第54話 全裸! 光亜麗先輩の全裸ッ……!

 坂の頂上が見えてきた。


 坂を上りきれば、きっと新しい景色が俺たちを待っている。


「氷上。この調子でお前が受けたイジメの数々、笑い飛ばしてやろうぜ」


「靴、無くなった」


「職員用玄関を使うお仲間でしたら大歓迎ですわよ!」


「ううっ。二人とも、しつこい。しょうがない。次で、最後」


「何だよ、せっかくテンション上がってきたのに、もう最後かよ。ドンと来いだ!」


「ええ、どんなイジメでも打ち勝てると教えてあげますわ!」


「先輩の、心、折る」


 氷上が声を落とし、悪魔の囁きを予告した。


 取締委員会の四天王達にトドメを刺してきた、悪魔の申し子、氷上の真骨頂だ。


「さらに、水取の、目、潰す。最強の、攻撃」


 周囲が夜のように暗くなり、冷たい風が木々の枝葉をざわざわと揺らす。

 学園の敷地内なのに野犬でもいるのか、遠くから獣の雄たけびが聞こえてきた。


 本当に悪魔が森の奥から顔を出しかねない雰囲気だ。


 まさか、九重学園に転入して最初に好きになった子がラスボスだったとは皮肉な運命だぜ。


 俺は、ごくりとつばを飲み込む。最大級の攻撃に備えて、何が起きても対応できるように周囲を警戒する。


「来い氷上! 正々堂々と正面から打ち破ってやる!」


「レオタード、無くなった」


「きゃああああっ!」


「……え?」


 俺は何の攻撃も受けていない。


 隣を走る光亜麗先輩の悲鳴が聞こえた。


「え? おい、何が、無くなったって?」


 中等部時代の氷上は新体操部だった。


 で、レオタードが無くなったと言った。


 先輩が悲鳴をあげたということは、レオタードに類するものが消えたということだ。


 先輩は制服を脱ぎ捨てて、水着で走っていたはず。


 つまり、隣には水着が消えて、全裸になってしまった光亜麗先輩がいるということだ。


「う、お……。氷上、なんて恐ろしいヤツ。だ、駄目だ。身体が勝手に足を止めようとしている! 言うことを聞かない! 勝手に足を止めて振り返ろうとしている!」


 光亜麗先輩の裸、見たい。

 小さくても形の整ったおっぱい。

 うっすらピンクの乳首!


 さっき触った柔らかくて暖かいおっぱい。

 きっと見た目も綺麗に違いない。


 お尻も見たい。

 水泳で引き締まった先輩のお尻……。


 お尻……?


「駄目だ。俺が走るのを止めたら誰が氷上を助けるんだ」


『水取の馬鹿! どうせ、先輩、見る! 私のことなんか、どうでも、いい! 私が、彼女だなんて、嘘だ! 先輩の裸見て、エロ死にしちゃえ!』


「ふざけんな! 氷上! 俺の弱点を突いたつもりだろうが、これは失策だぞ! 俺たちが出会ってからの思い出を力に変える!」


 俺は目を閉じ、心に問いかける。


 俺が見たいのは、何だ?


 この数日、何度も見えそうで、何度も何度もお預けを食らったのは何だ?


 偶然、隣に現れた全裸を見て満足できるのか?


 そんな馬鹿な、だろ。

 

 他にもっと、我慢しきれないものがあるだろ!


 なあ、俺、お前に言ったよな。

 俺はおっぱいよりもお尻が好きだって。


「見える。見えるぞ。俺の心の目に、坂の上で走る氷上のパンチラが見える!」


 そうだよ!

 おっぱいの評価は二人も互角。

 いや、触ったこと有る分、先輩の方が評価は高い。


 でも、お尻は。

 お尻は、氷上の方が好きだったじゃないか。


 心に思い描け。氷上のお尻の、蕩けるような柔らかさの中で主張する、ぷるんとした弾力……。


 新体操で鍛えた氷上のお尻は、水泳で鍛えた先輩のお尻に、けして負けていない。


 先輩の全裸と、氷上のパンチラ、いま見たいのはどっちだ?


 知り合ってから、いつもいつも俺から逃げるようにして目の前を早歩きして、ぷるぷると震えていたあのお尻!


「俺は氷上のパンツを見たい!」


『うあっ』


「俺がお前と出会ってから、いったい何回、パンツが見えそうで見えなくて、残念がったと思ってるんだ。俺はお前のパンツが見たくてしょうがないんだ!」


『ええーっ』


「近くの全裸より遠くのパンチラだ! 俺は意地でもお前のパンツを見てやるからな!」


『うああっ。私のパンツより、後ろ、先輩の、全裸!』


「うるさい! パンツ見せろ! 尻、触らせろ!」


『ええーっ』


 くそっ。

 まだ氷上のパンチラが見えない。

 俺の願いが叶っていない。


 俺は心の底では、パンツを見たら氷上に恥ずかしい想いをさせてしまい可哀想だよなと、遠慮しているんじゃないのか?


 そんなんじゃ駄目だ。本心からパンツを見たいと願うんだ。


「パンチラで満足すると思うなよ。俺だってパンツいっちょにされたんだから、お前もパンツいっちょにして、全身、くまなく見る!」


『ええーっ。私、本気で、ドン引きしてる。ううっ。森に入れば、目を閉じたまま、私を、追いかけるの、無理』


 氷上の視界が方向を変え、森に飛び込んだ。


 確かに目を閉じたままなら、木々が邪魔して追跡は不可能になるだろう。


「甘いぜ! 俺は他人の視界を盗み見る程度なら、自分の能力を制御できる! 視界と思考の盗撮が俺の特技だ!」


『へ、変態、ストーカー! 最低の、能力! き、消えちゃえ!』


 俺の下着が消えた。

 氷上、恥ずかしがって俺が足を止めると思ったのか?


 止まるものか!


 氷上の視界に裸になった俺の、二つの丸いアレが激しく揺れているのが映る。


「氷上のえっち! どこ見てんだよ!」


 氷上は言葉とは裏腹に、森には入っていない。

 道路脇で息を殺していた。


「俺が森に入ったら、隠れてやり過ごそうって魂胆か。……いつまで直視してんだよ。恥ずかしいだろ」


「り、立派な物を、お持ちで……」


「逃げても無駄だって言っただろ」


 俺はついに氷上の前に立った。

 手を伸ばせば届く距離だ。


 俺は氷上の視界を覗いたままなので、姿見を相手にしているような状況だ。


 氷上の見ている世界の真ん中で、俺は額にうっすらと汗を浮かべ息を弾ませている。


 逃げても無駄だと悟ったのだろうか、氷上は苦し紛れのように、先ほどまでとは比べ物にならないほど弱々しく口を開いた。


「いつも、お弁と、ひとり……」


「俺が一緒に食べるって言ってるのに、お前が逃げてるんだろ」


「水取、パン、買いに行く。その間、私、ひとり」


「じゃあ、俺の分も作ってこいよ。そうしたら俺、パンを買わずに済むし」


「作ってきたもん!」


「え?」


 初めて聞く子供じみた大声が、強く俺の胸を揺さぶる。

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