第9話 剣圧! 剣道部との戦い!

 中央には、とりわけ体躯に恵まれた八人組がいて、豪奢な御輿を担いでいた。


 御輿の椅子には、黄金を溶かし込んだガラス細工のような少女が座っている。


 真珠のように白い肌を包むのは学園指定の制服なのに、まるでドレスのように華やか。

 少女の放つ存在感が、世界を中世ヨーロッパの社交界に塗り替えてしまったかのようだ。


「うお……。なにあの美人」


 引き潮のように帰宅部取締委員会の周りから人がいなくなっていく。


 ぽーっと心奪われていたら氷上に手を引かれたから、俺も端に寄る。


「ドリル……」


 氷上がぽつりと呟いた。

 少女の髪型を意味しているのだろう。

 左右から肩に垂らした小さなツーテールが、くるくると螺旋を描いている。


 近づくにつれて、俺は少女の姿に見惚れていった。

 小柄だし頭ちっちゃいし足が長いし、彫りの深い顔立ちは日本人離れしているし、もしかして本当に人形?


 近づけば近づくほど美しさが分かるから、もっと近寄りたくなってしまう。


「え、水取、何やってんの」


 離れた位置から驚きと呆れ半分の声が届いた。


「あっ」


 いつの間にか俺は道の中央に立っていた。


 委員会が正面の十メートルくらい先にまで接近している。


 集団から、剣道の防具を纏った男が、上半身を揺らさずに走ってきた。


「何者だ。我らが帰宅部取締委員会の巡航部隊と知っての狼藉か!」


「しまった。綺麗な人を近くで見たくて、無意識のうちに足が動いていた」


「何をぶつぶつ言っている。ええい、退けい、退かぬか」


「昨日の人達もなんだけど、何でみなさんは時代劇っぽい喋り方をするんですか?」


「貴様、拙者を愚弄するか!」


「ぐろう? よく分かりません。えっと、何で俺がここにいるかっていうとですね」


「俺だと? 貴様、何だ、その喋り方は」


 やば。先輩相手には敬語か。気をつけして軽く頭を下げる。


「失礼いたしました。私は、お神輿の上にいる綺麗な先輩に見とれていました。完全に心を奪われていました。けして、皆様の邪魔をしようと思ったわけではありません」


「む……。なんだ、素直で可愛い後輩ではないか。天堂院さんの名前を知らぬとは、貴様、受験組みか。ふっふっふっ。見とれてしまったのは分かる。天堂院さんは二年生で一番の美少女だからな。去年の文化祭のミスコンでは一年生の部で優勝をしたし。二年生になり、そばかすがなくなると、ますます美しくなった。可愛いらしさから美しさへと変貌を遂げ、まさに死角皆無の美少女だ。入部早々に天堂院さんのお美しい姿を拝見できて幸せか、一年よ。だがな、同時に貴様は不幸でもある。何せ、天堂院さんが一年生の頃のチャーミングなそばかす顔を見られなかったのだからなあ」


 ずいずいっと俺の眼前に迫ってきた先輩の鼻息が生暖かくてキメエ。

 剣道の面当てが無かったらキスの距離だよ、これ。


「発言をしても宜しいでしょうか。先輩」


「ん?」


「行列が止まっています」


「おうっ!」


 剣道部が先輩の魅力を長々と語る間に、取締委員会はすぐ近くに迫っていたのだ。


 集団の一人が怒鳴る。


「おい、宮元、何やってんだよ!」


「い、いや、この一年生が強情で、道を譲ろうとしないのだ!」


「ええーっ」


 氷上の専売特許である、ひいた顔をしてみた。

 宮本と呼ばれた先輩が、小手を付けた手で俺を指さす。


「見ろ、この一年にあるまじき生意気な面を」


「確かに一年とは思えぬ、ふてぶてしい面構えをしている」


「え、宮本先輩、酷い。さっき可愛い後輩って言ってくれたのに……」


「ええい、黙れ。剣を抜け! 拙者は、剣道部二年の宮元。武克力980のBランク! いざ尋常にお相手いたす! 玉竜旗出場経験のある、みぃやむぉとがぁ! お相手いたすぅ!」


 宮元先輩が間合いをとって竹刀を構える。「おおっ」という歓声が聞こえたけど、もしかしてBランク980って、凄いの?


 周囲から「あの宮本が!」「こいつは目が離せない」「あの一年、死んだな」等とざわめきが聞こえてくる。


 Bランク980でこの反応ってことは、昨日遭遇した2500超えAランクの風神雷神兄弟が超大物だったの?


 試合開始の合図は、周囲から聞こえる「玉竜旗って何?」「剣道の全国大会だろ」「予選がないから誰でも参加可能なんじゃ……」の、最後の発言だった。


「けええええっ!」


 宮元先輩が気勢の声で周囲のざわめきを掻き消すと共に、強烈な面を打ってきた。


「真剣白羽取り!」


 俺はワンテンポもツーテンポも遅れたタイミングで叫び、頭上で手を合わせた。


 宮元先輩は攻撃の前、俺にだけ聞こえるくらいの小さい声で「当てないから、びびって逃げろ」と言ってくれたし、氷上が見ているだろうし、せっかくだからウケを狙ってみたのだ。


 けど、誰も笑わなかった。


 手を叩いたパッチーンという音がむなしく響いた。

 寸止めしてくれた宮元先輩すら、苦虫をかみつぶしたような微妙な顔をしている。


 不意に訪れた静寂を破るのは、黄金のように凜とした声。


「暴力はお止めなさい!」


 峻烈な声が、沈黙した空気を切り裂く。

 御輿の上で超美人の天堂院先輩が立ち上がる。

 陽を浴びた金髪が黄金の輝きとなり、周囲を照らす。


「見えた!」

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