第55話 叙述! 今、明かされる俺の……!

「作ってきたもん。昨日も今日も。私、言おうとした。なのに、水取、気付かず、行った」


「あ……」


 玄関口で、馬鹿女が氷上の荷物をぶちまけたとき、青色の包みが二つあった。


 まさか、大きい方の包みは俺のために作ってくれたお弁当だった?


「ごめん。気付かなかった。でも、走ってお腹が減ったなあ。何処かに食べ物、ないかなー。俺、昼飯食べたけど、もう一食くらい余裕で食べれそうだよ」


「お弁と、消えちゃった……」


「あ、あー」


「美味しい、言ってくれたから、卵焼き、入れたよ」


「うん。ありがとう」


「ポテト、ベーコンで巻いて、可愛い、串で、とめた」


「見たかったなあ」


 俺は氷上が直ぐ近くに居ることを確かめたくて、両肩をそっと掴んだ。


 一度だけびくっとしたけど、氷上は逃げずに大人しくしている。


 見えないけど、氷上が居るという、確かな温もりと震えが俺の手に伝わってくる。


 でも、未だ姿を見せてくれない。


 虐めが怖くて逃げ出した氷上を救うには、最後の一押しが必要なのだ。


「おにぎり、凄く、すっぱい、梅干し、入れた」


「梅干しは苦手だけど……。いや、氷上が握ってくれたんだから食べるよ」


「赤み、いれるの、プチトマト、無かったから、イチゴ、入れたよ」


「イチゴというと……うっ」


「ん?」


 イチゴという言葉で、以前、氷上がファーストキスはイチゴ味だと言っていたのを思いだしてしまった。


 光亜麗先輩が能力を暴走させたとき、それを治めるため、氷上は言った。


『……暴走女、落ち着かせる、定番。……愛の告白』


 俺は心の中で氷上の言葉を反芻する。


「うん。確かに、氷上が言ったよな」


「ん? なにブツブツ、言ってる」


『好きだと、告白して、キス。相手、大人しくなる』


 よりにもよって、氷上の肩に触れているときに思いだしてしまった。


 いや、違う。


 触れあえる距離にいるから、氷上の言葉が蘇ったのだ。


 いやいや、違う。


 氷上の妄想が俺に届いたに違いない。

 氷上は俺とキスしたがっている。


 最後の一押しは、好きだという言葉を行動で証明しろという、氷上なりの甘えなのだ。

「つまり、そういうこと?」


「ん?」


 氷上を救う最後の一押しは、俺の素直な気持ち。


「好きだよ。氷上」


 俺は目を閉じ、そっと唇を突きだす。


 お互いの吐息が交じり合い、湿り気のある暖かい空気が顔をくすぐる。


 俺と氷上の間にある空気が、いま世界で最も熱い。


 悲しみの涙なんて全て蒸発させるくらいに、激しく燃えている。


 俺の唇が、そっと氷上の唇に触れ――る寸前で、パンッという乾いた音と共に頬が痺れた。


「痛ッ」


「な、なな、なぜ、いきなり、キス、しようと、する!」


 手を振り抜いた氷上が、前髪で隠しきれないほど真っ赤な顔で睨んでくる。


「へ、変態! 痴漢!」


 間違いなく、俺の視界で、氷上が顔から湯気を噴いている。


「あ、いや……。だって氷上が、暴走した女を止めるにはキスって言ってたから」


「く、空気、読め!」


「いや、空気を読んだから、むしろ、いける! って思ったんだよ!」


「いけない! うーっ、馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」


 氷上は顔をグニャグニャにして、小さな拳でぽかぽかと叩いてきた。


「お帰り」


「うーっ」


「恋人との痴話げんかって、けっこう楽しいな。でも消えるのは簡便な」


「恋人、違う……」


「認めろよ」


「と、友達、くらいで」


 氷上がきゅっと俺の手を握ってきた。


「可愛いなあ」


「ち、違っ。水取、手、怪我、してるから」


 ああー。氷上を追いかけるのに必死で、すっかり忘れてたけど、そういや、不良達を黙らせるために木を殴って、怪我していたっけ。


 氷上が不器用な手つきで、俺の右手にハンカチを巻いてくれる間、俺はニヤニヤしっぱなしだった。


 だってちらっと見えた氷上の顔、隈が曖昧になるくらい真っ赤だったんだぜ。


 イチゴ味かトマト味か試してみたい。


「恋人同士、手を取り合って一件落着だな」


「だから、違う。未だ、そういう関係、違うから」


「未だ? 未だってことは、いずれ、期待してもいいの? いつ! 何分後!」


「いずれ……なら。可能性は、ゼロでは、ない」


「どれくらいのイチャイチャをさせてくれるんでしょうか! パンツ見たりおっぱい触ったりは、当然、ありだよね!」


「うぁ……。調子、乗んな。暴走、すんな」


 うんざりした顔も可愛いなあ。

 いい雰囲気だしノリでほっぺたすりすりくらいいけるかもと顔を近づけたら、氷上も顔を近づけてきて、いきなり、ちゅっと柔らかい物が俺の頬、極めて唇に近い位置に触れた。


「え、あ……。え?」


「私も、水取のこと……。好き、だよ」


 あれ。


 いまの、ちゅって……。


「あれ。あれ。もしかして、キ、キキ、キス? 氷上、俺にキスした?」


 ちょっと、俺、ひゃっほーっとかやったーとか叫ぶべきでしょ。


 でも、ドキドキしすぎて声が出ない。思いっきり氷上を抱きしめたいんだけど、全身、ぶるぶる震えていて動かない。


 やっば。

 俺、人生最大級に顔真っ赤だ。

 俺の顔が太陽みたいになって、氷上の顔まで赤く照らしてしまった。

 いや、氷上も真っ赤だよね?


 氷上が舌をべっと出してから、悪戯っぽく笑う。


「ね、言ったでしょ。暴走女、落ち着かせるには、好きだと、告白して、キス。だから、水取、えっちな、暴走、ちょっと、控えて。ね?」


「はい……。私の暴走、治まりました」


 うん。氷上のキス、とんでもない破壊力。


 いくらだからって「好きだ」とか「パンツ見せろ」とか言って暴走するどころじゃない。


 男みたいな性格しているってよく言われる俺だけど、やっぱ女だったらしく、氷上の言う様に好きな人からのキスで、暴走、治まりました……。

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