第27話 悲鳴! 購買部の前に散る一般生徒達

「ちょっ、先輩、何やってんですか!」


「見て分からぬか。邪魔者を排除しておるのだ。くらえい、風神掌!」


 風神先輩が右の豪腕を繰りだすと、ゴウッと凄まじい暴風が吹き荒れ、生徒が何人も天井や壁に叩きつけられた。


「ええーっ。今のは俺の分。ついでに、氷上の分も、ええーっ」


 三割くらいの生徒が悲鳴をあげながら、蜘蛛の子を散らすように逃げまどう。ジャージを着ているから、午前が運動能力測定だった一年生だろう。


「いや、つうか、半分以上が逃げないって、どういうことだよ!」


 残りの七割は制服だから上級生だ。列の後尾が風神雷神先輩に蹴散らされていくのに、相変わらずパンを買い求めようとしている。


「風神だ! 風神が来たぞ! 男子は背面に戦線を構築! 死守しろ! 女子は買い物を続行、男子の分を確保しろ!」


「カバディ部、フォーメーションを組め! カバディ! カバディ! カバディ!」


「二年C組パン購入隊、散開して風神を囲め! 一対一で戦うな。必ず複数で当たれ!」


 一部の生徒は場慣れしているのか、統率された動きで風神先輩に飛びかかっていく。

 多勢に無勢だが、風神先輩に怯む気配はない。


「背後を取ったつもりだろうが、甘いぞ! 風神あるところに雷神ありだ! 任せたぞ!」


「……おう!」


 風神先輩の背中と奇襲部隊の間に、雷神先輩が飛びこむ。

 雷神先輩の左腕から鞭のように迸った稲妻が、周辺の生徒を、骨が透けるほど感電させていく。


 接近を試みていた男子達が、白煙を燻らせながら倒れた。


 ……。

 ……いや、いやいや、いや。俺、この学校のノリに慣れたつもりでいたけど、気のせいだったわあ。何だよ、これ……。


「陣形を組み直せ! まともにやり合っても勝ち目は薄いぞ。同時攻撃だ!」


「くそ。アメフト部は何をしているんだ! 風雷コンビを止められるのはKSAFTだけだぞ!」


「駄目だ! KSAFTの新部長、水戸は風雷コンビの親友だ。相撲部をつれて来い!」


「ふはは! ぬるいわ!」


 為す術のない地球防衛隊を蹴散らす大怪獣のように、先輩達が一般生徒を蹂躙していく。


「この学校はパンを買うだけでも命がけなのか……。しかし、嫌いじゃない、このノリ。むしろ、好きだ」


「さあ、一年よ、行けい! 道は空けてやったぞ。卑弥呼先輩が所望しているのは、イチゴバニラクリームパンと、イチゴオレだ!」


「了解っ!」


 両先輩がこじ開けてくれた入り口に飛び込み、人の腕や背中を掘るように掻き分ける。


 俺は狭い隙間に体を押し込み、潰れそうになり、誰かの肘や膝が当たりながらも進み続けた。


 売り場に到達してからも、目的の商品が何処にあるのか分からずに、苦労した。


「あった。卑弥呼先輩のパン、ゲット。ついでに俺のカレーパンと焼きそばパンもゲット」


「一年よ、俺はお好みサンドの豚と、牛乳だ! お好みサンドは右の奥だ! 雷神はお好みサンドのイカと、カフェオレだ! 飲み物は左にあるぞ!」


「分かりました!」


 二人の巨体がパン一個で足りるのかと思ったが、目的の商品を目にして、疑問は消し飛んだ。丸ごと一枚のお好み焼きをパンで挟んだ商品は、むしろ、一人で食べきれるのかと呆れる大きさだ。


 九重学園の購買部は腹ぺこ学生の味方のようだ。

 両手は既にいっぱいだったけど、お好みサンドをお盆のようにして持って、何とかなった。


「先輩、全員分、確保できました」


 商品を購入し終えて人込みから脱けだすと、足元は死屍累々、倒れた男達の山があった。


 人肉山の脇にいたゴリラが肩を叩いてきた。

 子泣き爺でも飛び乗ったかという衝撃に膝が折れて、俺は転ぶ寸前。


「一年よ。なかなかやるではないか。見所があるぞ。なあ、雷神」


「……ああ」


「短時間で人肉オブジェを作り上げた先輩達の方がよほど凄いと思うんですけど……。先輩達は運動だけでなく芸術の才能もあるようですね」


「氷上のおまけと呼ぶのは失礼だな。うぬの名前を聞いておこう」


「はい。水を取るって書いて、もいとり、と言います」


 俺が名乗ると二人の陰から卑弥呼先輩がしなやかに出てきた。


「ほう。『未曾有のトール・ティアーモ・イトリ』か。愛らしさと強さを兼ねた名じゃ」


 いやいや、「水を取ると書いて水取」を「未曾有のトール・ティアーモ・イトリ」って聞き間違えるのは、無理があるでしょ。


 ん?


 何か、急に静かになった。周囲の喧騒が収まった?

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