第15話 肛門! 女性相手にそれは駄目だろう!

「四天王の称号が伊達や酔狂ではないと、教えて差し上げますわ」


「四天王……。風、雷に続いて、水……。破りがいがある」


「わーい。俺のこと完全スルーだー。お。アゲハチョウ。綺麗だー」


「その言いよう。……まさか、昨日、風神雷神先輩の護る校門を破ったのは、メガネザルさん、貴方ですの?」


 先輩が驚いた様子で動きを止め、ウインドブレーカーの下から覗く水着のお尻がキュッと引き締まる。


「そう。武克力2500越えの風神、雷神、先輩、同時に、倒した。天堂院、先輩も、肛門を、破られたくなかったら、私には、関わらない方が賢明」


「調子に乗らないで頂けます? 先輩方は異性が相手だから手加減をしていただけですわ」


「女の肛門、破る趣味はない、けど、立ちふさがるなら、うち貫くのみ」


 氷上がトンファーを半回転させ、ぴたりと止めて前方に突きだし、腰を落とす。

 棒をシュッシュッと突き出したり引っ込めたりしつつ、まるで先輩のお尻の位置を推測しているかのように、上下の位置を調整していく。


「校門まで行けるつもりかしら? 貴方は私がここで取り締まりますわ」


 拙い。先輩は、氷上の口にするこうもんの意味を履き違えているから、最悪の事態がおきかねない。

 肛門が狙われているのに、校門が狙われていると勘違いしている!


 いざという時は俺が身を挺して身代わりになってでも、肛門破りだけは阻止しよう。


「クォリンの弾丸。格好良く言っても、所詮、塩素の玉。玉の取り扱い、私、得意。玉や棒を、自在に操る、私の能力ちん――」


「能力名は言うな! 能力名とは別に、技名があっただろ。そっちを言えよ!」


「どうやら能力名を知られたら効果が薄れるタイプのようですわね。何かしらの制約が強いと見ましたわ!」


 先輩は勝手に勘違いしてくれた。氷上の能力名が「ちん」で始まる下品な言葉だというのも、俺の勘違いであってほしい。


「私の、帰宅技ゲイ・ボルグの方が、強い。帰宅を遮る、全てを、うち貫く、無敵の一撃」


 氷上は先輩を中心にして円を描くように走り、次第に加速していく。


 一周する間に、盆踊りをしていたときとは別人のような高速に達した。


 黒い竜巻と化した氷上は、中央に先輩を閉じこめ、周囲の芝生を円形に削っていく。


 残像の中に見え隠れする光亜麗先輩は、氷上の動きについていけないのか、それとも機をうかがっているのか微動だにしない。


 氷上のスカートが捲れそうになっているが、際どいところで下着が見えない。


「氷上! もっとだ! もっと加速しろ! ジャンプして上下の動きを織り交ぜろ! 上昇気流を起こすんだ!」


 俺の見立てでは氷上が有利だ。

 互いの距離が三メートルという接近戦では、先輩の飛び道具は存分に真価を発揮できないはず。

 それに、塩素の玉は、当たれば痛いかもしれないが、氷上の突進を止めるだけの重さはないはずだ。


「って冷静に分析している場合じゃないし! 氷上、いくら何でも女の子相手に、肛門突破はしないよな? な? おい、返事しろ!」


「問題ない、峰打ちにする」


「トンファーで肛門を突く攻撃の、何処に峰打ちする要素があるんだよ!」


 黒い竜巻の中から、確かに「ちっ」が聞こえた。

 ドップラー効果みたいに、ちっ、ちっ、ちっと残響まで聞こえる。


「女の子がちって言うな!」


「……仕方ない。作戦変更」


 氷上が急に円の動きを止め、棒立ちになった。


「……あ、先輩の後ろ、カメラ小僧が、お尻、盗撮してる」


 氷上が構えを解いて、植え込みをトンファーで指し示す。


「えっ?」


 先輩が振り返るのと同時に、氷上は踵を返し俺の横に来ると鞄を拾い、「逃げる」とささやいた。


 氷上の狙いに気付いた俺は無言で頷き、走りだす。


「盗撮? 何処ですの? ……って、騙しましたわね! 待ちなさい!」


「気付くの、早い……」


 稼いだ距離はせいぜい十メートルくらいだ。


「五十メートルくらい、進んで、角を、曲がれば、裏庭から出られる……。校舎前の通り、部活勧誘が盛況のはず。人混みに紛れて、隠れられる……!」


「なあ、俺まで逃げる必要があるのか?」


「水取は、帰宅部。捕まると、靴下」


「げ……。確かに、アメフト部の使用済み靴下は死ねるな。……ん、待てよ。今追いかけているのって、光亜麗先輩だけじゃん。先輩の靴下だったら、むしろご褒美じゃないのか」


「ええーっ」


「氷上、俺が先輩を食い止める。ここは任せて、お前は先に行け!」


 まさか人生で一度は言ってみたい漫画台詞をこんな所で口にすることになるとは!


 三人が幸せになる方法があるのだから、俺は先輩に捕まることにし、走る速度を落とした。

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