第11話 女神! 美しすぎる先輩は水着の上にウインドブレーカー!

「マシュマロ……」


 瞼を開いて最初に見たのは、青い空をすいっと横切る鳥。


 どうやら俺は、外で仰向けに寝てるいようだ。


「マシュマロって、何?」


 すぐ近くから氷上の声。


「気を失う瞬間、凄く柔らかい物に顔を突っ込んだ気がする。もしかして、先輩のおっぱいでは?」


「水取は、地面に、めり込んでた。あの場にいた、誰かが、能力で、地面、柔らかくした」


 ……残念。さっきはラブコメ展開にはならなかったようだ。

 しかし、今がラブコメイベント中の気がする。


「凄いことに気付いたぞ氷上。今、俺は仰向けで何か柔らかいものを枕にしている。膝枕ですか!」


 俺は氷上の太ももに顔をすりつけるために、勢いよく回転して俯せになる。


 ぐりぐりぐり。ぐりぐり。


「それ、私のバッグ。顔、こすりつけるな」


「……」


 チャックらしき金具でひっかいた顔がヒリヒリ熱い。


「氷上のジャージが入った鞄を枕にしてくれたのか、ひゃっほう!」


 俺は勢いよく上半身を起こし、正座すると氷上に「ありがとう」と頭を下げた。


「ええーっ。ひざまくら、違うのに、何故、喜ぶ」


 ここは裏庭だろうか。


 常緑樹が周囲に膝丈の生け垣を作り、奥には校舎が在る。


 氷上は俺の隣で体育座りをして待っていてくれたようだ。スカートの裏側を両手で押さえて太ももを抱え込んでいるから、パンツは見えない。


「水取、いちいち視線が、不審……」


「氷上の裸を包みこんでいたジャージが入っている鞄って、こう、いいな……。寝ている間、ずっといい匂いがした」


「裸で、着ない。それに、ジャージ、新品。綺麗だから、匂いなんて、しない」


「そういや、氷上ってあんまり匂いしないよね」


 俺が鼻先を近づけると、氷上はお尻を浮かせ、両手足を使ってバタバタと逃げていった。


 太ももが際どいところまで露わになるけど、位置と角度の都合でパンツは闇の中。


「見え――」


 俺が頭を下げて覗きもうとすると、身体の向きを変えスカートを押さえてしまった。


「――ないっ!」


「水取の頭の悪さ、だいたい、分かってきたけど、そのうち私、本気で、怒るかも」


 氷上は完全に背中を向けてしまった。


「しょうがないだろ。ラブコメみたいなハプニングなんて現実じゃ起こらないんだから、自分から積極的に起こしにいかないと。パンチラなら誰にも迷惑を掛けずに、自分の努力だけでいける!」


「いや、普通に迷惑……」


「ええーっ」


「……」


 しまった。口癖「ええーっ」の物真似はNGだった。


 返事が途絶えたので暫く小さな背中を眺めていたら、背後から芝生を踏む足音が聞こえだす。


 振り返ると、黄金の陽光をマントのように纏った女神が近づいてくるのが見えた。


「おい氷上、俺は未だ意識を失ったままなのか。女神がこっちに来るぞ!」


「いや、よく、見ろ」


「え?」


 あまりにも美しくて、非現実の存在かと錯覚した。


 だが、よく見れば、先ほど帰宅部取締委員会の御輿に座っていた天堂院先輩だ。


「気がつかれました? 私が女神のように美しいと分かるということは、どうやら意識は正常なようですわね」


 先輩は喋り終えると、ふふんと鼻を鳴らした。


 ヤバイ。


 天堂院先輩、ヤバイ。


 何がヤバイって格好がエロい。


 上半身が青いウインドブレーカーで、下半身は紺の水着だ。


 一瞬、黒いパンツ丸出しかと思い、俺は生唾を飲み込んだ。

 だが、よく眺めれば、どうやら水着の上からウインドブレーカーを羽織っただけのようだ。


 何という凄まじい破壊力。

 丸みを帯びた膝、柔らかそうな太もも、細く引き締まった魅惑のお股。

 紺の水着と白い肌とのコントラストが美しすぎて、もっと間近で見ていたくなる。


 目線を合わせるために、俺も立ち上がるのが礼儀なんだろうけど、無理。


 綺麗な太ももを目の前にして、立ち上がるなんて、絶対に不可能だ。

 俺は足下にひれ伏す奴隷のように、地に手をついたまま、足を眺める。


「足、長ッ。何これ、これで俺と同じ人間なのかよ。何。何なの。何頭身なの」


 俺は座った状態で先輩の下半身を見ているから、スタイルの良さがよく分かる。


 多分、身長は氷上の一割増しで155センチ有るかないかくらいだろう。


 けど、足の長さは三割り増しくらいだ。頭身も一つ二つは大きそうだ。


 水着に滲む水滴を凝視しようと身を乗り出したところで、先輩はウインドブレーカーの裾を下に引っ張って股を隠してしまった。


「あの、あまりジロジロと見ないでください。鼻息が荒くて、くすぐったいですわ」


「綺麗です! 天堂院先輩は足も股間も綺麗です!」


「大声で、股間、言うな」


 何かが背後から頭にぶつかった。

 多分、ジャージが入ったトートバッグだろう。


 俺が先輩の太ももに顔を近づけながら抗議するのを皮切りに、三人が一斉に喋りだす。


「なにすんだよ、氷上!」


「貴方、私の名前を?」


「はい天堂院先輩! 俺は一年の水取紅です。水を取るくれないって書きます」


「痴漢は、犯罪」


「誰が痴漢だよ!」


「水取紅さんですわね。覚えておきますわ。私、天堂院光亜麗てんどういん・こあらですわ」


「ええーっ」


「貴方、人の名前を悪く言うつもりかしら」


「ち、違う。痴漢と、仲良く会話するの、どうかと思って」


「先に言っておきますけど、私の家系にオーストラリア人はいませんわ。母がフランス人で父方の祖母がイギリス人ですの」


「痴漢なんて居ないだろ! 居たら俺が真っ先に倒すから!」


「えっ、自覚、ない?」


「この場にいるのは美の女神と、えっと……少女だけだ!」


「な、何故、私を見て、口ごもった挙げ句、少女、言う」


「ごめん。氷上を天使と表現しようかと思ったが、さすがに女神が現世に降臨した現状では、裸で太陽に飛び込むくらい無謀すぎる」


 光亜麗先輩は、反則で別次元だ。

 先輩が居るだけで、寂れた裏庭が神の祝福を受けた雄大な草原みたいに、命の息吹に色づいている。


 絶対、何かの女神だよ。

 散ったはずの桜まで花を開きかねないよ。

 先輩が歩いた後では、小動物が冬眠から目覚めるよ。

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