第13話 二股! 新学期早々彼女が二人?!

「あの、紅様。私とお付き合いしてくださるんですわよね?」


「うん」


 光亜麗先輩は人差し指を顎に当てて首を傾げる。


「保健室に付き合うとか、買い物に付き合うとか、そういう意味合いではなく、恋人としての交際をするという意味ですわよね?」


「うん」


「ですが、そちらの美月さんともお付き合いを?」


「うん。高校に入学して早々、二人も彼女が出来るなんて、最高だな!」


 後ろから氷上が俺の制服をぐいぐい引っ張ってきた。


「いやいやいや、水取、待って。私、仮に、彼女だとして、天堂院先輩も、彼女?」


「うん」


 先輩が瞳を大きくし、俺の襟をガシッと掴んで揺さぶってきた。


「ど、どどど、どういうことですの、紅様。堂々と浮気宣言ですか、二股ですか! 私の純情を弄んだのですか!」


 前と後ろから引っ張りだこになるなんて、モテモテだな。


「ちょっと待てよ二人とも。何が駄目なんだよ? 知り合いのアラブ人なんて、嫁さんが七人くらい居るぞ」


「紅様。その知り合いの方は、一夫多妻制を禁止していない国の人です。ここは日本です!」


「日本人の知り合いにも、半年ごとに嫁や恋人が増えていくやつが――」


「いや。それ、多分、二次元……」


「え、ちょっと、待って。二人とも何を言ってるんだ?」


「普通、付き合うの、一人。二人以上との、お付き合いは、人として、どうかと、思う」


「え?」


「え、って言われるのが、え?」


「私もメガネザルさんと同じ意見ですわ。え、が、え? ですわ」


 何がどうなったのか、前後から揺さぶっていた二人が、いつの間にか肩をくっつけて正面から俺を問い詰めてくる。


 俺は二人の圧に負けて、一歩下がる。


「ま、待て。待ってくれ。鞄の中から本を出させてくれ」


 俺は通学鞄から恋愛の参考書を取りだし、巻頭の相関図を開く。


 図は主人公を中心にして、複数の女の子から「好き」と書かれた矢印が伸びている。


 中学校に通っていない俺の恋愛知識は、小学生の途中で終わってしまった。

 だから、世間の常識を学ぶために、漫画で予習してきたのだ。


「ほら、凄く仲の良い女の子がたくさんいて、楽しい学校生活を送ってるじゃん。彼女って、仲の良い女友達のことでしょ?」


 二人が本を覗く。


 先輩は「この本がどうかしましたの?」と首を傾げるだけだが、氷上には何か思うところがあったらしい。


「いや、それ、ラブコメ……。主人公と仲良くしている、たくさんの子、彼女、違う」


「え? どゆこと?」


「水取、恋愛、よく分かっていないこと、分かった」


「どういうことですのメガネザルさん、何が分かったと言うのですか」


 先輩が氷上の肩をガシッと掴み、ぶるんぶるんと揺さぶる。

 氷上はなすがまま「うあああ」と変な声を出す。


 先輩が息を切らして手を離すと、氷上はよろめいた後、ぐるぐる眼でボソボソと喋りだす。


「こいつ、私や先輩のこと、ヒロインにして、ハーレムラブコメする気で、いる」


「ハーレムラブコメ?」


「彼女、たくさん、いちゃいちゃ。パンチラ、たくさん」


「どういうことですの紅様!」


「そう。俺は、氷上や光亜麗先輩と仲良く楽しい学園生活を送りたい!」


「わー。ゲス発言……」


 俺は今まで異能力犯罪者を取り締まる組織に属して、辛い思いばかりをしてきたんだ。


 厄介払いな感じで学園に放り込まれたけど、良いじゃん、少しくらいはめはずしたって。


 俺がふてくされていると、いきなり氷上が俺の二の腕にしなだれかかって、「んっ」と唇を上向けてきた。


「水取、私と天堂院先輩、どっちと、キスしたい?」


「な、ななな、氷上、女の子が、いきなり、キスとか! し、したいけど、俺達こここ高校生だろ。も、もちろん、出会い頭に転んで、ほっぺにちゅっくらいなら、ぜ、ぜぜひ、是非お願いしたいけど」


「動揺しすぎ……。水取の言う、彼女、私や、先輩の言う彼女と、違う」


 盛大な溜息の後、氷上は俺から離れた。


 え。キスは?


「呆れた。帰る……」


 氷上が背を向け、すたすたと立ち去っていく。


「氷上、待って。一人で帰るなよ。お前が帰るなら、俺も一緒に帰るから」


 何の躊躇いもなく去る氷上を、俺は慌てて追いかける。


 どうやって氷上のごきげんを取ろうかなと俺は考え始めていたが、実は、そんなことを気にしている状況ではなかった。


 俺は急に背後の空気が張り詰めるのを感じた。


「お待ちになって」


 先ほどまでの狼狽えた少女の声とはうってかわって、苛烈な戦に身を投じんとする女騎士のように勇ましく芯のある声だった。


 思わず俺は脚を止めてしまったし、氷上も小さな背中を震わせて、足を止めた。


「紅様、美月さん、今、何と仰いました?」


「あっ……」


 恐る恐るといった感じで振り返った氷上の顔は、失敗したと言いたげに歪んでいる。


 俺も思いだした。

 ラブコメ展開のせいですっかり忘れていたけど、私立九重学園は部活に力を入れすぎているから、帰宅は禁止で、全生徒が部活動に励む必要があるんだ。


 光亜麗先輩は帰宅部取締委員会のお御輿に乗るお方。

 氷上は帰ろうとする者。

 つまり、敵対関係にある。


 俺の彼女二人がバトルに突入しそうな予感……!

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