第45話 捜索! 消えた氷上を追え!
「おい……冗談じゃねえぞ」
俺はウザいセンパイ達を放置し、氷上が居た痕跡を探すために教室に向かった。
その廊下の途中で、ケルベロストリオに遭遇した。
俺は彼等に飛びつき、氷上のことを知っているか聞いた。
認めたくないが、最悪の状況になってしまった。
氷上の自殺は、中等部からの進学組の間では悪い意味で有名だった。
部活でのイジメを苦にして、去年の冬、体育館で自殺したらしい。
「待てよ。何で部活で苛められるんだよ。あいつ、部活に入ってないだろ」
ケルベロストリオは俺の剣幕に顔をしかめつつも教えてくれた。
中等部時代の氷上は新体操部で、全国大会にも出場するほどの選手だったらしい。
「当たり前のことに気付かなかった俺が馬鹿なのかよ」
帰宅部取締委員会の四天王と互角に渡り合ってきたのだから、氷上には同等の身体能力があるということだ。
光亜麗先輩も、風神先輩も、雷神先輩も、殺戮先輩も、みんな全国上位のスポーツ選手だ。
もし本当に氷上が帰宅部だったら、能力の相性や運だけで勝てるはずがない。
トンファーの扱いに長けていたのは、クラブという棒状の道具を扱う種目の経験が生きているからだろう。
棒や玉の扱いが得意と言っていたのは、俺が勝手に下品な冗談だと勘違いしていただけで、あれは新体操のクラブとボールのことだったのか?
一歩目からトップスピードに乗る加速力や、地を這うような素早い動きも、宙返りするアクロバティックな動きも、新体操の経験があったからだろう。
「じゃあ、なんであいつ、帰宅部なんて言われてるんだよ」
氷上は帰宅部ではなく「キタクブ」だった。
キモいオタクのブス。
略してキタクブ。
所持していた同人誌がボーイズラブだったのが、苛められる原因になったらしい。
さっきの茶髪女達が氷上の大会成績を妬んで氷上を陥れたという噂もあるそうだ。
「何で趣味のことでイジメになるんだよ。おかしいだろ。それに、イジメられたからって、本当に消えることないじゃないか!」
ケルベロストリオから話を聞き終えた俺は、氷上の姿を捜し求めて走りだした。
真っ先に思い浮かぶ心当たりは校門だ。
もし本心から死にたいと願ったのではなく、ただ、学校から消え去りたい、逃げたいと思ったのなら、姿が消えただけで校門に向かった可能性がある。
氷上はいつも「帰りたい」と言っていた。
けして「死にたい」ではない。
死んでいないはずだ……!
「苛めがあったのは事実だとしても、自殺は嘘だろ。俺、お前の顔、しっかり覚えているぞ! 辛いことがあったなら言えよ! 何で黙ってたんだよ! 他のやつ等ならともかく、俺の前から消えるなよ! そこらへんにいるんだろ。答えろよ!」
俺は周囲に視線を巡らせながら走る。
部活勧誘会の先輩や見学者達が何事かと見てくるが、気にしている暇はない。
「全員が苛めてきたわけじゃないだろ。俺がいるだろ! 俺を頼れよ! 姿を消したくらいで逃げられると思うなよ!」
俺の能力で氷上の視界や思考を盗撮すればいい。
組織『タルタロス』は俺に、他人よりも自分の願いを叶えられるようにする訓練を課した。
俺が最も得意とする能力の用途は、他人の思考盗撮だ。「他人の考えを知りたい」というシンプルにして強い、誰しも抱くであろう願いの強化だ。
電流の流れる椅子に座って、トランプの数字や隠したコインの位置を当てる練習を嫌というほど繰り返した。
だから、俺は自分の身に危険が迫っているとき「他人の視界や思考を見る」ことは、100%に近い成功率を誇っていた。
ついさっきの失敗を恐れるな。
消えてしまった氷上を見つけたいという俺の願いは、今、学園の誰よりも切実なはずだ。
他の誰の願いにも、絶対に、負けない。
「トイレ中でも恨むなよ!
幸せを運ぶサンタクロースになぞらえた悪魔のごとき能力、それが俺の悪魔王の十字架だ。
俺の能力だ。俺の願いを叶えろ!
濃い隈やこけし体型を思い描き、何度も、何度も、氷上を想い、その心に触れたいと念じる。
しかし――。
「くそっ、ダメだ!」
能力は発動している。しかし、氷上の思考も視界も分からない。
俺の能力は対象を選べない。
付近に居る「俺が好意を抱いている相手」もしくは「仲間と認識している者」の中から、もっとも強い願いを叶えてしまう。
氷上の「消えたい」という願いの方が強ければ、俺の能力は俺に恩恵をもたらさない。
そんなの認めてたまるか!
俺はお前に会いたい!
「氷上、どんだけ凹んでんだよ! 校門破りしたときの元気は何処に消えたんだよ! 先輩達に刃向かっていった度胸はどうしたんだよ! 返事しろよ!」
自分で口にして気付いた。
俺は、氷上が同級生と接しているところを一度も見たことがない。
同級生の女子が近づいてきたら、逃げるようにしていた。
廊下ですれ違えば道を譲って隠れていた。
氷上が普通に接していたのは、虐めのことを知らないであろう上級生だけだ。
「俺が外部からの転入組みで、氷上の過去を知らないから仲良くしてくれた? その程度の理由なの? 切っ掛けはどうであれ、俺のこと、もっと好きになってくれよ。居なくならないでよ」
僅かでも反応が欲しくて声を張り上げるが、見つからないまま、俺は校門の手前に到着してしまった。
小さい人影が一つ、ある。
「氷か……! 光亜麗先輩……」
金髪が輝いているから、遠くからでも立っているのが光亜麗先輩だと分かる。
先輩は俺に気付くと表情に花を咲かせ、胸の前でパタパタと小さく手を振った。
「はあ、はあ……光亜麗先輩……」
「大声を出していたようですけど、演劇部の練習かしら?」
「あの、誰か、帰りませんでしたか?」
俺は息を整えながら、校門周辺に異常がないか見渡す。
「誰も帰っていませんわ」
「そうですか……」
先輩がハンカチで額の汗を拭いてくれた。
柑橘類のような爽やかな匂いが俺の焦りを僅かに和らげてくれる。
貴重な情報を得て一歩前進した、わけではない。
氷上が透明になっているのなら、堂々と校門を通った可能性が高い。
俺は氷上の自宅を知らないから、校門から正門までの林道で見つかることを願うしかない。
ただ問題は、帰宅部取締委員会四天王の光亜麗先輩が目の前に居るということだ。
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