第23話 神棒! 誰か、勝利の理由を教えてくれ!

「氷上、驚愕するのは構わない。もう少し前に来てくれ……」


 俺は地面に転がっているから、氷上のパンツが見えそう。


「いや、だから、自重しろ」


 氷上はスカートを押さえて、ささっと離れてしまった。


 入れ替わりに光亜麗先輩がやってきて、手を差し伸べてくれた。


 先輩の手はさらさらで、すべすべふにふにしていて柔らかかった。


「紅様、大丈夫ですか」


 俺は立ち上がったけど、手を離したくない。


 両手で挟んでふにふにしていると、先輩も顔を真っ赤にしながら、両手でふにふにし返してきた。


 お互いに両手で包みあって、甲をつついてみたり、指を握ったり、撫でたりしあう。


 顔が熱くなってきた。

 光亜麗先輩も真っ赤になってる。


 目が合うと、さっと逸らすのに、ゆっくりまた視線を戻してきて、目が合っちゃう。


 可愛い。

 光亜麗先輩、まじ可愛い。


「何を、いちゃついてる……」


「うっ」


「なっ。いちゃついていませんわ」


 氷上がジロリと睨んできたから、俺達は慌てて手を離す。


「ど、どうするんだよ氷上。作戦失敗だぞ!」


「私達の、最強の武器、天堂院先輩の、太もも、通用しない。大誤算……」


「美月さん、お待ちになって。いつの間にか私が仲間になったんですの!」


 肩を揺さぶる先輩を無視して、氷上が不敵に笑う。


「でも、勝機、見えた。水取、合図したら、もう一度、突撃して」


 俺は軽く目を閉じて、身体の調子を確認する。全身が痛むが、あと一度くらいなら突撃できるだろう。


「分かった。お前の邪悪な笑みは、勝利を確信した証だ。信じる。なんていうか、ただ、帰るだけなのに、なんか、こう、越えたい壁があると闘志が湧いてくる」


「ん……」


 氷上は頷くと、ゆっくりと進んでいき水戸先輩の前に立った。

 約五メートル。

 汗の汚臭で肺や脳を焼かれないぎりぎりの距離。


 改めて見れば分かる、氷上と水戸先輩の体格差。ライオンに挑むモグラのような、絶望的な隔たりがある。


 俺は氷上のうなじの匂いをかげる位置で合図を待つ。

 光亜麗先輩の色香が通じない硬派な男に、どうやって勝つつもりなんだ。氷上!


「水戸先輩、聞きたい」


「何だ、小娘?」


「どうして、天堂院先輩の、太ももに、注目しない?」


「くくくっ。何を分かりきったことを。健全な精神は健全な肉体に宿る。部活動に励む我等に、小娘の色香など通じはせぬ。さあ、貴様等も部活動をするために学校に戻れ!」


「ダウト」


「なにいっ?」


 水戸先輩の右眉がピクリと跳ね上がった。

 しかし、氷上は気にした様子もなく、自分の主張を続ける。


「……私、昨日、風神、雷神先輩の護る校門、突破した。知ってる?」


「もちろん。聞いておる。うぬのような小娘に、我が同胞の風神雷神が敗北したとは信じられぬ。聞けば、卑怯にも、その棒で肛門を貫くなどという、下劣な手段を執ったと聞く。今更命乞いをしたとしても、許せぬ」


 氷上はトンファーを見せつけるように、ゆっくりと回している。


「そう。ちなみに、今日も、肛門、貫いた。つい、さっき、貫通、したて」


「何いっ!」


 水戸先輩が激昂した。

 全身の筋肉が膨らんで血管が浮かび上がり、髪が逆立つ。


 氷上の狙いは分からないが、怒らせてしまえば逆効果だ。

 冷静さを奪って判断力を鈍らせるのは有効かもしれないが、怒りで体温が上がれば、体臭によるガード不能の攻撃はますます強くなってしまう。


 氷上が背中側で指をくいっと曲げた。


 突撃の合図だ。

 俺は氷上を信じて、矢の如く駆ける。


「うおおおっ!」


「会話の隙を狙ったつもりだろうが、浅はかだ!」


 俺がフェイントをかけてから、右側を抜こうと重心を傾けたのに、一瞬で水戸先輩が回りこんでくる。

 獅子のような巨躯なのに、卓球選手のように機敏な横移動で、俺の正面に追随してくる。


 速い! 間違いない! この人、俺が戦ったことのある異能力者の中でも最強だ!


「氷上、早く何とかしてくれ。俺の肺の中の、お前の匂いつき空気が尽きる!」


 俺の焦りとは裏腹に、背後から気の抜けたような声が聞こえてくる。


「さっき、このトンファー、風神、雷神のパンツの中、突っ込んじゃったし、汗や臭いや、なんか、色々と、染みついたかも。生暖かいし、このトンファー、もう、いらない。えいっ」


 投擲した棒状の物が回転するような、ヒュンヒュンッという風音が二つし、茂みに飛び込むガサリという音がした。


 何をしたんだ。そんなことに何の意味が!


「え?」


 水戸先輩が口を半開きにして狼狽している。


 さらに、水戸先輩の動きが急激に鈍っていく。


「突きたて、ほやほや。早くしないと、温もり、消えちゃうよ?」


 氷上の呟きがもたらした効果は劇的だった。


「ご神棒を探せえっ!」


 先輩が叫ぶと、アメフト部員達が雄たけびを上げて我先にと茂みに飛び込んでいく。


 何だ。何が起きている?


 水戸先輩も、茂みの方を気にして、完全に俺から意識を逸らしている。


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