第26話 購買! それは学園で最も激しい戦場!
俺は未だ入学して日が浅いから、食堂や売店の位置はおぼろげだが、同じ方向へ進む生徒が何人か居たので、迷わずにたどり着けた。
「何処のアイドルのコンサートだよ。混みすぎだろ。完全に出遅れた」
売店には数十名の生徒が殺到していて、売り場が全く見えなかった。昼食を買い求める声が無数に合わさって、巨大な雑音となり、廊下に充満している。
背伸びして前方を確認していると、少し離れたところから聞き覚えのある重い声が近づいてきた。
「どうした。氷上の腰巾着よ。尻込みしておるのか? この程度で怯んでいるようでは、修羅への道は遠いぞ。なあ、雷神よ」
「……うむ」
振り返ると、帰宅部取締委員会の風神先輩と雷神先輩がいた。
相変わらず、デカイ。
俺より頭一個以上でかいから、見上げなきゃならん。
柔道着姿しか見たことがなかったので、学生服を着ている二人の姿に違和感がある。
「風神先輩、雷神先輩、こんにちは。俺は、水取こ――」
「うぬの名前など聞いておらぬ」
ゴリラのような風神先輩の横で、やはりゴリラのような雷神先輩が、腕を組んでゆっくりと頷いている。
二メートル近い学生服なんて、あるんだなあと感心していると、巨体の陰から、長い黒髪の美少女がひょっこり出てくる。
「風神、雷神、この方はどちらじゃえ?」
「ビューティホー……」
俺は思わず、感嘆の息を漏らしてしまった。
現れたのは
「正直者な後輩じゃのう。じゃが、
「卑弥呼先輩、お美しいです!」
俺は気付いたら言いなりのままに、跪いてしまっていた。
黒タイツが包みこむ太ももの傍らに髪の毛が一房、垂れている。
艶やかな髪の流れを下に追っていくと、くるぶしのあたりまで伸びている。
「一年生にも知られておるとは、妾の美しさは罪よのう。近う寄れ。一メートル先から妾を見ることを、許可するぞ」
黒百合のような美人なのに、ケタケタっと笑う様は無邪気な子供のようだった。
さすがに先週見たような古代日本の巫女装束ではなく、制服を着ている。
お許しが出たので跪いたまま這うようにして近づき、太ももを記憶に焼き付けよう。
「待てい、待てい、卑弥呼様は一メートルと言っておろう! 一センチしか進んではならぬ!」
近づく前に二人の巨漢に肩を掴まれて強制的に立たされてしまった。
たった、一メートル。
されど一メートル。
近いようで遠い距離から、細く長い眉や、黒目の大きな瞳に、順に見とれていく。
うすピンクの唇は桃みたいに瑞々しくて美味しそう。
「しゃぶりつきたい……」
「綺麗は言われなれておるが。しゃぶりつきたいなどと言われたのは初めてじゃ」
「あっ。ごめんなさい。ジロジロ見てしまって、すみません」
先日、光亜麗先輩の身体を凝視しすぎて、恥ずかしい思いをさせてしまったのだ。
また同じ失敗をしてしまった。
「ん? 美の体現である妾に見惚れるのは当然じゃ。遠慮するでない」
卑弥呼先輩がふわりと笑うと、果物を思わせる爽やかな匂いが漂ってきた。
「では遠慮なく、お姿を拝見させていただきます!」
「素直な子よのう。一年生は初々しくて可愛いのう。学園の勝手が分からず、何かと不便であろ。風神、雷神、よしなにしてやるのじゃ」
「畏まりました」
両先輩は腰を直角に折って頭を下げる。
俺に向き直った風神先輩は、眉をこんもりと膨らませた。
こ、これが親切顔のゴリラスマイルか。
ちょっと怖い。
「卑弥呼先輩のご命令だ。貴様に、購買部の立ち回りを教えてやろう。こやつがついてこられるか、見物よなあ、雷神」
「……おう」
「はよ、いたせ。くちくて、妾のちっちゃなお腹が、背中とくっついてしまっては、一大事じゃぞ」
「ははっ。すぐに! イチゴバニラクリームパンとイチゴオレを入手して参ります。行くぞ雷神。ついてこい、一年」
「ついてこいも何も、この混雑で何処に並ぶんですか」
「ほれ、何をしておる。おぬしも、はよ、妾のパンを買ってまいれ」
「は、はい」
先輩の微笑みには抗えない。売店の混雑に体をねじ込む決心をして振り返る。
「はいい?」
俺は歩きだそうとした一歩目で我が目を疑い、ずっこけそうになってしまう。
風神先輩が見知らぬ生徒を大外刈りで投げ飛ばし、雷神先輩が大内刈りで廊下に叩きつけていた。
両先輩は柔道技で次々と生徒を蹴散らしていく。
ズドン、ドスンと重い音が廊下に響き、振動で天井から埃がパラパラと落ちてきた。
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