第四章 好きなら、水取のため、おっぱいくらい、出せ

第17話 再闘! 風神雷神ここにあり!

 敷地外に広がる森を背景に、白く巨大な校門がそそり立っている。


 その手前、左右の門柱を背にしたゴリラのような大男が二人、スクワットをしながら、男臭さをまき散らしているから、暑苦しい。


「帰宅部よ、待ちかねたぞ」


 湯気立つ風神先輩が滝のように流れる汗をタオルで拭きながら、俺たちの進路を遮る。


「門番なんかせず、部活、行けよ……」


 氷上が俺にだけ聞こえる声で、げっそりとため息を吐いた。


「貴様に穿たれた肛門が疼くわ。我らはついているぞ。僅か一日で貴様に雪辱をはらせるとはな。なあ、雷神よ」


「……ああ」


 はだけた胸元を汗で光らせた雷神先輩は、風神先輩から受け取ったタオルで汗を拭い取り、短く頷く。


「尻が疼くなら、二人で、寝技の練習、しとけ……」


 氷上は、エロ本を立ち読みしている男子高生みたいに、不健全な笑みを浮かべ、左右の袖からトンファーのさきっちょをにゅっと出した。


「おい、氷上、加減しろよ。お前のトンファーは危険すぎる。見ていると、何か俺の尻までむずむずしてくる」


「手加減、しない」


 尻を押さえた俺と目があうと、氷上はむふーっと鼻息を荒くして臨戦態勢に入る。


 ヒュンヒュンヒュンッとトンファーの回転する風切り音は絶好調だ。


「氷上。光亜麗先輩との戦いで溜まったストレスを発散しようとしているだろ。風神先輩、雷神先輩、悪いことは言わないから逃げてください!」


「くっくっくっ」


「ん?」


 味方である俺でさえ、お尻を両サイドからぎゅっと押して穴を塞ぐくらい、尻に生温かい悪寒が走るというのに先輩達は余裕たっぷりで、ゆっくり汗を拭いている。


「貴様のトンファーは既に一度見た。もう我らには通用せん。見よ!」


 風神先輩がドズンッと突きだしたケツが、こんもりと膨らんでいる。


「うんこ、漏らした……? たしかに、突きたくない……」


「違う! ファウルカップだ! ちんこへの打撃を防ぐために装着する防具だ!」


「女子に向かって、大声で、ちんこ、言うって……」


「うんこ言う女子もどうかと思うぞ。あと、お前の能力名だって――」


「水取は、黙って」


「はい……」


「キックボクシング部から借りて、逆向きに装着したのよ! トンファー、敗れたり!」


 風神先輩が氷上を指さし、ゴリラみたいな顔の鼻からブフーッと息を吐く。


「おい、氷上、どうするんだよ。対抗策を練られていたぞ」


「問題ない。むしろ二人は、自ら、弱点、増やした」


「え?」


 勝ち誇ったように氷上がほくそ笑んでいる。心なしか隈が潤って、つやつやしている。


「先輩、少し、聞きたい」


「何だ? 柔道部のマネージャーになる方法でも知りたいのか? ん?」


 氷上のニヤニヤ口が、ぐにゃりと歪んでいく。


「逆向きとはいえ、他人が使った、ファウルカップ、装着して、楽しい?」


「うっ……!」


 先輩達が嫌そうな顔をして、明らかに怯んで腰が引けた。


「友達の、ちんこ、覆ってた、ファウルカップで、ケツ穴、護って、嬉しい?」


「ふっ、ふふっ、精神攻撃が、我らに、つ、つつつ、通用するとは思わないことだな。柔道で鍛えた我らの精神は鋼よ。簡単に砕けはしぇぬ」


「いや、先輩、めっちゃ動揺してますよ。顔、真っ青です」


「うっさい、外野は黙れ!」


 俺の指摘に風神先輩が切れてしまったので、暫く横で黙っていよう。


 というか、氷上にも先輩達にも邪魔者扱いされている俺って、何なんだろう。

 このままバトルになっても、やっぱり解説役か……。

 あ。森のほうで鶯が囀っている。


「ファウルカップ、貸してくれた、相手の、気、持、ち。想像して。普通、下着や、肌着や、身体に、直接、身につける物、貸さない。きっと、友情、以上」


「だ、黙れ! 厚い友情だ! 男の友情が女子に分かってたまるか! なあ雷神よ!」


「お、おう」


 氷上が濃い隈の上にある大きな目玉で、雷神先輩をギョロッと睨んだ。


「使用済み? ちゃんと洗濯したやつ、貸してくれた?」


「うっ……」


「借りるとき、何処から、出した? 鞄? ロッカー? もしかして、穿いてたやつ?」


「そ、そんなわけ……ない、はず……。湿っていたのは、あ、洗い立て、だからだ」


「ほう。湿っていた……。しっとりとした人肌の温もりが残っていたと」


 氷上の笑みが、ドロドロの腐臭を撒き散らしている。

 あかん。女の子としてダメな表情だ。


「どっちみち、私だったら、洗濯、してあっても、他人が肌に、直接、着用したの、身につけたくない。先輩達は、身につけて、嬉しい?」


 先輩達は完全に氷上の術中にはまったらしく、目も唇もぶるぶる震えている。


 顔中に浮かんだ脂汗は、精神の限界に達した証拠だろう。


「友達の、ちんこ護る、道具で、自分の尻穴、護るのって、楽しい?」


 じゃりっと、音を立てて氷上が一歩、前に出る。


 砂利を踏みしめる音の一つ一つが、先輩達を追いつめる礫だった。

 距離が縮むごとに、先輩達の顔に汗が増えていく。


 汗の玉は結合し、次第に大きくなり、一筋の流れになって顎から零れ落ちた。


「まあ、後ろ、駄目なら、前を、突くし」


 氷上は左右のトンファーを交差させ、カンッと拍子木のように鳴らす。

 それは先輩達には、断頭台に首を固定する木の枠がはまる音のようにも聞こえたのかもしれない。


「ぐっ!」


「がっ!」


 二人は股間を押さえて、白目を剥きながら崩れ落ちた。


 攻撃対象外の俺も思わず股間を押さえてしまった。


「お、恐るべし、校門破り……! 勇敢なる戦士よ。お前の名前を教えてくれ」


「……きたくぶの、氷上、美月」


「俺は水取こ――」


「お前には聞いていない」


 敗北した割に先輩は元気だった。

 いや、まあ心を折られただけで、肉体的には無傷だしな。


「明日も同じように突破できるとは思うなよ。帰宅部取締委員会の層は厚い」


「いや、明日、土曜日だし……」


 氷上は倒れ込む先輩達の真横を通り抜け、すたすたと校門を突破した。

 無防備だなー。

 スカートの中を覗かれたらどうするんだよ。


「くっくっくっ。校門を抜けたからといって、勝った気になるのは早いぞ、氷上よ」


「あ、先輩、氷上はとっくに行っちゃいましたよ。あいつ、足が短いくせに、歩くの早いんですよ」


「ならばうぬよ、せいぜい、KSAFTに気をつけるのだな。がはっ……」


「ケーサフト?」


 返事はない。ただの死んだふりのようだ。


 謎のメッセージを残して事切れた先輩達に頭を下げ、小走りで氷上を追いかける。

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