第51話 巨岩! それは拒絶の心!

「何が不満なんだよ! あいつ等ビビってたから、もう手出しはしてこないって!」


『うーっ!』


 氷上の思考は駄々をこねる子供のように、滅茶苦茶だ。

 

 独りぼっちになりたい。でも、追いかけてきてくれて、嬉しい。


 捕まえてほしい。でも、近くに来ないで。


 手、怪我させて、ごめん。でも、私、悪くない。水取が勝手に、怪我した。


 矛盾した感情が次々に流れ込んでくる。


「怪我のことなら気にするな。唾を付けとけば治る。というか、お前の唾を付けてくれれば一瞬で治る! 怪我した指をぺロってするラブコメイベントチャンス到来だ!」


『うーっ!』


 本当に私を、護ってくれるの? 嘘じゃないの?


「いまさら何を言っているんだよ! 俺が嘘をつけるほど賢いと思うのか!」


『……でも、他の人が、困ってたら、どうするの?』


「もちろん助けるに決まってるだろ。ただし、女の子限定だけどな。もし光亜麗先輩が困っていたら、助ける。そうか。お前も先輩と一緒で、鬱憤を晴らしたかっただけか。いいぜ、氷上。好きなだけ、モヤモヤとした感情を吐きだせ!」


『……』


 俺の説得が功を奏したのか、大荒れだった感情の波がピタリと止んだ。


「ん?」


 林が途切れて、数人が横に並べそうな山道に出た。

 草が生えておらず、土がむき出しになっているから、おそらく、学園生がランニングして踏み固めたのだろう。


 氷上は十メートルくらい坂道を上に行ったところで立ち止まり、息を整えているようだ。


「観念して俺の愛を受け入れる気になったか?」


「いや、だから、さ」


 思念の声ではなく、肉声が届いた。

 一歩前進だ。

 少なくとも声は、戻ってきた。あとは姿とみんなの記憶だ。


「声を聞けて嬉しいよ。なあ、一緒に帰ろうぜ。自分に何が起きたのか分からないかもしれないけどさ」


「なぜ、女、追いかける最中、別の、女の、名前、出す」


「え?」


 氷上の足下にあった落ち葉が風に舞い上がり、周りの木々がざわざわと鳴りだす。


 次第にざわつきは広がり、氷上を中心にして空気がゴゴゴゴと禍々しく鳴動する。


 なんか様子が変だ。説得成功じゃないの?


「あの、氷上さん? どうしたんですか?」


「いや、なんか、さ」


 あれ。もしかして、氷上の感情は落ち着いたわけではなく、嵐の前の静けさだったの?


「う、うおっ!」


 砂埃が勢いよくぶつかってきたから、反射的に顔を手で隠す。

 足を踏ん張って、感情の大嵐に逆行しながら、目を開けると、巨大な丸い岩が視界を覆い尽くしていた。


「どっから出てきた、その岩!」


「潰れちゃえ」


 山道の幅に等しい巨大な岩が、斜面の上から転がってきた。


 轟然と音を鳴らし、小石を潰し、道路にはみ出ていた細い枝を折りし勢いよく迫ってくる。


「冗談だろ、おい! 無理無理! おい、氷上! いじめっ子ならいくらでも倒してやるけど、こんな巨大な岩、無理だぞ!」


 待って。そもそも何で岩が出てくるの?


 氷上が新体操に由来した身体能力で、光亜麗先輩が水泳部に関連するものを具現化していたように、異能は本人の性質から強い影響を受ける。


 だから、新体操と無関係な岩が出現するなんてありえない。


 なら、俺の能力? 岩を出したいなんて願いが、俺の氷上に会いたいという願いよりも強い?


 そんなことあるわけがない。俺の能力に、まだ俺が知らない効果や制約があるのか?


 俺は斜面の下に向かって全速で逃げるしかなかった。

 横に飛びのこうにも、周囲の木をかいくぐろうとしている間に潰されかねない。


「おい、氷上! いま、さすがにやりすぎたかなーっていう心の声が聞こえたぞ! だったら、最初からやるな! というか何でいつのまにかお前が俺の能力を逆利用しているんだよ!」


 山道を下った先は丁字路のようになっているから、どちらかに曲がれば助かる。


 だが、直ぐ先には学園と外を隔てる塀がある。


 もし岩が直撃して塀を砕けば、空いた穴から氷上が逃走してしまうかもしれない。


「お前、けっこう今の状況、楽しんでるだろ! ストレス発散できただろ! もう、姿を消してないで出てこいよ」


『それは、それ。これは、これ』


「くそおっ!」


 岩を止める手段を思いつかないまま丁字路に差し掛かった。


 壁と挟まって潰れる自分を想像しかけた瞬間、学園で最も会いたくない人の声が横から聞こえてきた。


 いや、正確には、圧力を伴う声にぶっ叩かれて、俺はちょっとよろめいた。


「情けないぞ! 未曾有のトールよ!」


「げっ、殺戮先輩!」


 立ち上がった獅子のような雄雄しき男の名は殺戮のミ……先輩。


 敵としては会いたくない、だが、逆に考えれば、もし味方になってくれるなら他に比べようもないほど心強い人だ。


「チビ女がいなければ、力が出ぬとでも言うか。腑抜けが! 筋肉が足りぬ証拠よ!」


 上半身を逆三角形に膨らませた集団が土ぼこりを巻き上げながら爆走しくる。


 青と白のシャツを汗の染みで黒くまだらに染め上げた、KSAFTだ。

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