第52話 男臭! KSAFTの迸る汗!

 地震のように地面が揺れ、周囲の木々から鳥達が空へ逃げだす。


 KSAFTは先日とは逆方向から走ってきている。

 ランニングコースを逆送してきたのは、きっと卑弥呼先輩に頼まれて氷上や俺を助けに来てくれたからだ。


「ディフェンシブライン、男気を見せるぞ! 巨大な玉、恐るるに足らず! ケーエス、エーエフティーッ!!」


「ファイッ、オーッ!」「ファイッ、オーッ!」「ファイッ、オーッ!」


 殺戮先輩を含む一際大きな四人が大岩に体当たりした。


 ズグンッと鈍い音が鳴り、四人の足が地面に沈み込み、深い溝を作る。


 勢いは落ちたが岩は止まらず、汗滾る雄との間で、摩擦熱による火が生まれた。


 ヒュゴオオオオッと、まるで溶接しているかのような音が響き、地面からは濛々と土煙が舞い上がる。


「ラインバッカー、続け! 巨大な玉に喰らい付けッ!」


 後方に控えていた死神先輩が吼え、自らを先頭にした第二陣が、炎を怖れもせずに、最初に突撃した四人組の背中に飛びついた。


「す、すげえ」


 ズドンッと衝撃波が円状に広がり、俺の頬を揺らす。


 KSAFTは気負いの一声「そいやあっ!」と共に巨大な岩を完全に止めた。

 汗に塗れた男達の顔を、残り火が照らしだす。


「……なあ、氷上、アメフト好きなのか? 俺の能力が、お前の願望を現実化して、先輩達を美化しいる気がするんだが。いや、マジで何で氷上が俺の能力を、俺より器用に使いこなしてるの?」


「未曾有のトールよ! 何を呆けているか! さあ、行けい。我等に小娘の尻を追いかける趣味はないぞ。貴様が行かんで、どうする!」


「あ、ありがとうございます!」


 岩で塞がった道をどうやって通り抜けようかと迷っていると、ミ先輩が横にやってきて、俺はいきなり尻に痛みを感じ、ズパアンッという快音と共に、岩を飛び越えた。


 尻を思いっきり叩かれた!

 体勢を立て直して嫡子つつ、これ絶対、お風呂入ったらヒリヒリくるやつだと嫌な予感。


「何をちんたらしている! ケツに力を込めて走らんか!」


「はい!」


『巨大な、玉、群がる、マッチョメン……。怒張する筋肉。重なり合う肉体。ふふふ。同じ、サイズの玉、もう一つ。さらに、丸太を転がしたら……』


 氷上は足を止めてぐふぐふニヤけているから、捕まえるチャンスだ。


「あっ」


 氷上の、肉声が聞こえた。


 氷上の視界に、迫りくる俺が映っている。


 氷上の視界が180度周り、加速した。


「逃げるな、氷上! 姿を消して皆から忘れられても、アメフト部の先輩達は、お前を覚えていたぞ。新しい友達が出来たってことだろ!」


「う、うあ……」


 一瞬だけ、氷上の小さな背中が見えた。

 直ぐに消えてしまったが、間違いなく氷上の姿が見えた。

 氷上の、消えたいという願いが弱まっている!


「卑弥呼先輩はお前のために力を貸してくれたぞ! お前に一度会ってみたいって言ってた。きっと仲良くなれるぞ。風神先輩も雷神先輩も校門をこじ開けてくれた! 頼れる先輩達がこんなにもたくさんいて、まだイジメが怖いのかよ!」


「う、うあ……うああ」


 先ほどよりも明滅の間隔が長くなり、数秒、氷上の姿が見える。


 氷上は頭を激しく振っていた。滅茶苦茶に揺れる姿勢で走るから、氷上の逃げる速度は遅い。


「もっと周りを頼れよ! たまたまお前の周りにいじめっ子がいたかもしれないけど、さらにその周りには、お前を助けてくれる友達がいるだろ!」


「うっ、ううっ」


 あと少しだ。

 氷上は自分が一人ぼっちではないと、もう、気付いているんだ。


 消えたいと願ったことを後悔している。無かったことにしたいと思い始めている。


 あと一つ。最後の一押しさえあれば、氷上は帰ってくる。


 ああ……。

 先輩という存在は、つくづく頼りになるんだなあ。


 坂道の脇の林から、氷上を救うための最後の一ピース、光明が迫ってくる。


「う、うう……私、一人じゃ、ない?」


「当たり前だろ! 俺が居る! それに!」


 氷上めがけて走る俺の傍らに、峻烈な黄金の輝きが降臨した。


 最も氷上のことを気にかけ、何度もぶつかり合い生まれた絆。


「九重学園帰宅部取締委員会四天王、水の天堂院光亜麗! 推参ですわ! 美月さん、貴方を取り締まりいたします!」


「光亜麗先輩だって、居る! みんなお前のために来てくれたんだぞ!」


 俺と同じように先輩も氷上を探して山道を走り回っていたのだ。

 黄金のドリルや制服のいたるところに木の枝や葉っぱを引っ掛けて、白い手足に擦り傷まで作って氷上を探していた!


「氷上! お前は一人じゃない。俺達が……あれ?」


 氷上の声がぷつんと途絶えた。


 辛うじて受信していた思念を、まったく感じなくなってしまった。


 俺の体力が切れて能力が解除された? いや、まだ、体力は残っているぞ。


 何で?

 今は、一人ぼっちじゃないと気づいた氷上が、俺達に抱きついてくる場面だろ?

 違うのか?!


「氷上? おい、氷上?」


 僅かに見え隠れしていた姿も、完全に消えてしまった。


 何で?


 最後の一押しとして、氷上と最も接点のある先輩が来てくれたじゃん。


「おい、氷上、どうした。泣きながら姿を見せるタイミングだぞ」


「紅様、どうしましたの? いま何度か美月さんが見えたけど、消えてしまいましたわ」


「心を閉ざしやがった! 声が聞こえないし、何も見えない!」


「いや、つうか」


 意外と近いところから氷上の声がした。


 氷上は足を止めて数メートル先から俺達の様子を窺っている。


 俺は息が上がっていたし、氷上を下手に刺激したくないので立ち止まる。


 俺の意図を読んでくれたらしい先輩も、隣で足を止める。


「水取、マジ、私を、助ける気、あるの?」

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