第六章 部活が楽しいって言葉、心底、イラッとくる

第38話 消耗! 売店で繰り返される激闘!

 新学期二週目の二日目は異能力測定だ。

 ここでかなり正確な武克力が決まるらしい。


 能力によっては測定に時間がかかるだけに待ち時間が長い。

 午前中は、けっきょく俺や氷上の順番は来なかった。


 お昼休憩になると同時に俺は氷上の席にダッシュ。


「氷上、待ってろよ、五分でパン買ってくる!」


「あ、今日、お弁と、作ってき――」


 俺は教室を飛びだし、教師がいないことを確認すると、最高速で歩いた。

 

 他のクラスの生徒も同じように競歩をしているから、知らず知らずのうちに張り合って、負けじと加速し肩をぶつけあう。


 売店の前は前日に引き続き、さながらコンサート会場の賑わいだ。


 突破口を探していると、廊下の奥から頭が周囲より一つ飛び抜けた巨漢がやって来る。

 その圧倒的存在感はコンサート会場を一瞬で、猛獣の檻に変えてしまう。


「ほう。うぬは帰宅部。このようなところで出会うとは奇遇だな」


 立ち上がった獅子みたいな、雄臭溢れる大男だ。

 相変わらず、でけえ。


 近寄ってきた先輩を見上げると、頭が天井をこすっているかのように見える。


「殺人鬼のミ……先輩、こんにちは」


「殺戮のミドガルズオルムだ! 貴様の記憶力はトコロテンか!」


 咆哮がビリビリッと空気を震わせるから、俺は首を短くして耳を押さえた。


 現時点で会いたくない人第一位だ。


 先週の戦いでは見逃してもらったようなものだ。

 また戦いになったら、まっとうな手段では勝てるとは思えない。


 というか、先輩は異能力を一切使っていなかったのに、俺と氷上は手も足も出なかったのだ。なんて恐ろしい人……。


 さすがに部活中ではないから鼻がもげる程の汗臭さはないけど、でかくてごついから近くに立たれると視界が胸板で埋まってしまい、息苦しい。


 俺がげんなりしていると、さわやかな風が「ティアーモ」と風鈴のような声を運んできた。


「おぬし、帰宅部じゃったのかえ?」


 殺戮先輩の後ろから出てきたのは、帰宅部取締委員会の委員長を務める卑弥呼ヒミコ先輩だ。くるぶしまである黒髪を十二単のように纏い、優雅に歩みでてくる。


「あ、いえ、色々と何部に入るのか見学しているところです」


「うむ。最後まで迷うが良かろ」


「はい」


「ふっふっふっ。心するのじゃ。もしティアーモが寂しい学校生活を送るようじゃったら、わらわが取り締まるのじゃ。妾の取り締まりは厳しいぞう」


 先輩は両手を、ソフトバレーボールでも撫でるかのようにわきわきと動かす。


 辞書の和風美人という項目に参考画像として載っていそうな美人なのに、笑うとまるで小学生のようだ。


「心得ておきます」


「うむ。それはそうと、ティアーモが帰宅部とはのう。インコちゃんが昨晩、延々と『素敵じゃー』とか『格好いいのじゃー』とか言うておったのは、お主のことか。インコちゃんは、なまじ自分の容姿が整っておるから、平凡な顔の方が好みなのかのう」


 先輩が子供のような小さな手で俺の頬をぺちぺちと挟んだり、鼻を摘んでくる。


 悪意ある悪戯ではないので、俺は抵抗できずに、なすがままだ。

 

 寧ろ美人の柔らかい手に触れられているのは幸せだから、頬が勝手ににやけてしまう。


「おぬし、インコちゃんから『お子様』などと、呼ばれておるぞ」


 けたけたと先輩が子供っぽく笑って、えくぼを作った。


「お子様じゃなくて、紅様だと思いますよ」


「なんじゃおぬし、インコちゃんに様付けで呼ばせておるのか。鬼畜じゃのう。鬼畜じゃ、鬼畜」


「ち、違いますよ」


「冗談じゃよ。紅様」


「うっ……」


「紅様はからかうと真っ赤になって可愛いのう。うりうり」


「うっ、ううっ……」


 先輩が指先で俺の頬をグリグリと押してくる。


「ところで、メガネザルちゃんはおらぬのかや?」


「氷上なら教室で弁当です」


「インコちゃんがな、可愛い後輩が出来て取り締まりがいがあると喜んでおったのじゃ。妾のインコちゃんをあんな笑顔にさせるのが、いったいどんな子なのか気になるのう」


 またしても卑弥呼先輩は両手をわきわきと動かしている。

 肉まんくらいの丸いものを揉んでいるかのような仕草だ。


 もしかして氷上のエアオッパイを触っている動き?


 俺は両手を振るジェスチャーで先輩の想像を否定してから、窓ガラスに雑巾がけする様な仕草で、氷上の平らな胸のサイズを伝える。


「ハムスターの皮を着た悪魔みたいなやつですよ」


「むう。メガネザルじゃないのかや」


 先輩も窓ふきのように手を動かしているから、意味は通じたっぽい。


「顔はメガネザルですけど、身体がハムスターみたいに小さくて、悪魔の尻尾が生えている感じです」


「まるで鵺じゃな。いつか会うのが楽しみじゃ」


 俺達が笑い合っていると、急に廊下の照明が消えた。

 違う。すっごくでっかい人が傍に来たから影になったんだ。


「卑弥呼様、こやつと知り合いなのですか?」


 いつの間にか買い物を済ませてきた殺戮先輩だ。


 売店の前には犠牲者らしき何人かが床に倒れて、ぴくりともしないけど大丈夫なのだろうか。

 天井に頭からめり込んでいる奴もいるけど、気付かなかったことにしよう。


 治療系の能力者くらい、いるんだろうな、きっと。……いるよね?


「うむ。こやつは『未曾有のトール・ティアーモ・イトリ』じゃ。ティアーモと呼ぶのは、妾だけの特権じゃ。おぬしは、トールと呼んで、可愛がってあげるが良かろ」


「は。徹底的に取り締まります。トールよ、覚悟しておけ」


 殺戮先輩がにっと白い歯をむき出しにし、眉毛の下をこんもりと膨らませた。


「うっ……殺戮先輩の取り締まりだけは、マジで勘弁願いたいです」


「先日、部活に参加せず、隠れてタバコを吸っているヤツがおったから、取り締まってやったわ。何人か逃げたようだが、たとえトイレの個室に隠れていようとも、必ず見つけ出して取り締まってくれるぞ。ふふふっ」


 ずいっと顔を近づけてくると、まるで肉食動物と間近で目が合ったかのように、怖い。同じような巨漢でも風神雷神先輩はゴリラみたいな愛嬌があるんだけど、ミ先輩は猛獣なんだよなあ。


「トールよ、貴様、体幹が安定しているし、下半身もタフそうだな。アメフト部に入れ。マネージャーくらいは務まるだろう。足腰が立たなくなるまで徹底的にこきつかってやるぞ」


「うむ、うむ。仲良う、するのじゃ。では、またの。妾ははよう教室に戻って、イチゴパーティじゃ」


 卑弥呼先輩は手を振り、殺戮先輩と去っていった。


 深呼吸して卑弥呼先輩の残り香で肺を満たしておこう。


「……あ。しまった。殺戮先輩と一緒にパンを買えば良かった。ううむ。昨日は風神先輩、雷神先輩の協力があったからすんなり買えたけど、今日は一人だから一筋縄ではいかないかも」


 売店の前は相変わらず生徒が殺到しているし、ミ先輩に倒された屍達もゾンビのように復活している。


 俺はパン二つ分くらいのカロリーを消費してそうな激戦を潜り抜けて、ようやくパンを二つ買えた。

 プラマイゼロの気がするほど消耗してしまった。

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