第五章 好きだと、告白し、キス。女の子、大人しくなる

第25話 衝突! 俺はトーストを咥えた女子とぶつかってパンツを見た

 新学期二週目の、最初の月曜日。


 春光暖かな中、三日ぶりに氷上に会えるぞと浮かれていたせいで、俺は注意力が散漫になっていたらしい。


 曲がり角で、「遅刻、遅刻ぅ」と聞こえて、はっとして顔を上げたら、トーストをくわえて走る女子が、目の前にいた。


 俺とぶつかった女の子が尻餅をついて、スカートが捲れて白と水色のしましまパンツが丸見えになったのは言うまでもないだろう。


 しかも、女子は、俺がパンツを凝視していることになかなか気付かず「痛たた……」と、何故か打ったお尻ではなく頭を押さえている仕草が萌えるんだ。

 

 いや、少女の仕草が萌え萌えだったことは覚えているんだけど、俺はパンツをじっくり記憶に刻んでいたから、どんな顔だったかはうろ覚えなんだ。


 もちろん、手を差し伸べて立ち上がらせてあげるべきなんだろうけど、やっぱ、パンツが気になるじゃん。


 縞パンちゃんが「きゃっ、み、見た?」って、手で隠そうとするんだけど、まだちょっとお尻の側面でチラりしていたんだよ。


「それなんて、えろげ」


「エロゲじゃねえよ。なあ、いい加減、機嫌を直してくれよ」


 昼休みの教室で、俺は氷上の机に腕と首を乗せて、濃い隈を見上げている。


 午前中が運動能力測定だったから、俺も氷上もジャージ姿のままだ。


 不機嫌の原因は、まさに俺達が着ている緑色の学校ジャージにある。


 氷上のことを「畑仕事のおばあちゃんみたい」と言ったのが失敗らしい。

 素朴で親しみやすいイメージだと伝えたかったのになあ。


 午前の失敗を悔いていると、氷上の前に座っていた女子が席を離れたので、代わりに座る。


 教室内に残っている生徒は半分だが、お喋りが絶えないので授業中よりも賑やかだ。


「だいたい、何故、パンチラのこと、私に、報告する」


「いや、だって、幸せは分かち合いたいじゃん」


「私、女子のパンツ、興味、ない」


「じゃあ、男のパンツの話にするか?」


「……あら。水取さんに、いったい男性下着の何が語れるというのかしら?」


 話題が男性用下着になった途端、何故か氷上が饒舌でお嬢様言葉になった。


「まあ、ブリーフとトランクスの違いくらいなら語れる」


「ブリーフは密着するから運動する人に好まれますわよね。汗を吸い込んで臭いも付きやすいから、やはり激しい運動する人に好まれるのが定説ですわ。ですから、マッチョイコールブリーフというイメージが強いのです。ハーパンにトランクスではみチンするショタは何それですわよね。男ならブリーフで股間の形くっきりの一択ですわ」


 前髪の奥にある暗がりで瞳をキランと輝かせ、氷上はむはーっと息巻いて、前髪を微かに揺らしている。


「なぜ、ブリーフで饒舌になる……」


「べ、別に、ブリーフのことなんか、好きじゃないんだからねッ」


「あ。知ってる。それ、ツンデレ。でも、氷上にツンデレは似合わないだろ。光亜麗先輩には似合いそうだよな。あの人、絶対ツンデレだよ」


 氷上は目を開くとわざとらしく、はあ、と深くため息を吐く。


「水取の目、節穴。天堂院先輩、ツン、終わった。最初から、デレてる……。近年、稀に見る、チョロイン……」


「え?」


 妙に小さい声だし横を向いてしまったから、上手く聞き取れなかった。


「ところで、水取、お昼、食べないの?」


「え? 食べるよ。氷上を待ってるんだけど?」


「……? 私、お弁とだから、食堂、行かないよ?」


「うん。知ってる」


「……ん?」


 氷上が体を傾けて、俺の手元や膝のあたりを覗いてくる。


「お弁と、持ってきた?」


「いや、氷上が俺の分まで作ってきてくれると信じて、手ぶらで来た」


「ええーっ」


「まさか、無いなんて言わないよな」


「何故、私が、水取の分、用意する。その発想は、何処から、出てきた」


「だって、一人分作るのも二人分作るのも手間は同じとか、材料費が安くつくとか」


「いや、その理屈は、おかしい。それは、水取の読んだ漫画の、ヒロイン、照れ隠し。前日の、残り物、再利用できないと、面倒。それに、倍作れば、材料費、倍」


「え、じゃあ、俺の弁当は?」


「無い」


 氷上の眉毛がキリッと鋭角になった。


「そんなこと言って、本当はあるんだろ? 氷上は上手いなあ。ツンデレか!」


「無いって。マジで」


 氷上は、バッグを机の上に置いてファスナーを開けた。


 本当にお弁当は一個だけだ。


「え、あれ? 金曜日にトンファー用の木を探したとき、こんどお礼をするって言ってなかった? 『この前はありがとう、これはほんのお礼なんだから、勘違いしないでよねッ』は?」


「無い。拾った棒の、礼なら、そのうち、石でも拾って、あげる」


 俺はもう一度バッグの中を覗き込んでみる。

 畳んだ制服の上に、半分ちょうだいなんて頼めないくらい、小さな包みが一個あるだけだ。


「あまり、じろじろ、覗くな」


「期待してたのに……」


「泣きそうな、顔しても、無いものは、無い」


「ううっ……」


「な、泣くな。そんなに、欲しかったの?」


「うん。……売店行ってくる。すぐ戻ってくるから、待ってろよ!」


「……ん」


 俺は空元気で約束を取り付けつつも、内心では泣く泣く、席を立った。

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