第39話 違和! 氷上とのすれ違い!
教室に帰ると氷上の席はもぬけの殻だった。
椅子を触っても既に温もりは無い。
仕方なく昨日と同じように犬山、犬塚、猫田のケルベロストリオと一緒にパンを食べた。
食後の休憩時間はケルベロストリオとグラウンドに出て、拾ったテニスボールをぶつけ合って遊んだ。
休憩が終わって教室に戻ると氷上は居たけど、すぐ教師がやってきたので話す時間は無かった。
結局、授業の合間にはトイレ休憩ですれ違い、一度も会話できないまま帰りのショートホームルームも終わった。
早速、後の席に向かうと、氷上は既にトートバッグを持って歩きだしていた。
「なあ、部活の見学に行こうぜ。水泳部なんてどう。光亜麗先輩がいるし。知らない人ばかりのところより行きやすいだろ。もしかして氷上って泳げない? 光亜麗先輩に教えてもらおうぜ」
「光亜麗先輩、光亜麗先輩……」
「ん?」
「そんなに、光亜麗先輩が、好きなら、付き合えば、良い」
「うん。付き合ってるよ」
「……え?」
氷上は隈の上にある目ん玉を、まん丸に見開いた。
「急に立ち止まって、どうした?」
「別に、何でもない」
氷上は何事もなかったかのように再び歩きだす。
上履きでリノリウムの廊下を踏みつけるようにしているから、キュッキュッと音が鳴る。
「嫉妬してくれると嬉しいんだけど」
「するわけ、ない」
「浮気するなって、怒ってくれても良いよ」
「付き合ってないから、浮気、違う」
昇降口に着いたので、俺は靴を履き替え玄関を出る。
氷上は靴を履き替えるのがやけに遅かったから、俺は外で少しだけ待つことになった。
「何やってんだよ」
俺が玄関に戻ると、氷上は掲示板のポスターに画鋲を刺して遊んでいた。
悪戯がバレて焦ったのか、氷上は可哀想なくらい盛大にビクッと背中を震えさせる。
初めて家にお迎えした子犬みたいに、ちっちゃく丸まってしまった。
「流石に、これは酷いと思うぞ。光り輝く乳首って……」
来たれアメフト部というポスターに殺戮先輩の上半身が映っていて、よりにもよって乳首の位置に画鋲が刺してあった。
「視界に入った瞬間、つい、かっとなって、やってしまった。反省は、していない」
「あー。うん。しょうがない。二個、貸せよ」
俺は氷上から画鋲を受け取ると、鼻の穴に刺しておいた。
めでたく共犯になり、俺達は一緒に玄関を出る。
「さすがに部活の勧誘が減っているなあ。真っ直ぐ校門に向かうのは目立つんじゃないか? 少し部活見学でもしていこうぜ」
「行かない。帰る」
頑なに返ろうとするから、俺は疑問に思っていたことを質問する。
「なあ、家に帰りたいのか、部活に行きたくないのか、どっちだよ」
「……」
返事をせずに氷上はまっすぐ進んでいく。
校門へ続く南館正面の部活勧誘は、先週に比べると随分とまばらになっていた。
二人並んで早足で歩いても、誰ともぶつからない。
吹奏楽部の演奏が無くなっていて、一部の運動部だけが声を張り上げているのは、前日までとの落差が激しく、随分と寂しい。
「部員を確保できた部からいなくなっているのかな。軽音楽部やテニス部みたいな人気がありそうなところは、もう勧誘していないっぽいね。あ、おい、見ろよ。柔道部とアメフト部。部員集まっていなさそうだよ。四天王の先輩達が濃すぎるのが原因かな」
「……」
俺はめげずに話しかけ続けたが、結局、一度も返事を貰えないまま校門にたどり着いてしまった。
昨日までの校門はさながら監獄だったのに、今日の校門はまるでヴェルサイユ宮殿のように華やかだ。
なぜなら、校門の前で取り締まりを担当しているのが、光亜麗先輩だったからだ。
制服すら貴族が着るような豪奢なドレスに見えてくる。
先輩は俺に気付くと表情に花を咲かせた。
「あら。仲良く一緒にご帰宅ですの?」
「先輩、こんにちは。光亜麗先輩が前に立つだけで、校門がまるでヴェルサイユ宮殿のように輝いていますよ」
「私の美しさが世界文化遺産に相応しいだなんて、褒めすぎですわ」
黄金のドリルをシャンデリアのように揺らしながら、先輩が微笑む。
先輩の一挙手一投足を追う様に、周囲の光が輝きだす。
「今日は私が門番をしていますの。お二人とも、引き返してくださらないかしら」
「帰る」
「いや、氷上、一度くらい部活見学に行こうぜ」
「水泳部でしたら、いつでも大歓迎ですわよ」
「いや、まじ、勘弁。よりにもよって、水泳部て……」
氷上は足を止めることなく進んでいく。
校門から出る寸前で光亜麗先輩が氷上の前に立ちふさがる。
「いや、まじ、帰る。二人で、仲良く、ちゅっちゅしてろ」
「駄目ですわ。美月さん、貴方、一度も部活を見学していないでしょう? どの部に入るのか既に決めているのかしら」
氷上は先輩を避けて進もうとする。
しかし、先輩は氷上にあわせて進路を遮る。
「部活に励めば、きっと楽しい学園生活を送れますわ。一年間で変わってしまうクラスメイトと違って、部活の仲間は三年間一緒に過ごします。きっと素晴らしい友人が出来ますわ」
氷上は完全に俯いたままで、先輩が喋っている間、一度も視線を合わせない。
苛立たしげに、つま先で地面を叩く。何度も叩く。
「……うざい。優等生な文句、とても、立派。学園生活とか、部活とか、そういう、ノリも、うざい。まじ、勘弁。本気で、イラつく」
「氷上っ!」
吐き捨てるような口調からは、悪意の色がにじみ出ていたから、俺は止めようとした。
けど、肩に置こうとした俺の手を、氷上はトンファーで乱暴に弾いた。
「部活が楽しいって言葉、心底、イラッとくる」
俺は手の痛みよりも濁った声に驚いて、再び伸ばしかけていた手を、止めてしまった。
氷上の様子が変だ。
チャームポイントの隈が憎悪の色でどす黒くなり、目が血走っている。
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