第29話 恋文! 下駄箱にラブレターが入っていた!

 パンを買い終えてから教室に駆け込むと、氷上の席はもぬけのからだった。


 少し待っても戻ってこないから、俺は午前中に仲良くなったグループに入ってパンを食べた。


 犬山、犬塚、猫田の、ケルベロストリオだ。

 首が一つ違っても気にしない。

 犬山と犬塚は犬っぽい顔をしていて、猫田は猫っぽい顔をしている。

 そのまんまじゃねえか!


 昼食を採ったあとはケルベロストリオと運動場でバスケをして過ごし、教室には戻らないまま、運動能力測定の午後の部に参加した。


 午後は氷上のすぐ近くにいたんだけど、話す機会は無かった。


 我がA組は不幸にも、午後が持久力測定だった。

 さらに不幸の上塗りで、出席番号順で少人数のグループを作ることになり、俺と氷上は別の班になってしまった。


 まあ、運動能力測定自体は十五時終了で、あとは部活動見学だから時間はたっぷりある。


 ショートホームルームが終わると、俺は真っ先に氷上のもとへ向かった。

 氷上がトートバッグを肩にかけたから、俺は先回りして教室のドアを開ける。


 俺達は体験入部するフリなのでジャージを着たままだ。


「なあ、また風神先輩と雷神先輩が校門を護っていたら、戦う前に話をさせてよ。今日の昼飯を買ったき、あの人達からお金を貰っていないんだよ」


「きっと、いじめ。お金、帰ってこない」


「いや、単に忘れているだけだろ」


 廊下には、ちらほらと生徒がいる。

 俺は小声で話すという名目で氷上の近くを歩けるからウキウキ気分でスキップしがちだ。


「今日、月曜日だろ。ジャンポ、立ち読みして帰ろうぜ」


「いい。私は、チャンピョン派」


 前方から四人組の女子がぺちゃくちゃとお喋りしながらやってきた。


 ん? 何かちらちらと氷上を見ている?


 氷上は顔を隠すように端に寄って足を止めると、窓から外を眺めだした。


 何で女子は廊下一杯に広がって歩くんだろうと不思議に思いつつ、俺は氷上と並んで中庭を眺める。


「なんか、ちらちらと見られていたけど。俺たちのバカップルっぷりが羨ましいのか?」


「違う。たぶん、これ……。まずった……。目立ちたくない、のに」


 氷上が見せてくれたスマホには学年別武克力ランキングという一覧が出ていた。


「お。おおっ。凄い。氷上、学年二位じゃん」


「ううっ……。運動能力測定、手抜いたのに、意味ない。今は、後悔、してる」


「ねえ、俺は、俺は? 俺も一応、アメフトのミル先輩を倒したことになってるんじゃないの?」


 俺はスマホを覗き込むために氷上に寄っていたし、氷上も俺に画面を見せるために寄っていた。

 いつの間にかニの腕が触れ合っている。

 ジャージ越しでも氷上の腕は柔くて気持ち良い……なんてことはなく、硬い。

 トンファーだ、これ。


 氷上はほとんど無臭だし、せっかく密着しているのに、なんか、ドキドキが足りないぞ。お尻でも触ってやろうかしら。


「水取は……あった。武克力650で、三十六位」


「おおーっ。学年で三百人くらいだから、三十六位って凄いんじゃないの?」


「ん。一年生は未だ、試合、出てないし、数字、上げ難い。とくに、水取みたいな、一般受験組み、引き継ぐ数値もないから、650って、多分、凄い」


「なあ、なら、別にこうやって、こそこそしなくても良いんじゃないのか? 俺たち最強カップルなんじゃないの?」


「きたくぶは、空気のように、存在感を、無くす。あと、カップル、違う」


「せっかくジャージなんだし、適当な部活に行こうぜ」


「それは、ない」


「私、なんだか疲れちゃったな……。今日は帰りたくないかも」


「可愛く、言っても、ダメ」


「ええーっ」


「む……」


 俺の物まねは機嫌を損ねさせてしまったようで、氷上は無口になってしまった。スキンシップのために腋でもくすぐって笑わせてやろうかと手を伸ばしたら氷上が歩きだす。


 玄関口につくまで何度か話しかけてみたけど、とりつく島はなかった。


「なあ、どうしたら機嫌を直してくれ……ん? ……んっ!」


 下駄箱を空けた瞬間、知識としては心得ていても現実に存在するとは思えない、幻の物体が我が目に飛び込んできおったわ。


 猫のイラストシールで封じてある、ピンクの便せん。

 丸い文字で『もいとり様へ』と書いてあり、差出人の名前は表にも裏にも書いていない。


 まさかと思い氷上の方を見ると、顔を見られたくないかのように背を向けていた。


「氷上、ありがとう! 大事に読ませてもらう!」


「え?」


 盗み食いがバレた子供のように、小さな背中がびくっと跳ねた。


「その反応! やっぱりラブレター、氷上だろ?」


「……え? ラブレター?」


「とぼけるなって、ほら、これ」


「……知らない。いや、マジで」


 氷上はプルプルと首を振る。


「またまた。俺にラブレターをくれるのなんて、氷上しかいないだろ。あっ、ごめん。恥ずかしいから手紙にしたんだよな。言っちゃ駄目だったか」


「いや、その誤解、迷惑。それに、筆跡、全然、違う。私、そんな、丸文字、書かない」


氷上はバッグを掲げて、手提げ部分についた人形の腹にある名札ケースを見せてくれた。


「うわ。氷上の字、ロボットアニメのタイトルにしか見えねえ。……マジで、氷上じゃないの? じゃあ、光亜麗先輩? 大穴で卑弥呼先輩って可能性もあるのか。えっと……」


 封筒の中にあった手紙には、十五時半に北館校舎の裏庭に来てほしいと書いてある。


「いま何時?」


 氷上が「ん」とスマホの液晶を向けてきた。


「あと十分か。あ、氷上、ごめん。俺、今日スマホを忘れた。しまった……。俺達、まだ何のIDも交換してないな。これじゃ、夜のお風呂上がりに長電話が出来ない」


「いや、したくないから、気に、するな。夜、忙しい。それより、手紙。呼ばれた場所に、行け」


 露骨に話を逸らしているのは分かったけど、指定の時間が近いのも確かなので、手紙に注意を戻す。


「中身にも名前が書いていないけど、本物のラブレター? もしかして誰かの悪戯?」


「さあ、どうでもいい」


 氷上は俺を置いて、さっさと歩きだす。


 そっけない態度だし、なんだか不機嫌だ。もしかして嫉妬しているんだろうか。


「頼む。ついてきてくれ。氷上を彼女として紹介して断るからさ」


「やだ、面倒。帰る。あと、彼女、違う」


「待ってよ」


 説得できないまま昇降口の低い階段を下りきってしまった。


「ゆっくり帰れよ。すぐに追いかけるから」


 俺は「全力で帰る」と言い切った氷上に背を向け、走る。

 急がなければ、氷上のことだから本当に一人で帰ってしまいかねない。


 走って、曲がって氷上から死角になったところで、飛び跳ねた。


「ひゃっほうっ! ラブレター!」

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