第三章 水取、私と天堂院先輩、どっちと、キスしたい?
第8話 靴箱! そこは青春と帰宅の始まりの地!
弁当を食べ終えると、氷上が教室を出たから俺もついていった。
廊下は体験入部に向かう生徒がまばらに居る。
氷上は食事中の宣言どおり、俺の前を歩こうとはしない。
せいぜい隣だけど、隙あらば後ろに回りこもうと、歩幅を短くする。
ううん。お尻が揺れるところを見たかったのに。
「あの氷上さん、まさかとは思いますけど、俺から距離を取るために、そんなに廊下の隅に寄っているのでしょうか」
「別に。意識しすぎ。水取のことは、空気のように、思ってるから」
「空気がなければ人は生きていけないよな」
俺が極上スマイルを向けると、氷上の前髪の隙間で眼がギラッと光ったから、俺は目を逸らす。
氷上はあまり冗談が通じないようだ。
「今日は卑弥呼先輩の大名行列に遭遇しないように進んで、また風神雷神兄弟の校門を突破するの?」
「違う。今日は……」
「ん?」
前から四人組の女子が廊下をふさぐように広がって歩いてくる。
氷上が進路を譲り、窓に張り付いて外を眺めだすから、俺も付き合う。
一つの窓枠に二人で並ぶなんて、青春っぽいぞ。窓枠で切り取られた世界に俺達ふたりだけ。うん。青春だ。
「今日は帰らないの?」
「取り締まりは、交代制。風神雷神兄妹が校門を護っているとは限らない」
「氷上のせいで、あの人達は次に会ったら肛門を護っていそうだよな……」
「
「そうなのか。卑弥呼先輩みたいな美人にはやるなよ。あれはゴリラみたいな柔道部の先輩相手だから許される暴挙だぞ」
「むっ……」
氷上は振り返って、女子達と十分に距離が離れたことを確認してから歩きだす。
先程よりも歩調が早く、何となく不機嫌そうに肩を揺らしている。
お尻を見られたくないから俺の前は歩かないはずなのに、前に居る。
「もしかして俺が卑弥呼先輩のことを美人って言ったから嫉妬してくれた?」
「何故、嫉妬する。卑弥呼先輩が、美人なのは、事実」
「あ、誤解するなよ。卑弥呼先輩は美人カテゴリ。氷上は可愛いカテゴリだからな。氷上が下とか、そういうことないからな!」
「……」
会話が途切れて暫くすると、俺達は玄関に到着した。
氷上は靴を履き替えると、俺を待たずにさっさと出ていってしまう。
「あれ。俺の靴箱、どれだっけ。ねえ、待ってよ」
うろ覚えだったあたりから自分の名札を探し、踵を踏み潰しながら靴を履く。
氷上はゴミ箱に何かを捨てていたようだから、なんとか追いつけた。
俺が距離を詰めると、氷上はわざわざトートバッグを俺の居る右側にかけ直す。
「なあ、氷上の鞄って膨らんでるけど、何が入ってるの?」
「ジャージ」
「もしかして体験入部するの? テニス? バレー? 水泳?」
「候補、偏ってるのが、ひくわぁ……」
「だって、女の子の尻とか太ももとか見たいじゃん。氷上も俺の身体を見ればいいだろ。鍛えているから、けっこう良い身体だぞ」
「腹筋、割れてから、言え」
「割れてるよ。見る? 触る? 撫でる?」
「ええーっ……。でも、割れた腹筋と、引き締まったケツには、少し、興味、有る」
「……ケツは怖いから勘弁してください」
昨日と同じく、今日も校門へ続く道は部活の勧誘が盛況だ。
吹奏楽部がトランペットを吹き、海パン野郎が空を泳いでビラを撒いている。
「あ。そうか。一年はジャージで球拾いだ。テニス部に入ってもパンチラするのは当分、先か。じゃあ、水泳部。水泳部なら一年でも水着だろ?」
周囲を観察していたら隣から来た人とぶつかりそうになってしまった。
立ち止まって道を譲ってから、開いた氷上との距離を詰める。
辺りは休日十六時のスーパーマーケットくらいの混み具合だから、歩くのに困る程ではない。けど、氷上と並ぼうとすると、他人とぶつかりそうになる。
「人が多いし、はぐれないように手を繋ぐのはどうだろうか」
「触れると、手が、穢れる」
「照れるなよ」
「前向きすぎ、キモい。……来た。目立ったこと、しないで」
「分かってるって。昨日は面食らったけど、この学校のルールが何となく分かってきた」
俺達の進行方向から、人ごみを割りながら二十名くらいの集団がやってくる。
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