象は最悪だったはずだ。いきなり逃げて、学校であったら力いっぱい否定して、好かれる要素がどこにもない。自慢でも無いが女の子に好意を持たれた事なんてないし、バレンタインだって家族以外からは受け取った記憶が無い。それなのに…



「…ぶ?…おき…起きて…長部君!」



ハッと目を開ける。何故か空を見上げていた僕の視界には何故か月が二つ浮かんでいた。赤と緑に輝く月…見たこともない風景だ。



「月がふた…つ?赤と緑…でも星がよく見える…」


田舎でも都会でもない中途半端ななこの街で、ここまで星が綺麗に見えた事なんてあったかな?そうじゃない…空を見上げるなんてほぼした事がない。




「やっぱり…ね。時間がないわ。起きて長部君、今は視界の影は無いはずよ」

「そうだね、影は見えない。…?神坂さんの声が聞こえる??」



僕を不意に覗き込む顔。意志の強さが宿る瞳、スッと整った鼻、少し赤みがかった頬、潤いに満ちた唇…



「綺麗だ…」



………?


!?


「うわああああ、ご、ごめんなさい!何だか頭がボーッとしていて…そ、その、とにかくごめんなさい!」



段々と意識が鮮明になってくると、一気に目が覚めた。起きた瞬間に遅刻ギリギリだった時のように…

後頭部に残る感触…僕は一体…いや、でも、まさか、膝枕をして貰っていた?…何で覚えていない…じゃなくて




「やっと戻れたみたいね、さっき私が言った事覚えてる?」




さっき…?急に顔が赤くなり熱を持ったのがわかった。足はガクガクと震え鼓動が煩うるさい程聞こえる。


僕は無言で頷く。


「出来れば返事を聞きたいわ。どうかしら?私じゃ貴方の交際相手に相応しく無い?」


彼女はゆっくりとベンチを立ちこちらに歩いてくる。動作の一つ一つが綺麗で既に僕は彼女に好意を抱いている。何処かで悪戯という考えも捨て切れていないけど、それでも…


「そ…そんな…とんでもない!とても嬉しいです」



彼女を見れず俯く。相応しく無いのは僕の方だ。これといった取り柄もないし容姿だって…だから理解ができなかった。


「貴方が必要」

「私を信じて」


彼女の言葉が頭を回る。これで…もし…でも…もう一度彼女をみると、優しく微笑んでくれた。


だからなのかも知れない。



「とても嬉しいです。是非お願いします」



「ありがとう…自分の希望が叶うのはとても嬉しい事ね…ありがとう」


神坂さんは目に大粒の涙を浮かべていた。悪戯なんて考えてしまった自分が恥ずかしい。こんなに真剣に想ってくれている、それだけで十分だ。泣いている彼女を優しく抱きしめれば格好もつくのだろうけど、僕はその場に立ち尽くすだけで精一杯だった。




「これからは何て呼べばいいかしら?」

「好きに呼んで下さい。僕の方こそ何て呼べばいいですか?」

「名前で呼んで。苗字は何だか大げさで…好きじゃないの」

「あ…葵さん」

「なら私も…誠さん、これからよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」




何だか照れ臭くなって、空を見上げると見慣れた月が輝いていた。さっきのは見間違い…にしてはやたらとリアルな印象を受けた。不思議な高揚こうよう感があった、彼女という特別な存在を得た効果だろうか彼女は僕のバックを取り、手を差し出してくれた。



「さあ、行きましょう。本当は順を追って説明したいのだけど時間もないみたいだし向こうに着いてから説明するから今は私の言う通りにしてね」



向こう?今から何処かに行くのか?学校は?家族にも何も言ってこなかったのに?



「あ、あの向こうって?これからどこかへ行くんですか?学校はどうするんですか?」


差し出された手を取ろうとしたが彼女の言葉に慌てて早口でまくしたてる。



「そうね、本当にごめんなさい。でも貴方には時間がないし私にはやるべき事がある。今は自分の都合を優先させてもらうわ。後の保証は出来ないの…でも貴方は必ず私が守る、例えどんな事があっても…ね。だから、ごめんなさい」





彼女はそう言うと僕に抱きつき耳元で囁ささやく。






「なんて…冗談。私が貴方を選ぶ理由がないでしょ?少しからかっただけ…」




………


……





だよな…やっぱりそうだ。信じた僕が間抜けなんだ。こんなに綺麗な人が僕に好意を持つ理由がない…でもこんな手の込んだ事をしなくったって良いじゃないか…確かに彼女には酷い事をしたと自覚している、それでも…




僕の視界が歪む…こんな時は泣いてもいいかな…彼女の前じゃなければ声を出して泣くところだ。僕にだって意地がある。泣くものか!と強がってみだけど涙はどんどん溢れてくる。ああ…また視界が黒く染まっていく…これが直下行というやつだ、幸福の頂点から落ちていく…もういいや、もう何も考えたくな…い…










そうして、僕はこのだだっ広い草原に立っている。




「あー!スッキリした。さあ行きましょう。此処はどこなのか、これからどうするのか、私が何であんな事を言ったのか、貴方の症状についても聞きたい事が多いでしょ?幸さいわいと言っていいわ。此処はエクス帝国から距離にして三百キロ程東のロールス平原、あのタスクボアはね?この平原の固有種こゆうしゅなのよ。この辺りなら迷いの森が近いからそこにある小屋までは歩くけど、大丈夫よね?そうだ!ねぇ、私の顔何か変わってない?」




神坂さんは、まるで労働の後のように肩をグルグルと回し笑顔で語りかけてくる。

そう言って顔を近づけてくるが状況についていけない僕はありのままを答える。




「別に変わってないです…というか近いです」


「じゃあ髪は?髪の色」


「黒ですけど…あの…」


「そう!黒なのね?良かった…距離が近いって?いいじゃない交際中の男女の距離感なんてこんなものでしょ?」




浮足立ち気味に向きを変えるとニコッと微笑み歩き出す。少し行った所で振り返り僕がついて来ていない事に不満があるのか少し大きな声を出した。




「ほら!早くしないと暗くなっちゃうよ?」




大きく手を振り再度歩き出す。




「なんだよ…からかっているだけなんだろ…良く分からないけどついて行くしか…」




大きくため息を吐きバックを抱え歩き出す。空は何処までも青い。

??呼び出されたのって夜…だよな…




時々ついて来ているのか確認しているのか、こちらを振り返り微笑む彼女に何とも言えない感情を抱きつつも後をついて行く事にした。

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