第35話 激痛! 俺の股間を痺れさせる痛み!

「メガネザルさん、貴方、何てことを!」


「た、助け、光亜麗、先輩……。お、おひっ、おひりっ、ふっ、ひぃぃぃ」


 どうやら俺は真の敵を見誤っていたようだ。


 最初に出会い一目ぼれしたから、俺はやや氷上寄りの立場だったけど、この仕打ちはないだろ。


 嫌な予感が的中してしまった。


 俺の真ん中にぽっかりと空いた穴を埋めてくれる存在とは氷上のことだった。


 ぽっかり空いた穴は、比喩とか象徴みたいな意味合いで心の傷のことだと思いたかった。


 物理的に穴を埋めて、どうすんだよ……。


 というか、穴、広がっただろ……。


 物理的にも精神的にも辛くて涙が止まらない。


「いいっ……。ぎっ、ひいっ……。光亜麗先輩……助けて……」


「紅様! すぐに背後の悪魔を拘束いたしますわ!」


 先輩が両腕を掲げると、制服の袖から二本のロープが伸びる。

 所々に浮きが付いているから、プールのコースを区切るロープのようだ。


「水取、盾になれ」


「えっ? うわっ」


 氷上に背中を押されたと思ったら、ロープが俺に巻き付いた。


「ああっ! 紅様!」


「お、俺を身代わりにするのかよ! って、結局お前も捕まってるんじゃねえか!」


「ふ、不覚。予想外に、速かった」


 氷上も俺もロープでグルグル巻きになって、蓑虫みたいになってしまった。


 俺は抗議の意味を込めて、肩から氷上に体当たりする。


「氷上のっ、馬鹿っ!」


「うあっ」


 俺達はバランスを崩して倒れると、黄金の海にぷかぷかと浮かぶだけの情けない格好になった。

 おそらく、転倒して怪我をしないように先輩が水を実体化してくれたんだ。


 氷上が腰をくねらせているが、いくら膝丈の水位とはいえ、完全に浮いた状態からでは、立つことは不可能だ。


「くっ、光亜麗先輩の、黄金水、厄介。実体化したり、幻だったり、面倒!」


「覚悟しておけよ、氷上。俺にはお前の尻を好きにさせてもらう正当な権利が発生した」


 ようやく痛みがひいてきたら怒りが込みあげてきた。

 さすがに女子の尻の穴に報復は出来ないが、何か仕返しをしなければ気が済まない。


「さっそく水泳部にでも行って、スクール水着になってもらおうか。一歩ごとに食い込みを直してやる。手つっこんで、尻、触りまくってやる!」


「うるさい、変態! 私は、帰る」


「何でだよ! だいたい何でお前、そんなに帰りたがるんだよ!」


「放課後の学校に、きたくぶの、居場所は、ない」


「ふふっ、紅様……。そう。そうですのね」


 がっくりと項垂れた先輩が頭を抱えている。


「あ、気にしていないんで、ロープをほどいてくれませんか。非常に言いにくいんですけど、ロープが股間に食い込んでいて痛いです」


「こうなれば、せめて、帰宅部取締委員会としての職務だけは果たしますわ」


「もしもーし、あのー。光亜麗先輩ー。目が据わってますよー」


「そうですわ。妙案を思いつきました。帰宅部の巣窟、文化部の部室がある北館四階を滅ぼしましょう」


 物騒な発言が終わると、黄金の海にうねりが生まれ、重力に逆らって水の塊が持ち上がりだす。

 なんだか様子がおかしい。


「あの、先輩、どうしたんですか。聞こえてます? 先輩、光亜麗先輩!」


 呼びかけてみても、うつろな目をしていて、全く見向きもしてくれない。


「まさか能力が暴走している?」


 精神が不安定な人は能力を暴走させる場合があるんだけど、優しく大人びた先輩がどうして?


「帰宅部さえいなければ、大切な人を失う悲劇は起こらなかったはず。もしかしたら、私の心を傷つけた、あの事件も……」


 水は留まることなく、ふくらみ続け、先輩の背後で全長二十メートルはあろうかという、巨大な水のドラゴンになった。


「何それ! 先輩、ストップ、ストップ!」


 黄金の体内で太陽光を反射させ、神々しさすら漂うドラゴンだ。

 頭部には光亜麗先輩とお揃いのドリルがあって、ギュンギュン高速回転して、黄金の霧を発生させている。


「ゴ、ゴールド、ドリルゴン……! 水取を、傷つけたショックで、暴走、してる」


「氷上、何でも良いから先輩を落ち着かせてくれ。何かアイデアは?」


「ある……けど」


「あるなら、何とかしてくれ! ゴールド・ドリルゴンが暴れだしたら、校舎なんて軽く吹っ飛ぶぞ!」


「いや、でも……」


 氷上は苦渋の表情で顔を歪ませ、二、三度、口を開きかけては閉じる。


 俺の能力で何とかなるか?


 いや、駄目だ。

 俺の「誰かの願いを叶える能力」の「誰か」は、「俺が好きな相手」かつ「最も強い願いを持っている者」だ。


 汎用性が高く強力だから味方の支援に特化している反面、予期せぬ被害をもたらしかねないという欠点もある。


 今まさに、俺の能力は諸刃の剣となっている。


 先輩の暴走を抑えたいという俺の願いと、光亜麗先輩の破壊衝動の、強い方が現実になってしまう。


 だから、俺の能力では先輩を救うことが出来ない。


 いや、それは単に言い訳だ。


 俺はこの能力で過去に大失敗を犯したから、失敗することを恐れている。

 望んだ形で願いが叶わなかったとき、先輩にどんな不幸をもたらすかわからない。


 息が苦しい……。

 胸に錘をぶら提げたような重みを感じる。

 俺はまた、失敗を繰り返してしまうのか?


 身体の奥が能力を使うなと警告している。

 視界が砕けたんじゃないかってくらい、頭が痛くなってきた。

 水に浮かんでいて良かった。


 おそらく、立っていられない。

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