第36話 金雨! 涙の如く降る黄金の光
「氷上! 頼む……! 何とかしてくれ! 情けないけど、俺には先輩を止める手段がないんだ」
「……暴走女、落ち着かせる、定番……。愛の告白」
「えっ?」
「好きだと、告白し、キス。女の子、大人しくなる」
「キ、キキキ、キス! け、結婚もしていないのに、キキキ」
「堂々と、二股宣言、するくせに、何を、狼狽える」
「キスくらいで、慌て、すぎ。小学生、か」
「だ、だだ、だって、唇と唇が触れるんだぞ。そんなエロいこと、簡単に出来るか! だいたい、氷上だってキスしたことないだろ!」
「……ある」
「嘘だ! 何だよ、今の沈黙は!」
「イチゴ味」
「お子ちゃまだ!」
「い、いいから、早く」
「お、おお、おう。やってやる。やってやるぞ!」
俺は水位の低くなった海面で全身をくねらせて、海蛇のように泳いで、先輩を目指す。
だが、手も足も使えない状態で泳いだ経験なんてないのだから、まったく進まない。
遅々とした俺を嘲笑うかのように、ドリルゴンは悠々と水を吸収し続け、校舎よりも巨大に膨らんでいく。
あんなのが暴れたら校舎なんて簡単に壊されてしまうし、怪我人が大勢出てしまうだろう。
「うおおっ。やべえっ、間に合わない!」
走れば数秒の距離が、海蛇の動きではまったく縮まらない。
俺は先輩を振り向かせようと、声を張り上げる。
「光亜麗先輩、好きだー!」
「私もですわ。助けていただいたとき運命を感じましたわ。さあ、目障りな文化部を消し飛ばしたら、愛を語り合いましょう」
「光亜麗先輩、ストップ! 襲うなら、帰宅部の俺を襲ってください!」
「まあ。紅樣は被虐体質でしたのね。ええ。分かりましたわ。お姉さんが、あとでたっぷりと苛めて差し上げますわ。うふふっ。紅樣がどんな声で鳴くのか、楽しみですわ」
「うああ。お嬢様キャラと、女王樣キャラが、ブレてる」
氷上も未だ諦めていないようだ。俺と同じように紐でグルグル巻きになったまま、クネクネしている。
「光亜麗先輩、ドリルゴンを止めてください! ……うっ、お! 浅くなった! 転がれ! 転がれええっ!」
ドリルゴンが水を吸収して水位が低くなり、俺は体が地面に付いたから横向きに転がって加速する。だが、未だ先輩まで十五メートルはある。
ゴールド・ドリルゴンがゆっくりと、空に浮かび始めている。
いやいやいや、先輩の能力、強すぎでしょ!
対異能力犯罪者組織に参加したら、絶対、エースになれるよ!
「間に合わない! 氷上、キス作戦失敗だ! 何とかしてくれ! 風神雷神先輩にやったみたいに、光亜麗先輩の心を折ってくれ! 能力は精神と深い関係がある。心を折れば、ドリルゴンは消える!」
「先輩ほどの、美人で、水泳部なら、きっと、過去に……。アレが、トラウマに、なっているはず。でも、先輩、傷つく……」
「迷ってる暇はない! このままじゃ、先輩が学校を破壊しちゃう!」
「くっ……。水取、あとで、責任持って、落ち込んだ、先輩、励ます」
「もちろん!」
「……分かった」
プールの水が完全に無くなった。
遥か上空から、暴威を奮う寸前の雄叫びのような回転音が降ってきた。
「お行きなさい、
光亜麗先輩がロープを鞭のようにしならせて、地面を打つ。
巨体が校舎目がけて突進を始めるのと同時に、「先輩!」氷上が声を張り上げた。
頼む! 氷上! お前の精神攻撃で先輩を止めてくれ!
「無くなった、上履き、男子生徒、くんかくんか、ペロペロ」
「……くんかくんか?」
光亜麗先輩が首をかしげる。
突進を一時中断したドリルゴンも、先輩と同じ仕草で、ちょっと可愛い。
氷上が先輩と視線を重ねたまま、神妙に頷き返す。
「匂い、嗅ぐこと」
「……ペロペロ?」
「舐めること」
「え?」
ゴールド・ドリルゴンがプリンのようにぷるんと揺れて、一瞬、輪郭を曖昧にした。
氷上の精神攻撃が通じているようだ。
「靴が無くなったって、言ってたけど、水着も、無くなった、こと、ある?」
「うっ……」
「うっ、じゃ分からない。ある、よね?」
「ううっ……」
「ある、よね? 男子、水着、盗んで、どうする?」
「うううっ……!」
「くんかくんか、ペロペロ」
「いやああああっ!」
絶叫と共に、ゴールド・ドリルゴンが数倍にも膨れあがる。
空気がカラカラになり芝生が枯れ、ありとあらゆる水分を吸収しているようだ。
目がヒリヒリ乾くし、喉も痛くなってきた。
「氷上の馬鹿! でっかくなったぞ! 逆効果じゃん!」
「よく、見ろ」
「え?」
見上げた瞬間、黄金の竜が爆音と共に破裂した。
巨体は一瞬で形を失い、無数の花火が咲いたかのように黄金の光が溢れる。
「水風船に、水、入れ続ければ、破裂する、当たり前」
光は暫く滞空した後、触れることの出来ない黄金の雨になり、しとしとと降ってきた。
「うっ、ううっ……。酷い、酷いですわ……」
光亜麗先輩がゆっくりと膝から崩れ落ち、地に手をつく。
俺や氷上を縛り付けていたロープが消え、身体に自由が戻った。
先輩の心が折れ、意志の力が弱まっているのだ。
雨の光が羽のようにふわりと降り注ぐ光景の中で、俺は立ち上がり、先輩の隣へ向かう。
励ますつもりだったけど、力なく座り込んで涙を零す姿を見て、言葉を失ってしまった。
鮮烈なまでの美しさばかり意識していたけど、こんなにも弱々しく小さな背中だったんだ……。
泣き顔を見るのは失礼だと分かっている。
でも、弱々しく濡れた表情が、儚く綺麗で目が離せなかった。
どれくらいの時間が経ったのか分からないけど、気付いたら氷上はいなくなっていたし、芝生に倒れていたはずの高山先輩の姿もなくなっていた。
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