第18話 遭遇! 新たなる帰宅部取締委員会四天王!

「待てよ、氷上、歩くの早いって。よし、帰宅デートしようぜ」


「は?」


「まだ二時くらいだろ。いろんなところに寄っていこうぜ」


「やだ。帰る。寄り道せずに、帰る」


 氷上は俺に追いつかれないように、歩く速度を増す。

 俺にお尻を見せないように並んで歩くのは、もう忘れてしまったようだ。


 俺達は林の中に出来たトンネルのような道を進む。


「左の獣道に入って、バードウォッチングしようぜ」


「仮にも、デートって言っておいて、学園の敷地内で、バードウォッチングって……」


「聞いて驚け。昨日、周囲を捜索して、遊べそうな場所をチェックしてきたんだぜ」


「遊べそうな場所が、別の意味で、気にはなる。けど、帰る」


「登ったら街の様子が一望できる木を発見したぞ。安心しろ、氷上が落ちないように、俺が直ぐ下から登るから。あ、いや、別に下からスカートの中を覗こうなんて、これっぽっちも思ってないからな!」


「せめて、ショッピングとか、ゲーセンとか、カラオケとか、誘えよ……」


「ん?」


 どんよりと暗い影を背負った氷上が何かを言ったようだが、よく聞き取れなかった。

 けど、不機嫌なのは分かる。


 暫くして林道の先に正門と塀が見えた。


「いや、まあ短い時間だったけど、ハイキングデートが出来て良かったか」


「デート、違う。ただの、下校」


「照るなよ。……ん?」


 俺がデートの終わりを惜しんでいると、何処からともなく、重く低い声が響いてきた。


「ケー! エース! エー、エフ、ティー!」


 同じ声の「ファイッ、オーッ!」に、無数の「ファイッ、オーッ!」という怒号が続き、野鳥があちこちから空に逃げ去った。


 山や林に反響して分かりにくかったが、やや手前にある左の脇道から、たくさんの声と足音が接近してくるようだ。


 氷上の顔色が血の気のひいた青に変わる。


「し、しまった!」


「どしたん?」


「ケー! エース! エーエフ、ティー! ――ファイッ、オーッ!」

「ファイッ、オーッ!」「ファイッ、オーッ!」「ファイッ、オーッ!」

「ファイッ、オーッ!」「ファイッ、オーッ!」「ファイッ、オーッ!」

「ファイッ、オーッ!」「ファイッ、オーッ!」「ファイッ、オーッ!」


 木々の隙間から、複数の大きな人影が走っているのが見えた。


「か、隠れて」


 氷上が転ぶようにして、道路脇の茂みに飛び込んだ。

 制服なのに、小枝の生い茂る場所に踏み入るのだから、ただごとではない。


 俺も制服が汚れることを気にせず、同じ場所に飛び込む。


「きゃっ」


「うわっ」


 飛び込んだ場所が悪かったらしく、俺は、氷上にぶつかって転んでしまった。


「痛たた。……ん? 急に真っ暗に……?」


 暗くて何も見えない。

 何か、洗い立てのタオルみたいにフワフワしたものが、俺の顔を包みこんでいる?


 呼吸するたびに太陽のような温かい匂いが鼻の奥を満たしていく。


 こ、これは、まさか、スカートの中に顔を突っ込むという、お約束のラッキースケベ!


 俺は意識を失ったフリをし、額や鼻先に意識を集中する。


「すーはーすーはー……」


「それ、私のトートバッグ……」


「……え?」


 暗闇から顔を引っこ抜いたら、確かに氷上のバッグだった。


「チャック閉じておけよ! 俺の興奮を返せよ!」


「な、なぜ、逆ギレ……」


 バッグにはスポーツタオルが入っていた。

 柔らかくて温かい匂いがしたのは、洗い立てのタオルみたいではなく、そのものだった。


「お前のスカートの中だと勘違いしただろ!」


「私、まじ、ドン引き。今までの、エロ言動、ぎりぎり、許せたけど、これは、ない。ないわぁ……」


「冗談。冗談だよ。鞄だって気付いてたから。紅ちゃんユーモア劇場でした! じゃん!」


 俺が可愛らしく、腋を閉じて両手を体から離す女の子ポーズをすると、氷上がドン引きした目つきになり、そして、近くから太い声。


「ぬうっ。何やら茂みの中から話し声がするぞ。そこ、誰か居るのか?」


 や、やばい。気付かれた。

 俺達は「あわわ」という感じに口を開いて見つめあう。


「まさか、ここが九重学園帰宅部取締委員会四天王である我のジョギングコースと知らずに、帰宅しようとする虚け者がおるのではあるまいな」


 やっべ。四人目の四天王。

 見つかっちゃいけないやつだ。

 それにしても四天王のエンカウント率たけえ!


 氷上は人差し指を口に当てるジェスチャーをしてから、意を決したように頷いた。


「にゃーんっ」


 お約束の猫真似だ。録音したいくらい可愛かった。

 しかも、手を顔の横に置いて、招き猫っぽいポーズまでしてる。

 写真、写真、撮らないと。

 あ、でもシャッター音とかフラッシュで気付かれるかもしれないから、無理。


「何だ、カブトシムシか」


「カブトは鳴かねーよ!」


「くっくっくっ。だが、馬鹿は見つかったぞ」


 突っ込みのために大声で立ち上がった俺は、集団からは丸見えだった。

 まんまと相手の策略にはまってしまったらしい。


「お、恐るべき知略……」


「いや、今の、水取が、馬鹿なだけ……」


 観念したらしく、氷上も俺の隣に姿を現す。

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