第21話 本能! 俺は光亜麗先輩の水着姿を見ずにはいられない

 氷上も先輩も侮っているようだけど、俺はただ単に、未だ学園で能力測定を受けていないから、Eランクの武克力0というだけだ。


 組織に所属していた俺には、学園基準の数値では測れない強みがある。ただの学生たちとは、生き延びてきた戦場の質と数が違うんだよ!


「氷上、俺が先に行く! 紅きゅんのかっこいいところを見て、惚れ直せ!」


 俺は加速して氷上の前に出ると、氷上を背中に庇う。


 お望みどおり、囮になってやるよ。


 いくら相手が筋肉の固まりでも組織仕込みの格闘術なら通用するはずだ。

 俺の全身に染みついているのは部活動の技ではなく、戦闘の技術だ!


 たとえ異能力が強かろうと、学園の生徒達は所詮、素人!


 手加減してやるから、怨むなよ!


 先輩は俺の本当の強さを知らないから、未だ余裕ぶって直立不動。


「小娘どもが性懲りもなく突っ込んでくるか。片腹痛いわ。日本最強のディフェンシブ・タックルである我に挑んだこと、部室で後悔させてくれるわ!」


 水戸先輩が腰を落とし、ぶはーっと気迫の息を吐くと、周囲に巻き起こった砂塵が木の葉にあたり、パラパラと音が鳴る。


「水取、右!」


「おう!」


 俺は氷上の指示通り、進行方向を右に急転換する。


「ゲイ・ジャルグは、無敵の、突貫。相手のケツに、紅色の、薔薇を咲かせる」


「甘いわ!」


 水戸先輩は腰を落として、待ちかまえる。


 俺は能力で先輩の視界と思考を盗む。


 ……え?

 先輩は腕で俺たちの進路を遮ろうとしているだけで、攻撃の意思はない?


 それどころか、こんな細い小娘どもに我が触れたら怪我をさせてしまうが、どうやって取り締まろうかなどと心配しているくらいだ。


 だというのに――。


「ぐあっ、ふうっ、ふうっ」


 氷上が突進を止めると、鼻を押さえて、後方に転がりだした。


 やはりミドガル先輩は攻撃の意志がないまま攻撃できるという、達人の領域に居るらしい。


 俺は惑わされないように能力を解除し、多少の負傷を覚悟して踏み込む。


 が、やはり鼻に強烈な痛みを感じ、目がぴりぴりとして涙が勝手に溢れだす。


「うああっ。目がッ!」


 先輩の大きな影を踏むかという距離で、俺も耐えきれなくなり、目を閉じ鼻を押さえ、全力で後方に転がった。


 物理的な痛みは耐えられるが、神経を直接傷つけるような未知の痛みは堪えられない。


 俺と氷上の突撃は完膚なきまでに失敗に終わった。


 俺達は並んで、赤ちゃんのように這い這いしながら先輩から逃げる。


「どうした。我はまだ何もしておらんぞ。新品の制服を汚してしまっては、ママに怒られてしまうぞ。ん?」


「くっ。氷上、教えてくれ。水戸先輩は、どうやって俺達を攻撃しているんだ」


「……水戸先輩は、何も、していない。だから、教えなかった」


「何もしていないなんてことはないだろ」


「殺戮先輩の、ユニフォーム、見て、どう、思った?」


「ん? 筋肉ではち切れそうだが……。まさか、あの白と黒のまだら模様に、何かしらの幻惑効果でもあるのか?」


「まだらは、デザインでは、ない。本来なら、白に、青のライン」


「え? 下地はそうかもしれないけど、どう見たって、まだら模様だろ」


 俺が四つん這いのまま振り返り、改めてアメフト部のユニフォームを確かめるが、やはりまだら模様だ。


 もしかして、認識を狂わせるような能力なのか?


 十分な距離を取ったところで光亜麗先輩が「大丈夫ですか」と、やってきた。


 先輩の美貌にはヒーリング効果でもあるのか、が近くに来てくれただけで、随分と身体が楽になった。


「紅様、ユニフォームについては、私から説明いたしますわ」


 先輩はウインドブレイカーのファスナーを降ろし、上半身を露わにする。


「九重学園の全国大会レギュラーが使用するユニフォームは、学園イメージの白と青で統一されています。水泳部の水着も、野球部やサッカー部も。もちろん、アメフトのユニフォームも」


 控えめな胸で誇らしげに水着を披露してくれた先輩だが、口ぶりとは裏腹に着ているのは紺色の水着だった。


「どう見ても、練習用だし……」


「水戸先輩のまだら模様の正体は、汗ですわ」


 光亜麗先輩はすまし顔で氷上の突っ込みを無視してファスナーを上げる。


 なだらかな丘にはファスナーの進行を食い止めるような抵抗はなく、引き締まった体はすんなりと隠れてしまった。


 微かに頬が朱に染まっているから、ミスったことを自覚しているのだろう。


「先ほど私が紅様を助けたのは、クォリンの弾丸ですわ。塩素の臭いで、汗の臭いを中和しましたの」


「もうちょっと見ていたかったのに……」


「水取は、自分に正直すぎ。もう少し、本音を隠せ」


「あの、こんなところでジロジロ見られるのは恥ずかしいですわ……」


「いや、でも、光亜麗先輩の水着姿を見ないなんて、無理ですよ。先輩の能力って本当は、魅力で周囲の目を引き付けることじゃないんですか」


 俺は上半身を起こして、ぐぐっと顔を先輩の胸に近づけ、匂いをかいで体力の回復に努める。


 至福の時が何時までも続けばいいのに、無粋な声が邪魔を割り込んでくる。


「どうした、帰宅は諦めたのか? 遠慮するな。お前達には未だ二回のタイムアウトがあるぞ」


 アメフトのルールにでも則っているつもりだろうか。

 殺戮先輩は俺達を追撃せず、肩や首を回してストレッチしている。


 まあ、そのおかげで光亜麗先輩の匂いが俺の肺を満たす時間を稼げた。


 俺と氷上はふらつきながらも立ち上がる。

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