第50話 激震! 実は俺、強いんだぞ!
木々が僅かに途切れ、小さな部屋くらいの広さに土がむき出しになっている場所だ。
学園の生徒らしき男女が十名程、だらしない姿勢でしゃがみ込んでいる。
男女半々で、数名が咥えたタバコから煙をくゆらせている。
『いじめっ子、怖い。逃げるな、なんて、無理!』
姿は見えないけど氷上の悲痛な声は、はっきりと俺の胸に届く。
「おい、氷上、俺を試しているのか? こいつ等がいじめっ子か?」
さっき玄関で氷上に嫌がらせをした茶髪のアホ女が、手にしたタバコを隠そうともせずに、顎を無くしたようなヘラヘラ口調で前にやって来た。
「なんだ、またテメエかよ。いい加減にしろよ!」
俺と玄関で揉めてからそれほど時間は経っていないし、校門を突破したとも思えない。何処かに抜け道があるのだろう。
手際がいいから常習犯か。
「こっちは嫌なこと思いだして、むしゃくしゃしてんだよ。気分転換まで邪魔しようってのかよ」
アホ女は男が五人いるから、相当、強気になっているのだろう。
挑発するように煙を俺に噴きかけてきた。
俺は女を無視して、しゃがんだままガン垂れてる男達の前に向かう。
「先輩、風紀委員の活動、お疲れ様です!」
俺は心底、明るい声で丁寧に頭を下げた。
風紀委員の男は舌打ちしてタバコを捨てると、煩わしそうに立ち上がる。
アホ女がささっと風紀委員の左腕に抱きつく。
「タッくん、アッキー、こいつ生意気だよ! タバコ見られたし、ウチ等に逆らえないように、痛い目に遭わせてよ」
女がわめき散らすと、風紀委員以外の男達も腰を上げ、俺を取り囲む。
自分より背の高い男五人に囲まれる状況だが俺は気にせず、直ぐそばで見ているはずの氷上に話しかける。
「なあ氷上、こいつ等よりも風神雷神先輩や殺戮先輩の方が、よっぽど怖いだろ」
『水取は、女子の、イジメの、陰湿さ、知らない』
「あー」
確かに未だしゃがみこんでいる女子四人も汚い茶髪だし、濃い化粧とタバコを捏ねて作ったような顔つきだ。
うんこ座りでパンツ丸出しになっているけど、全然ときめけない。
女装した高山先輩の縞パンの方が、まだときめくわ!
「氷上、俺は過去、散々な目に遭ったから暴力が嫌いだ」
振り返り、来た方向へゆっくりと歩く。
男達は俺がビビッたと判断したのか、背後から何度も肩をど突いてくる。
口汚いことを叫んでいるが、無視。
聞く価値もない。
俺は手ごろな木の前に立つ。
抱きつけば両手の指先が届くくらいの太さだ。
「いいか、氷上。いくらお前を苛めた嫌な女の仲間だからって、俺は見ず知らずの奴を殴るつもりはない。けど、そこの女達がこいつらの暴力をちらつかせて、お前を脅したんだったら、話は別だ。俺がこいつ等より強いって教えてやる! お前を護ってやれるって証明してやるよ!」
俺は足先から根を張るようにして地面を踏みしめる。
「はああぁぁ……」
イメージは竜巻。
足下から激しく舞い上がる暴風を、拳へと誘導するんだ。
右足の親指から、膝、腰、肩へと順に勢いと回転を上乗せしていき、拳を握力で固め、「せいっ!」渾身の一撃を木に叩き込んだ。
拳が木の幹に深く突き刺さり、炸裂音と共に亀裂が遥か上まで伸びる。
特殊能力ではない。
タルタロスで嫌というほど叩き込まれた、格闘術だ。
「見たか氷上。能力なんて使っていない。これが俺の素の力だ。華奢な外見からは想像できないだろ。相手が素人だったら、首の骨くらいは折れているぞ。驚いたか?」
周囲が黙り込み、幹がひび割れていくミシミシッという音だけが残る。
振り返ると、背後から俺をど突こうとしていた男が、怯えたように手を引っ込め、こびを売るような笑みを浮かべた。
俺は氷上の視界を盗む。
氷上は男達を挟んだ反対側で、俺の拳から流れる血を見ていた。
「優しい手当ては、熱烈歓迎だぞ」
俺はぷらぷらと手を振って血を落とすと、氷上を刺激しないようにゆっくり歩きだす。
実力差が分からないほど馬鹿なのか、男が一人、背後から殴りかかってこようとしている。
俺が横へ避け、足を引っ掛けると男は無様に転んだ。
風紀委員の男だ。
すかさず男の耳を掠めるように、顔すれすれに足を振り下ろし、地面にめり込ませる。
「先輩の記憶からは消えているかもしれないけど、俺、先輩とあっちの茶髪カスを殴ってもいい理由あるんですよ。怪我したくなかったら、調子のんなよ」
俺の脅しは十分効果があったらしく風紀委員先輩は顔を青ざめさせて震えた。
さて、余計な時間を使ってしまったが、氷上を捕まえよう。
急に、俺の視界が壊れた自転車のように不規則に揺れ始める。
氷上が走り出したのだ。
「待てよ!」
再び追いかけっこが始まる。
勝利条件は、鬱蒼とした山林を逃走する氷上の捕獲だ。
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