第19話 殺戮! 四天王最強の男!

 林道にいる十名くらいの集団は、風神雷神兄弟に匹敵する体格の大男ばかりだ。

 全員が、白と黒のまだらのユニフォームを逆三角形の筋肉で膨らませている。


 先頭で腕を組んでいるのは獅子が立ち上がったかのような偉丈夫。

 短く立った頭髪や、濃い揉み上げがまるで鬣のようだ。


「おう。我らがランニングに出たのは何時だ?」


 先頭の大男が背後の男に顎で問いかける。


「二時過ぎかと」


「つまり、まだ部活中だ。なのに、なぜ、こんなところで我が校の生徒が茂みの中に隠れておるのか? なあ」


 男が分厚い目蓋を大きく開け、俺達を威圧してくる。


 喋っているだけでも獅子の咆哮みたいな迫力だ。相対しているだけなのに、鳩尾が掴まれたかのような圧を感じる。


 あ、これ、ダメ系かも。


 風神雷神先輩は『俺達のいるところが武道場だ! 武道精神を理解した森の賢人ッ! ゴリラッッ!』だったけど、最後の四天王は『狩人上等! 動く生き物すべて俺の餌! サバンナの猛獣ッ! ライオンッッ!』だ。


 戦いになれば、ただではすまない……!


「我が魂の友、風神雷神から聞いておるぞ! うぬらが、校門破りの帰宅部か!」


 物理的な衝撃すら伴う大音声が周囲の木々を震わせる。

 

 俺は暴風を防ぐために、手を前にかざしてしまったほどだ。


 前髪が捲れ上がった氷上は、濃い隈の上で大きな目を驚愕に見開いていた。


 氷上の震える声が集団の正体を明らかにする。


「KSAFT……ココノエ、スクール、アメリカン、フットボール、チーム……。クリスマスボウル優勝チーム……! 学園、最強、最悪の集団!」


 知っていて当然とばかりに、巨漢がニイッと口の端をつり上げる。


「おう。我がKSAFTケー・サフト部長にして、ディフェンスチームのキャプテンを務め、無敵のディフェンシブラインを支える、不世出のディフェンシブ・タックルと呼ばれ、帰宅部取締委員会四天王の最強を誇る、殺戮のミドガルズオルムだ」


「長ッ。肩書き、長ッ。ディフェンス、しすぎだし。あと、なぜ、火じゃない。他の四天王が、風、雷、水ときて、殺戮て……」


「氷上の突っ込みも長いって。というか、ミドガルムルって何?」


 俺が疑問に答えてくれるのか、殺戮のミドガルルの背後から、細マッチョがすっと一歩前に出てくる。


 あ、いや、集団に居ると細マッチョだけど、単品で見たら極太かもしれない。


 なんか感覚がマヒしてきた。


「ミドガルズオルム。北欧神話に出てくる巨大な蛇だよ。名前が水戸和臣(みと・かずおみ)。んで、まつり区在住。まつり区の水戸和臣って名乗ったのを、卑弥呼先輩が殺戮のミドガルズオルムって空耳したのが由来らしいですよ」


「ふはは……つまりはそういうことだ」


 水戸先輩が呵々大笑し、大胸筋をバツンッと激しく膨らませる。ユニフォームが破れそうだ。


「いや、なぜ誇らしげなんですか。殺戮なんて二つ名だから、アメフトの試合中に何人も病院送りにしたような物騒な逸話があるのかと思って、びびったじゃないですか」


「ないと思うか?」


 水戸先輩が笑うのを止めて急に声を落とすから、俺は背中に冷たいものを感じた。


 ヤバい。四天王最強を自負するだけある。ヤバいぞ、この人。


 何十人もの異能力犯罪者集団と戦った経験のある俺ですら、畏怖を覚えるほどだ。


 先輩が傍らの男に発言を促すように太い顎を振る。


「水戸さんが何人、病院送りにしたかなんて、数えてませんよ。つうか、覚えきれねえっす。水戸さんが出場する日は、試合終了のホイッスルよりも先に、救急車のサイレンを聞くことになるんだぜ」


「マジですか」


 はったりではない。


 俺と氷上が二人で入れそうなほど大きなユニフォームでさえ、まだら模様が歪むくらいに、分厚い筋肉が自己主張している。

 こんな肉塊が全力疾走してぶつかってきたら、もう、ダンプカーとの正面衝突に匹敵するだろう。


「あの、先輩のランクと武克力はどれくらいなんですか?」


「ふん。あんな物はただの数字遊びだ。真の漢の強さを測る目安にはならん。だがな、我を前にして腰を抜かさぬ貴様の度胸に免じて教えてやろう。A+ランクの5080だ」


「ちょっ! 5080って。風神雷神先輩二人分じゃん。何でいきなりインフレしてるの?! 他の人たちも並々ならぬオーラだし、氷上、これはやばい。引き返そう」


 こいつら、日本の裏社会を恐怖に叩き落とした、大陸系異能力犯罪者集団『魔邪鬼団』に匹敵する程の集団だ……!


 どうなってんだ、この学校の異能力者は!


「我らとて、多勢でうぬら、小一年を相手取ろうとはせぬ。相手するのは、この殺戮のミドガルズオルム一人で十分。死神リューゴよ、貴様らは下がっておれ」


 水戸先輩が顎をしゃくると、十名近いアメフト部員はポジションに着く動作のように整然と道路の端に寄った。


 細マッチョが「石上竜悟(いしがみ・りゅうご)だから死神リューゴ。よろしくねー」と気さくに手を振ってくれた。

 笑顔に騙されては駄目だ。

 ラインマン達は木々の隙間を埋めて壁になり、俺たちが林へ逃げ込めないようにいしている。


「安心せい。小娘相手に本気は出さん。うぬらが一歩でも我を越えれば見逃してやろう。さあ、同時にかかってこい。せいぜい、我を楽しませろ」


 ミドガルルこと、水戸先輩がつま先で道路に線を引こうとする。

 だが、山道とはいえ地面はアスファルト舗装してあるので、線は引けなかった。


 すかさず死神こと石上が、枝を折って道路に敷いた。


 どうやら、あの木の枝で作られたラインを越えれば俺達の勝ち。今回はそういうルールの戦いらしい。


「神への祈りは済んだか?」


 まるで自分のミスなど無かったかのように、水戸先輩は堂々としている。


「おい、氷上、どうすんだよ。なんか、四天王最強を名乗るだけあって、まるでラスボスの風格だぞ。大人しく戻って、部活見学に行こうぜ」


「問題ない。一対多だったら、勝ち目、無かった。けど、一対一は、好都合。帰宅技ゲイ・ボルグに貫けぬモノなど、ない」


「一対一って、一人でやるつもりなの?」


 氷上が腰を落とし、飛び込むタイミングを計るかのように、一定のリズムで両手のトンファーを回転させる。

 足の裏でじりじりと間合いを詰めていく。

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