第46話 共感! 伝わる思い!

 俺に先輩と戦い、校門を押しとおることが出来るだろうか。


 光亜麗先輩のことは大好きだ。

 でも、氷上のことだって同じくらい大好きなんだ。

 放っておくわけにはいかない。


 いま最も悲しんでいるのは氷上だ。

 たとえ光亜麗先輩と敵対することになったとしても、俺は校門を突破する!


「光亜麗先輩、大事な用事があります。帰らせてください」


「ええ、どうぞ」


「……え?」


「何を意外そうにしていますの? 取締委員会が取り締まる相手は、青春の情熱を発散できずに鬱憤を抱えている生徒ですわ」


 先輩は透き通るような蒼い眼差しで真っ直ぐ、俺に視線を重ねてくる。


「目を見れば分かりますわ。昨日までと違って、今の紅様は校門を突破しなければならない理由がある」


「は、はい! ありがとうございます!」


 自殺したことになっている氷上を助けることが出来るのは俺だけだ。


 俺は先輩に頭を下げ、走り出そうとする、が――。


「ところで今日はメガネザルさんは一緒ではないのかしら」


 聞き捨てならない言葉が俺の脚を止める。


「メガネザルって誰のことですか?」


「美月さんのことですわ。目の隈がメガネザルみたいで可愛いでしょう? 悪口のつもりはないのですけど、駄目かしら?」


「あ、いや、先輩、氷上のこと分かるんですか?」


「ええ。もちろんですわ。変な質問ですわね」


「自殺した氷上ですよ?」


「ええ。じさ――。えっ! 昨日見たときは不機嫌ではあっても、思いつめた様子では、ありませんでしたわよ!」


 先輩が口を押さえ、驚きに目を見開いている。


「そう! 昨日、見た! 光亜麗先輩は昨日、見た」


 思わぬ収穫だ。

 俺以外にも、高等部の氷上を知っている人が居た!

 しかも二年生だ!


 つまり「氷上が自殺した」と認識しているのは一年生だけ。

 二年生には、何も影響を与えていない!


「氷上、聞こえたか! 喜べ! お前がどんなに消えたがっても、お前のことを覚えている人が、ここにいるぞ!」


 目を白黒させている先輩を尻目に、俺は全身で叫んだ。


「氷上が自殺したことになっているのは一年前。中等部で起きたこと。光亜麗先輩は高等部の一年だったから、氷上の自殺を知らない! 知らない人の記憶までは、変わらなかった!」


「紅様、何の冗談ですか。美月さんが一年前に自殺していたなんて。昨日のメガネザルさんは、いったい誰なんですか」


「光亜麗先輩、氷上が自殺したというのは嘘です。言葉のあやとりです」


「どういうことですの?」


「でも、自殺したくなるくらい悲しんでいるのは確かです。探すのを手伝ってください」


「分かりましたわ」


 光亜麗先輩は表情を引き締め、硬くうなずく。

 分からないことだらけのはずなのに、俺を信じて氷上のために力を貸してくれるんだ。


「何ですの。にやけていますわよ?」


「何でもありません。氷上はもう校門を突破しています。外を探しましょう」


 俺が駆けだすと、先輩が「お待ちになって」と呼び止めてきた。


「外には行っていませんわ。校門は誰かに任せて、美月さんの顔を知っている私と紅様で校内を探しましょう」


「あっ、いや、それが、あいつ、もう校門を出た可能性があるんです」


「ありえませんわ。私が来たのは、守衛さんが門を開ける前ですもの。登下校時以外は、防犯のために門は閉じていますわ」


 先輩は校門の脇にある郵便受けのような物を掌で指し示した。

 

「五分くらい前かしら。私、守衛さんがカードキーで門を開けるのを見ましたわ。その後、ずっとここに居ましたけど、誰も来ていません」


「それが……。あいつ、俺の能力のせいで透明人間になっているかステルス迷彩みたいになっているか、兎に角、見えないんです。俺の能力は――」


 説明を遮るように、先輩が人差し指で俺の唇に触れる。


「ええ、分かりました」


「え?」


 俺は未だ説明していないけど、何が分かったんだろう。


「人の願いをかなえるなんて、素敵な能力ですわね」


「あ、はい。えっと……。俺、言いました?」


「いえ。でも、頭に直接聞こえたというか、分かってしまいました」


 俺が無意識のうちに能力を使って「伝えたいという願い」を叶えた?

 自分でも上手く制御できていない能力が、運良く働いてくれたのか?


「美月さんを目視で探すのは不可能。かといって紅様の切実さは『俺の前から消えてほしくない』であって『みんなの前から消えてほしくない』ではないので、願いを叶えたとしても、元通りにはならない。願いを別の願いで上書くのは非常にリスクが高いから、本人に願いを取り消してもらうのが確実……といったところですわね」


 先輩は顎と肘に手を当てると、教師のように理路整然と現状を語りだす。

 俺ですら整理しきれていなかったことまで、しっかりと把握しているようだ。


「視界や思考を覗けば美月さんを探せる。けど、消えたいという美月さんの願いの方が強い……というわけですわね?」


「というわけです」


 先輩の落ち着いた態度に接しているうちに、俺の心も落ち着いてきた。

 先輩と会えて良かった。俺一人だったら闇雲に学園内を走り回るだけだった。


 頼りになる姿に見惚れていたら先輩は突然、道路脇にある木陰をズビシッと指差した。


「美月さん、そこに居るのは分かっていますわ。隠れてないで出てきなさい!」


「えっ?」


 俺はまさかと思いつつも、振り返る。


 人影はない。


 気配もない。


 数秒ほどして、先輩は手の甲で髪を優雅にかきあげた。


「もしかしたらと思いましたけど、ハズレでしたわ」


「ええーっ」


「何ですの、その変な口は……」


「俺をリラックスさせるつもりだったんでしょうけど、先輩って、意外とお茶目なんですね」


「べ、別に子供っぽいことをしたかったわけではありません。美月さんが近くにいたら、バレたと思って自ら出てきてくれるかもしれないと期待したのです」

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