第31話 慟哭! 裏切りのパンチラ!

「あ、あはは、私、用事を思いだしちゃったかも。てへっ」


「お待ちになって。さきほど私に触れた貴方の手、随分と固かったし、肌がガサガサでしたわ」


 駆けだそうと踏みだした縞パンの足下に、先輩の放ったクォリンの弾丸が炸裂し、逃走を阻止。


「そう言えば今朝ぶつかったときなんだけど、よくよく考えるとおかしいよな……。俺、けっこう鍛えているのに、女の子にぶつかって、俺まで転ぶか?」


「縞パンは、漫画やアニメの、中、だけ。現実に穿く女子、いない。縞だと、太って見えるし、デザインを合わせるブラ、ない」


 縞パンと結託していたかに見えた氷上だけど、不利を悟ったからか、あっさりと寝返って、俺達サイドに立っている。


 俺達三人の半包囲網が縞パンの逃げ場を奪う。


「肩幅狭くて、顎が細いのは、天性。でも、股間は、ごまかせない。いくら、股にぶら下がったアレ、畳んで隠しても、無駄。貴方の、股間、狭い。女の骨格、してない」


「氷上、縞々パンツを見て喜んでいた五分前の俺にトドメを刺してくれ!」


「この人、男」


「ちくしょう! やっぱりか! 高校生になって初めて見たパンチラが男だった!」


「ふっふっふっ……」


 俯いた縞パンの人は、低い声で笑い、まるで推理ドラマで探偵に追い詰められた犯人のように自白を始める。


「天堂院さんのパンチラに期待して素の声を出してしまったのがボクの敗因か……。そうさ。ボクは男だ。おっと、誤解しないでくれよ、別にボクは男の娘ではないし、女装趣味があるわけでもない。れっきとした高校二年の男子さ」


「何故だ! 何故、俺にラブレターを出した!」


 男と分かれば遠慮する必要はない。

 俺は怒りを込めて叫び、相手が怯むのよりも速く、襟元を掴み上げる。

 上級生だろうが、気にしない!


「初めてだったんだぞ! 生まれて初めてだったんだぞ! 遅刻少女のパンチラもラブレターも、全部嘘だったのかよ。こんなの酷すぎるよ……」


 涙が溢れて震えが止まらなくなって、気付いたら俺は先輩から手を離して、地に膝をついてしまっていた。


 光亜麗先輩が隣にやってきて、慰めるように俺の肩に手を置いてくれた。


「紅様……気を確かになさって」


 さらに氷上も隣にやってくる。


「パンツ、くんかくんか、すれば、良かったのに」


「うわあ、優しい天使と性格悪魔が、はっきりしちゃったあ」


「紅様みたいに素的な方でしたら、ラブレターなんて下駄箱の蓋が閉まらなくなるくらいたくさん貰えますわ」


 女神の美声は慈愛に満ちていたけど、次第に湿り気を帯びてくる。


「それこそ、何十人も知らない誰かが勝手に下駄箱を空けたのかと思うと、靴に悪戯をされていないか不安になってくるくらいですわ。むしろ、うっ……、ううっ……、登校したら上履きが無くなっていて……。何度も、何度も……無くなって。最終的に職員玄関を使うことになってしまうなんて……ううっ……」


「先輩、泣いて、良い」


 俺を慰めていた先輩を氷上が慰めるという図式になってしまった。

 三人が一カ所に集まってしまったため、縞パンの包囲網は完全に崩れ去った。


「あの、ボク、もう行っても良いかな?」


「先輩、せめて、俺に告白しようとした理由だけは教えてくれ……」


「……良いよ。話そう。でも、良いのかい。君は、学園の呪われた暗部に触れることになるぜ?」


 念を押すような視線を正面から受け止め、俺は「ああ」と頷く。


「ボクはコンピュータ研究部の二年、高山。声を変えられるだけの能力なんだけど、意外と評価が高くてね。Cランクさ。とはいえ、武克力は100未満で大したことないんだけどね……」


 初対面だとランクと武克力を告げるのが学園のルールなのかな。

 会った先輩のことごとくが教えてくれているし。


 俺のランクと部克力はさっき分かったし、高山先輩よりも上だから、ちょっとびびらせてやろう。


「部活は未だ決まってないけど、Eランクで、武克力は650の水取紅です。学年三十六位です」


「ろ、650……。一年で……。凄いですね。水取さん。やはり僕が見込んだとおりです」


 敬語きちゃった。

 俺、後輩なのにさん付けだ。


「すみませんでした。水取さんは無類の女性好きのようだし、色仕掛けで僕のとりこにして、利用しようとしたんです」


「入学したばかりの俺、いや、私を利用するんですか?」


「楽に喋ってよ。ボクは運動部じゃないから、一歳違いの上下関係なんて気にしないよ」


「じゃあ、遠慮なく。おい高山、お前、よくも俺を利用しようとしてくれたな」


「怖っ。やっぱ、少しは遠慮してください」


 高山先輩は襟元を正しながら、何処へでもなくゆっくりと歩きだす。


「コンピュータ研究部って言ってもね、実際の活動なんて、部室に集まってギャルゲーをやるだけさ。なかなかのものだっただろう。ギャルゲーで覚えたボクの演技は」


「本当の女の子だと思いこんで、完全に騙されました」


「あはっ。水取しゃんは純情なんだからっ。でも、私、可愛いからしょうがないよね。きゃるーんっ」


 高山先輩は手を合わせて上目遣いになると、急に完璧な女子に戻ってしまった。


 俺の目には女子そのものなんだけど、氷上が蔑んだ目になり、駄目出しを始める。


「いや、そんな、女子、いない。騙される方が、おかしい。登校途中、衝突して、パンチラとか、しかも、縞とか。あざとすぎ、不自然。あと、このパンツ、アニメ雑誌の付録。見覚え、ある」


 氷上はトンファーで高山先輩のスカートを捲り上げた。


 氷上さん、いくら相手が男とはいえ、その行為はどうなのよ……。


 さっきから縞パンをディスっているし、ちょっと文句を言おう。


「氷上は随分と縞パンを悪く言うな。縞パンはスク水やブルマに匹敵する文化だよ。ブルマみたいに滅亡させてはいけない。俺たちが受け継いでいかないといけない素晴らしき文化だよ」


 氷上は無反応だが、高山先輩は瞼を大きく開く。


「さすが、水取さん。慧眼だよ。縞パンは文化だ。うん。最初から素直に頼めば、君だったら協力してくれたかもしれないね」


 縞パンの魅力を確認しあった俺達は、互いの笑みで和解したことを確認しあう。

 過去のわだかまりを捨て価値観を共有する、よき先輩後輩の関係になれそうだ。

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