第3話 運命の夜

昼休み以降の授業はまるで頭に入ってこない…影が見えることがあっても今まではこんなに気持ちが落ち着かない事はなかった。彼女の言った言葉が頭から離れない…




[私は貴方の症状の原因を知っている…]




何で?誰にだってわからなかった。病院だって「思春期特有の…」という救いようのない一言で片づけられた。家族だって信じてくれていると思っているが本当かどうかなんてわからない。それなのに何で彼女が知っている?少なくてもスクールカウンセラーから漏れ生徒会長は知っているにしたってそれ以外の生徒の認識は「長部は重度の厨二病で関わらない方がいい」という程度だ。詳細を知っているにしたって今日転校してきた人が知っているはずがない。




転校初日にスクールカウンセラーや先生から要注意人物として注意されていたとしたら?それでも詳細は話さないだろうし話したところで意味はないはずだ。どうしたって彼女が気になる。たまに後ろを振り返りニコッと微笑む彼女に僕は慌てて視線を外す。話は聞きたいが、話しかけることができない。彼女の周りには常に他人ひとがいる。




放課後…帰り支度をしながら彼女に話しかける機会を伺うがそれにも恵まれなかった。話しかけるのは今日じゃなくてもいいか。明日になればひょっとしたら…そんな期待をしながら靴を履き替え外に出る。雨は小康しょうこう状態で傘は差さなくても大丈夫そうだ。




「おにい、待ってたよ」




壁に寄りかかり足をプラプラとさせながら妹が僕を待っていたようだ。




「なんだ、友達と帰ったんじゃないのか?」


「ちょっと心配でね、さ、帰ろ」




妹に手を取られ歩き出すと後ろから待ったがかかる。




「長部さん、待ってくれないか?」




振り返れば生徒会長がにこやかな笑顔でこちらに歩み寄ってくる。


「会長が用があるみたいだから僕は先に行くよ」


「ちょっとお兄…」




手をほどきゆっくりと歩きだす。きっと生徒会への誘いかな?なら僕はいない方がいい。


僕がいる事で妹の評価が下がるならきっと僕はいない方がいいんだ…


…まいったな、こうも気分が下がるとまた…




案の定視界の端から黒い影が姿を現す。


場所は商店街の中、両手で音を立てるなんて目立つことは出来ないし、入り込めそうな路地もない…


不味まずいな…足取りが重く呼吸も早くなってきた。






すると背中を強く叩かれた。






「いたっ!」


「お兄!何で先に帰っちゃうの?待っててくれたって良いじゃない!私だって待ってたのに!」




振り返れば怒り心頭の顔で妹が睨んでいたが、僕の様子をみると徐々に泣き出しそうな表情に変わっていった。


「お兄?大丈夫?まさか…またなの?」


「いや、でも助かったよ」




もう視界は元に戻っていて黒い影は見えない。


「ちょっと大変だったからお前に叩かれて良かったよ。…ありがとうな」


「もう…そんなんじゃ怒るに怒れないじゃん…」


「悪かったよ、お詫びになんかおごるよ」




すると妹の顔はまたいつもの太陽のような笑顔に戻る。人気があるのがわかる、表情はコロコロと変わり自分の気持ちを正直に出すが、それでいて他人には本気で心配してくれているのが判るから見ていて飽きないし誰からも愛されるんだろう。




「お!?気前良いじゃん!コンビニのスイーツ?いや駅前のケーキ屋さんかな?」


うんうんとうなりながら考えているのもよく判る。


「ねぇねぇ奢りって食べ物じゃなくてもいいの?」


「あんまり高いものは勘弁な。小遣いは一緒なんだから」




電車に乗り駅を出て帰宅中もずっと考えている…もう間もなく家に着く、そんな時に




「決めた!」


随分ずいぶんと考えてたな。もう家だぞ?今から何か買ってこいは無しな」


「ん?そうじゃないよ。今度の日曜にさ買い物付き合ってよ。欲しい本のイベントあるんだよね」




あぁ…そういえば妹の趣味は読書…というかライトノベルが好きなんだよな。僕はほとんど知らないが色んなイベントにも参加して限定グッズなんかも持ってると自慢されたな…まぁ本くらいなら買えなくもないけど限定グッズとなるとそれなりの値段がするのかも知れない。




「いや、だからあまり高いものは…」


「ありがと、お兄ちゃん」




そういうと玄関を勢い良く開た。母に怒られる姿を想像すると少し気が休まる。


「そういえばいつ以来かなお兄ちゃんって呼ばれるのは…」






家に戻り制服から部屋着へ着替えるとブレザーのポケットから何かが落ちた。小さな紙のようだけど何だっけ?ゴミかな?開いてみるとそこには綺麗きれいな字で電話番号とアドレスが書かれていた。




『連絡はいつでも大丈夫』のメッセージと神坂さんの名前が書いてあった。




一体いつ?直接貰った記憶が無いから、昼休みの…少し気味が悪いけど捨てるのも勿体無いような気もする。しばらく考え登録だけはしておいた。週末までは連絡もせず彼女からの接触もなく普段通りの生活だった。




そして日曜日。




妹と少し大きな市へと出かけた。幸い朝から到着するまで例の黒い影は見えず何事もなく帰れれば良いんだけどな…。と期待を抱く。百貨店に入っている本屋の前に着くと完結を記念してのイベントのようで作者のサイン本やアニメ化されたグッズなどの販売もあるようだ。




「お兄、この書店でイベントあるんだよ。開始まで少し時間があるからどっかでお茶する?」


「なあ、この本って何でタイトルが長いんだ?もっと短くてもいいんじゃないか?」


「さあ、こういうものでしょ?今に始まったことじゃないし…それに略して呼べばいいじゃん」


「略すなら尚更短くてもいいんじゃないか?」


「もう、お兄は気にしなくていいの!さ、お茶行くよ」




コーヒーショップに入り、何という事はない無い会話をしていると意外と早く時間が過ぎていった。


「そろそろ行こっか。今日はサイン本とグッズでハンドタオルが欲しいんだよね」


会場にはある程度の人だかりができていて、人気の高さをうかがえる。言われるまま列に並ばされると妹は別の列へと並んで行った。え?何?何を買えばいいか判らないんだけど…




『お兄はグッズ係ね。必須なのはハンドタオルだけだから』


『いや、僕は何もわからないぞ?タオルだって種類があるんだろ?』


『大丈夫、タオルは二種類だけどどっちでもいいから。よろしくね』




メッセージでやりとりをしていると列が動き出した。どうやらサイン本は作者が直に行うみたいで歓声と共に妹の方の列も徐々に動き出す。販売だけだからこちらの列が早いのか。




「タオル一つで700円…肌触りなんか普通のタオルと変わらないじゃ無いか…」




ボソッと言ったつもりがスタッフに聞こえたようで、引きつった笑いをしている。




「す…すいません。こちらのタオルを二種類お願いします」




袋詰めして貰いながらグッズを見ていたら、ふと革製のペンダントが目に入った。金額は3500円か…少し予算オーバーだけど色々と迷惑をかけているからな…




「あの、お手数ですがこちらのペンダントもお願いできますか?」




買い物を済ませ妹を探すとまだ順番まで時間がかかるみたいだ、取り敢えず買えた事をメッセージで知らせると近くにあるベンチに腰掛ける。日曜という事で百貨店は多くの客で賑わっておりこの分だと昼食場所にも一苦労しそうだな。目についただけだからまさか買うなんて思わなかったけど、ペンダントを取り出して見る。作中のキーアイテムをしているらしくあわい青色をしたクリスタルのような形をしていた。




「これ…天然石なのか。ガラスとか思っていたけど思ったよりしっかり出来ているんだ」




特別な意味がある訳じゃない。だけど妹には迷惑をかけている自覚はある、きっと僕の噂があるだけで友達と遊びに行けなかったりひょっとしたらイジメにあっているのかもしれない。両親は僕に学校での事を聞いてくるが余り妹には聞いている風景を見ない。…だからのかも知れないが僕は妹に対していつも負い目のようなものを感じている。




「お待たせ…あ!可愛い!どうしたのこれ!」




どうやら順番を終えた妹が戻って来たようだ。


「あ…ああ、タオルを買った時に見つけて、何だか気になって買ってみた。お前にはいつも迷惑をかけているからお詫わびって言うのも変だな…まあ、その…お礼も兼ねて…な」




そう言って戦利品タオルとペンダントを渡す。一瞬、躊躇ためらったような表情を浮かべるがすぐにいつもの太陽のような笑顔を浮かべてくれた。ああ…やっぱりこの笑顔は反則だ。すさんだ感情が一気に払われていく。




「ねぇ…ペンダント付けたいんだけどサイズが少し小さいよ?交換…できないかな?」


「ごめん…それ付ける用で買ったんじゃないんだ。ほら、いくら兄妹きょうだいとはいえ、そういうの付けてると印象が…な?変に勘違いされても困るだろうから置物…というかどっかに置いておいてくれたら…ほら、もういいだろ?昼どうする?どこかで食べるか…ってわけにも行かないよな?誰かに見られると困るだろうから…」




強引に話を切り上げてベンチを立つ。何か言われたような気がしたけどあえて聞かない方がいいかも知れない。一旦全ての荷物を僕が持ち、妹が荷物整理を始めると…




「お!?楓じゃん、どうしたの?今日用事あるって言ってなかったっけ?」


どうやら妹の友人二人が僕たちを見つけ話しかけてきたようだ。




「みっちゃんに、ゆっきー。うん。今日はお兄と買い物でね…」


二人は僕の持っている荷物がイベント用だと知ると、妹を半ば強引に引き離し少し離れた所まで連れて行った。…大体想像はつくけどこれも妹のイメージを守るためだし…仕方ない…




「……あれはちょっと……」

「だから……ちが……」

「楓は人気あるんだから……」


わずかながらながら会話が聞こえる。そんな偏見へんけんで言わなくたっていいと思う。ラノベで生計が立つのであれば立派じゃないか。アニメ化やグッズにだって列が出来るほどだ、それだけ多くの人が認めているのだろう。…値段設定についてはいささか疑問には思うけど…意を決し妹の側まで近づき声かける。




「今日は付き合わせて悪かった……だけどお陰で良いものが手に入ったよ。僕はこれで帰るからあとはよろしく」






それだけ言うと妹らに背を向け出口に向かう。良いじゃないか、今更僕に変な噂が一つや二つ増えたところで些細ささいな問題だ。きっとあの二人も僕の趣味そういう事だって納得し妹と仲良くしてくれるだろう。


これは自己犠牲?…違う。そんな崇高すうこうなものじゃない。

これは自己陶酔とうすい?…違う。これが最適なんだ。適材適所…そうだ。妹はの当たる場所が相応ふさわしいのだから…




だからこれで良かったんだ。


もう一度帰ると妹にメールをし出口付近まで来たときに、また黒い影が視界の端に現れた。人込みで手を叩くわけにもいかないし、トイレだって近くにない。家に帰るまでにはそれなりの時間が掛かる…入り口付近で立ち止まるわけにも行かずフラフラと歩きだすと、途端に影が視界を覆い始めるしかもその速度が速い…だんだんと呼吸が速くなり痛みはないが強い倦怠感けんたいかんが体を襲う。意識が一瞬途切れると倒れるがいつまで経っても衝撃がなく何か柔らか物に包まれた。目を開けると視界は黒く何も見えない…わずかばかりに残った光を影ではなく誰かが覆う。




「かなり危険ね…様子を見ていて正解だったわ。辛いのは承知しているけれどもう少しだけ頑張って。出来るでしょ?」

「…かみ…さか…さん?」

「ええ。一旦こっちへ来て。往来おうらいじゃ散らせないから」

「…ちら…す?」






手を引かれるまま歩くと百貨店脇の路地に着いた。


「どう?視界は戻ってる?」


そう聞かれ目を開けるが真っ暗で目を伏せているのを何ら変わらない。むしろ開けているのかどうかもあやふやだ。すると視界にノイズが現れ一瞬広大な草原が見えたのも束の間また真っ暗に…




「…草原?あれ?此処って…」


「繋がりかけてる?でも…迷ってる時間はないか…いい?よく聞いて家に帰ったら動きやすい服装に着替えて、連絡を頂戴。電話でもメールでも何でもいいから。いい?必ずよ?次は助けてあげられないかも知れないから…取り敢えず散らすわ******」




早口で言い続け、僕の背中に触れて先日のような聞き取れない言葉を言うと突き飛ばされたような衝撃を受け、目を開けると先ほどの路地が鮮明に視界に映り込んできた。




「戻ったみたいね。それじゃ今言ったことを忘れないでね?荷物は要らないけど…いえ、一応二,三泊できる準備をしておいてね?携帯食料もあったらそれに越したことはないわ」




さっぱり意味が分からない…何で宿泊の準備?どこかに行くのか?それなら両親にも…ってそうじゃない。神坂さんと?僕が?何で?明日は学校が…いつまでも返事をしない僕に痺れを切らせたのか路地を出ようとした足を止めもう一度僕に向かう。




「いい?色々説明したいし本当は順を追って話したいけど進行が速すぎるから時間がないの。訳が分からないでしょ?納得できないでしょ?でもね、今はそれを言ってる時間が惜しいの。一度でいいから、これっきりでもいいから…お願い…私の事を信じて」




………


……





今にして思えば、彼女なりに必死だったのだと思う。自分の使命、やるべきことを命を懸けてまでやろうという意志の強さがあった。




そして僕は運命の夜を迎える。

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