第44話 消失! 姿を消した氷上……

 この鬱陶しい先輩達が氷上を苛めていた?


 氷上、教えてくれ……!


 俺は「誰かの願いを叶える」異能を発動。


 しかし、何も分からない。


「私は、平気。だから、帰る」


 氷上が濡れた顔で苦しそうな笑顔を作ると、小さな姿は透けるようにして消えてしまった。


「あっ!」


 左右を見ても姿は無いし、振り返っても、何処にも居ない。


 目に映る景色は何ひとつ変わっていないのに、氷上だけが完全に消えてしまった。


 俺が手にしていた氷上のトートバッグが無くなっている。


 床に散らばっていたはずの荷物が見当たらない。


「くっ……!」


 こめかみに氷柱を指したかのような寒気と痛み。


「氷上、おい、氷上! 待て! 消えるな!」


 俺の能力は、組織『タルタロス』が把握している異能の中でも、希少価値1パーセント以下の最強クラスだ。


 ただし、最強だから便利かというと、そうとは限らない。


 能力の推定有効範囲100メートル圏内で、最も切実な願いを叶えるという性質があるのだ。


 俺は氷上が流した涙の理由を知りたくて、能力を使った。


 そして、この場から消え去りたいという、今、学園で最も切実な願いを現実にしてしまったのだろう。


 不用意に使えば自らを傷つけることになる諸刃の剣を、俺は最悪のタイミングで扱い損ねたのだ!


「俺……。また、同じ失敗したのかよ……」


 姿が見えなくなったということは、氷上が自分の姿を消したいと思ってしまったからだ。透明になりたいと願っただけなら問題ない。氷上は何処かにいる。


 でも、俺の能力はかつて、死にたいと願ってしまった人を死なせてしまったし、誰からも忘れられたいと願った人は、もう俺の記憶の中にしかいない。


 駄目だ。


 このままじゃ氷上が本当に、居なかったことになってしまう。


「氷上! 居なくなりたいなんて思うなよ。取り返しがつかなくなるぞ。おい、氷上、何処だ。聞こえていたら、返事しろ!」


 返事はない。


 俺の呼びかけは玄関内に空しく響くだけだ。


 俺は藁にもすがる思いで、風紀委員会の男と、頭の悪そうな女を睨む。


「おい。氷上が何処に行ったか、見てたか?」


「え? 氷上? 誰?」


「いま、ここに居た、背の小さい子だよ!」


「はあ?」


 男に惚けている素振りはなく、本当に覚えがないようだ。


 やばい。やばい!


 本当に氷上が消えた!


 俺が能力を扱い損ねて、氷上を消してしまった!


「おい、女! お前は、氷上を知ってるよな!」


 茶髪の女はびくっとしたあとに、肩口辺りの髪を弄りながらそっぽを向く。


「知ってるけどさー。嫌な名前を思いださせんなよ」


「は?」


「氷上って、キタクブのことだろ」


 女は毛先をくるくると弄っている。


 くっそ。こっちは焦ってんだ。早く答えろよ。ぶん殴るぞ!


「そうだよ、帰宅部の氷上だよ。今、ここにいたよな?」


「冗談やめてよー。何の嫌味だよ。キタクブのことは、ウチ、関係ないし」


「何、言ってんだよ、お前が嫌がらせするから消えたんだろ!」


 俺が詰め寄ると女は髪を弄るのを止め、眉間にしわを寄せて睨んできた。


「だからさー。キョーシみたいなこと言うなよ。アイツの自殺とウチら、無関係だって言ってんだろ。あいつが自殺して、うちら全員、迷惑したんだしさー」


 ……?


 …………いま、何て言った?


「……は? 氷上が、何だって?」


「つうか今更、死んだヤツの名前、出して何のつもりさ? 趣味悪いんじゃねえの」


「死んだ? 誰が?」


「はあ。お前、ふざけてんの。キタクブに決まってんだろ」


「氷上が死んだ? え、なに言ってんの。今まで、ここに居たじゃん」


 俺は不安になって下駄箱を確認した。


 けど、氷上の靴が収まっていたはずの所に名札は無かった。


 留め具が錆びた蓋を開けると、隅に僅かな砂簿こりが溜まっているだけだ。


 姿が消えただけじゃない。まさか、最初から、いなかったことになっている?


「氷上が自殺って、どういうことだよ」


 手の中がぬるっとした。


 缶ペンケースで怪我したことが、氷上の存在を証明すると思い、掌を開く。


 血ではなく、嫌な汗でじっとりと濡れていた。


 拙い。

 氷上が見えなくなっただけじゃない。

 氷上の存在自体が消えてしまった。


 氷上が居なかったことになってる!?


 下駄箱を再確認しても、やはり名札が無い。

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