第48話 感動! 俺は光亜麗先輩のおっぱいを触った!

「いつから、そこに居ましたの?」


「うむ。校舎前を歩いておったらな、ティアーモが叫びながら走っておるではないか。面白そ――深刻な事件に違いないと、こっそりあとを尾けたのじゃ」


「つまり、殆ど最初から盗み見していたというわけですわね?」


 光亜麗先輩のこめかみがヒクヒクしている。


「いやいや。けっこうあとからなのじゃ。ティアーモは足がはようて、妾のちっちゃなあんよでは全然、追いつけないのじゃ。妾もインコちゃんみたいな長い足が欲しいのう」


 卑弥呼先輩は光亜麗先輩が不機嫌そうにしているのを気にした様子もなく、傍らにしゃがみ込んで素足を両手で撫で回し始める。


「すべすべじゃのう」


「ところで紅様、ティアーモとはどういうことですの?」


「名前を名乗ったら、卑弥呼先輩が俺のことを『味噌のティアーモ』なんとかって名づけてくれて」


「未曾有のトール・ティアーモ・イトリじゃ。妾が二つ名を授けたのじゃ」


 卑弥呼先輩は太ももに頬ずりしつつ猫撫で声で甘えている。


 つやつやした毛並みの黒猫が、犬のゴールデン・レトリバーに戯れているみたいだ。


 羨ましい。

 どっちでも良いから、ちょっと代わってほしい。


「紅様、どういうことですの。私という彼女が居るのに、ティアーモと呼ばせるなんて!」


「えっと、なんか駄目ですか?」


「駄目です。ティアーモはイタリア語で愛しているという意味ですわ。そんな呼び方、認めません」


「妾がティアーモを何と呼ぼうが、インコちゃんには関係ないのじゃ」


 卑弥呼先輩は、太ももをちゅっちゅしたり甘噛みをしたりしている。

 なんで光亜麗先輩はくすぐったがったり、嫌がったりしないんだろう。


 見ているだけの俺でさえ、なんか恥ずかしくて頬がむずむずしてきちゃうのに、先輩は。まるで凄く慣れているかのように平然としている。


「撫で撫で分とすべすべ分は、約束の100もみもみから引いておきますわよ」


 先輩はじと目で言い放つと、卑弥呼先輩の額を押しのけて、引っぺがした。


「けちなのじゃ。インコちゃんはケチなのじゃ」


 卑弥呼先輩は立ち上がって光亜麗先輩の前に回りこむと、舌をいーっと出す。


「あの、二人ってただならぬ関係なんですか?」


「違いますわ! 誤解なさらないでください」


 ムキになる光亜麗先輩に対し、卑弥呼先輩は「むふっ」と意味ありげに微笑む。


 光亜麗先輩は卑弥呼先輩を頼りにして連絡を取ったわりに、随分と態度が冷たい。どういうことなんだろうと悩んでいると、卑弥呼先輩が背伸びして耳打ちしてきた。


「インコちゃんはツンデレなのじゃ。二人っきりになると、甘えてくるのじゃ」


「聞こえていますわよ。寝言は寝てからにしてください」


「うむ。妾の寝言なら、たっぷりと聞かせてあげるのじゃ。妾もインコちゃんの寝顔が大好きなのじゃ」


 光亜麗先輩はボッと頬を赤く沸騰させ、言葉を失った。


 俺が顔を覗き込むと、先輩は視線を逸らしてから、小さく深呼吸をする。


「冗談はこれくらいにしましょう。後輩が、いじめを苦にして自傷しかねない状況なのです」


「そうです。氷上はいじめのせいで傷ついていて、自分なんか居なくなればいいなんて悲しい考えに取り憑かれているんです」


 俺が詰め寄ると、卑弥呼先輩は肩を落としてため息をついた。


「おぬし等は馬鹿じゃのう。事情はだいたい聞いておったから、分かっておるが、呆れるばかりなのじゃ。いじめられた子に、俺がお前の味方だーなどという言葉が届くわけなかろ。近くに味方がおらんかったから、いじめられたのじゃぞ」


 先輩は光亜麗先輩の額に、ぺちりと気持ちよさそうなチョップをお見舞いした。


「妾が凹んでいたインコちゃんに何をしたのか、記憶のタンスから取りだすのじゃ」


 卑弥呼先輩は満面の笑みを浮かべると、俺の手を取って、引っ張ってきた。


「えいっ」


 俺の手は卑弥呼先輩の導くまま、光亜麗先輩の控えめな胸に触れた。


 うん。


 間違いなく、おっぱい、触った。


「うっ、うおおおっ! 柔らけえっ!」


「きゃああああっ!」


 水着姿を見た限りでは控えめな胸という印象だったけど、手にすると、考えを改めざるを得ない。

 触れた瞬間はとろけるように柔らかなのに、指に力を入れると、ぷるんっと元気に押し返してくる。


「やっ、あっ、んっ……」


 女性特有の柔らかさの奥で、水泳で引き締まった筋肉がひそやかに自己主張しているのが、はっきりと手に伝わってくる。


「あっ、んっ。おやめになってくださいまし」


 もっと触れていたかったのに先輩は一歩退いて両腕で胸を覆い隠してしまった。


「うっ、うーっ……」


「ご、ごめんなさい! 卑弥呼先輩がいきなり、だから」


 光亜麗先輩は顔を真っ赤にして唇を「ば、か」という形にする。

 それから、卑弥呼先輩に迫り、額で押さえこむように見降ろした。


「卑弥――」


 光亜麗先輩が抗議の口を開いた瞬間、卑弥呼先輩が唇を近づけ、ちゅっ。


「え?」


 俺の位置からでは、二人が唇を触れさせたように見えたし、確かに、ちゅっという湿り気のある音が聞こえた。


 光亜麗先輩は白い肌をますます真っ赤に染め、目と口をぐにゃぐにゃにわななかせてしまい、もう喋るどころではないようだ。


 代わりに卑弥呼先輩が大きく息を吸い込んで、能力なのか特技なのか光亜麗先輩そのものの大声を出す。


「あっ、紅様、おやめになって。そんな乱暴にされては、光亜麗の小さな胸は壊れてしまいますわ。あんっ、ひゃんっ。駄目えっ」


 卑弥呼先輩の口から出ているのは、どう聞いても光亜麗先輩の声だ。


 絶句した金髪の美少女が顔中から湯気を噴きだしながら、黒髪の美少女に掴みかかる。


 卑弥呼先輩は光亜麗先輩の顔や肩を押し返しながら、実に愉快そうな顔をし地声で嬌声を響かせる。


「ひゃあんっ。紅様。何をするのじゃ。インコちゃんだけでなく、妾まで。やんっ。駄目なのじゃ。そんなところに熱烈なちゅーをしては駄目なのじゃ。妾は、頭がおかしくなってしまうのじゃあ。ひゃんっ、あんっ、いやあんっ」


「な、な、何をっ。おあっ! がっ……」


 先輩に意図を問いただそうとした瞬間、後頭部を巨大な鈍器でぶっ叩かれた。


『最低!』


「違う!」


 俺に不意打ちをしたのは、物理的な衝撃ではない。

 強固な意志の塊だ。


『信じられない!』


 俺の見ている世界にノイズが走る。


 目の前の空間が乾いた泥のように細かくひび割れ、隙間から暗闇が現れる。


 氷上の見ている光景が、俺が目にしている光景と重なっているのだ。


 氷上は暗い場所に居る。


 いや、瞼を閉じている。


『私が! 辛くて、悲しくて、ひとりぼっちで、泣いてるのに! 先輩と、いちゃついて、最低! 水取の、馬鹿!』


 繋がった。


 俺の能力が、氷上と繋がった!


 先輩といちゃついていると勘違いした氷上の、俺を殴りたいという願いが叶ったのだ!

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