第53話 克服! イジメを乗り越える絆!

「当たり前だろ! こんなに氷上のことを思っているのに、何で伝わらないんだよ! 好き好き言いすぎて軽く聞こえるなら、一日一回くらいに減らすから!」


「美月さん、消えたいなんて悲しいことを願っては駄目ですわ。どんなに辛くても、手を差し伸べてくださる方がいれば、必ず助かります。いいえ、助けます!」


「ええーっ」


 心底うんざりしたような口癖は、落胆の色が濃い。


 なんで? なんで? 何処にがっかりする要素があったの?


「二人とも、ボケ担当? ちょっと、感動、しかけたのが、馬鹿みたい。なんか、だんだん、助けるて、言葉、イラッとしてきた」


「おい氷上、何が気に入らないんだよ!」


「イジメなんかに負けては駄目ですわ!」


「イジメ、なんか? なんか、言う? イジメられたことない、やつ、イジメの苦しみ、理解、出来ない」


「が、画鋲?!」


 俺達と氷上の間に、バラバラっと大量の画鋲が落ちてきた。


「くそっ。俺の能力だよな。なんでさっきから氷上の願いばかり叶うんだ」


 氷上を救いたいと願う俺や光亜麗先輩の想いは、画鋲を出したいなんていう氷上の想いよりも弱いのか?


 氷上は再び逃走を開始した。

 元新体操部員なだけあって、体力の回復は早いようだ。


「靴に、画鋲、入れられる」


「もしかして昨日のことか。俺、馬鹿だから言ってくれないと、気づけないよ!」


 先日、氷上は靴を履き替えるのに、やけに時間がかかっていた。ポスターに刺していた画鋲を何処から取りだしたのか、俺が気づいてやるべきだったのか。

 

「光亜麗先輩! 見えないと思うけど、氷上が逃げだした! くそっ。画鋲の道を迂回するしかない! けど、林の中から追いかけると間に合わない」


「ご安心を紅様。貴方の隣には私が居ます!」


 先輩が身体の前でクロスした両腕を開くと、ビート板が大量に飛びだし道を作った。


「ええーっ」


 前方から飾り気のない驚きが聞こえた。


「いや、正直なところ俺も氷上と同じ気分で、ええーっ、ですよ」


「何ですの、その目は。いいからメガネザルさんを追いかけますわよ!」


 俺は先輩が作ってくれたビート板の道を渡り、難なく画鋲の絨毯を越えることが出来た。


「ううーっ。トイレ、水、かけられる」


 追走する俺達の頭上から、バケツをぶちまけたかのような水が降ってきた。


「甘いですわ! 水泳部に水攻撃なんて、逆効果です。水を得た水泳部ですわ!」


「先輩、あまり上手いこと言えてません!」


 濡れた髪や制服をものともせずに光亜麗先輩は走る。

 俺も服や靴がぐちゅぐちゅして気持ち悪くなっただけなので、気にしない。


「氷上、トイレで虐められたときも俺を呼べ! たとえ個室の中でも助けに行くから!」


「いや、来んで、いい」


「氷上! 俺も光亜麗先輩もお前を心配しているんだぞ。差し伸べている救いの手を、払いのけるなよ!」


「かつて私も美月さんと同じ苦しみを味わいましたわ。ですが、先輩が救ってくれました。だから、今度は私が美月さんを救う番ですわ! 私を頼ってください!」


「ええーっ。なんか、後ろの方、キラキラしてて、まぶしいんですけど。いや、慣れてきたけど、素で、そういうこと、言うなよ」


 駄目だ。

 氷上は完全にいこじになっている。


 目の前に救いの手があることは絶対に気付いているはずなのに。


 伝わってくる思考は、子供じみた我がままのように、モヤモヤしている。

 怯えているのだろうか。


 俺は氷上を救う方法が分からないまま、ひたすら見えない背中を追って走り続ける。


「体育から、戻ったら、制服、無くなってた」


「気が利くな氷上。服は濡れて気持ち悪かったから、脱ごうと思ってたんだよ!」


 いきなり制服が消えて俺は下着姿になってしまったけど、別に氷上や光亜麗先輩に見られても恥ずかしくない。


「いや、隣、隣。先輩、ヌード。ヌード」


「なん、だと……!」


 氷上め、何て恐ろしいことを俺に気付かせるんだ。

 おそらく光亜麗先輩は俺と同じように下着姿になってしまったはずだ。

 羞恥心で走れなくなってしまっているだろう。


 さらに、俺が先輩の半裸に目を奪われてしまえば、氷上を追えなくなってしまう。


 恐るべし氷上の囁き。


「ヌード。ヌード」


 悪魔の囁きが俺の耳にまとわりつき甘く誘惑してくる。


「く、首が、勝手に横を」


「心配は無用ですわ!」


 予想に反して凛とした声。


「え?」


 俺の首が意思に反して横を向くと、先輩は水着を着ていた。


「言いませんでした? 私、二度と盗まれないように、常に水着を着ていますの」


「ええーっ」は氷上が呆れた声。


「ええーっ」は俺が残念がる声。


「何ですか、紅様のええーっは! 早く美月さんを捕まえますわよ」


「石、ぶつけられた」


「無駄ですわ! ビート板にはこういう使い方もありますの!」


「うわあ、ビート板、めちゃくちゃ便利ですね。俺は自分に飛んできたやつは叩き落したけど、なんか、隣から跳ね返ったのが側頭部に命中しました」


「ガム、髪に、付けられた」


「甘いですわ! ダブルドリル!」


 先輩が頭部に飛来するガムをどうやって防いだのか、当人の名誉のために見なかったことにしよう。


 というか先輩の能力って、ビート板とか塩素玉とか、プールに関係する物を作り出すものだとばかり思っていたんですけど、ドリルって……。


 俺はガムを防ぐ手段が無かったから、髪にべっとりくっついてしまった。


「あの。二人ともけっこう、楽しんでません?」


「楽しんでませんわ!」


「辛い、思い出。心が、泣いてる」


「ええーっ。マジで? 割と、走って汗かいてスカッとして無事解決なノリになってない? ところで、このガム、誰が噛んだやつだよ。氷上が噛んだのだったら、ご褒美だよな。食べちゃうぞ?」


「た、食べるな、変態」


 最初から無かったかのようにガムが消えた。


「そう。それだよ。そんな感じで『やっぱなし』って強く思ってくれれば、お前の姿も元に戻るんだよ」


 激しい戦いを繰り広げながら、俺は自然と頬が緩むのを止められなかった。


 助かる。


 氷上は助かる。


 だって、俺は笑ってる。

 氷上の攻撃はギャグみたいなものだし、先輩もお茶目な対応をしている。


 ほら、光亜麗先輩はえくぼを作り、柔らかそうな唇からふふふと声を漏らしている。


 きっと、氷上も笑顔だ。


 多分、俺達の檄走は、氷上が素直になるために必要な儀式に過ぎないんだ。

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