第7話 美味! 初めて食べる彼女の手作り弁当!

「あれ、氷上お弁当? 午後の部活見学に行くんだ」


 教室内では多くの生徒が昼食を採っている。

 午後は丸ごと体験入部の時間だから、みんな腹ごしらえナウだ。


 俺は売店や食堂が開くのが来週からだとは知らなかったので、お弁当は持ってきていない。


「水泳部にしようぜ、水泳部。氷上って小学生みたいな体格だからスクール水着が似合うだろ。俺、ぺったんぺったんな身体、見てみたい」


「ええーっ。私、本心からどん引き……」


「水泳部じゃなかったら、バレー部ってどうよ。踊る方じゃなくてブルマ穿く方のバレー。昨日の帰りさ、後ろからお前のお尻を眺めていたんだけど、ぷりっとしてて凄く柔らかそうだった。絶対、ブルマが似合う」


「女子の身体に、興味持つ、そういう感情、理解できる。でも、本人に、言うなよ」


「いや、俺は正直者だから可愛いものには可愛いって言うし、触りたいときは触りたいって言うから、よろしくな!」


「明るく言われても、よろしく、しない。二度と、水取の前、歩かない」


 氷上は「いただきます」と小さく手を合わせて、お弁当を食べ始めた。

 口はちっちゃく開くし、箸で一度に取るご飯は少しだ。

 こんなハムスターみたいな速度だと弁当を食べ終えるのに、いったいどれだけの時間がかかるんだ。


「気が散る。食べてるとこ、じろじろ、見るな」


「何部の見学に行くんだ?」


「どこも行かない」


「なら、何で弁当を食べるんだよ」


「部活見学に行くフリ。いきなり教室を出ていくと、怪しまれる」


 お弁当には、ミートボール、卵焼き、プチトマトと、小学生が遠足で喜びそうなラインナップが詰まっていて彩り豊かだ。


「どれも美味しそうだし、氷上のお母さんて、料理、上手なんだな」


「私が、作った」


「マジで? 氷上の手作りなの? ……俺、卵焼き好きだよ?」


「ふーん」


 氷上は箸で卵焼きを摘むと、ゆっくりと持ち上げる。

 ピンク色の唇がそっと開き、卵焼きが甘い匂いを漂わせながら、口の中に消えていく。


「聞こえなかったのかなあ。俺、卵焼き好きだよ?」


「じろじろ、見るな。気が散る」


 氷上の箸が向かう先はミートボールだ。見たことある。レトルトの温めるやつだ。


「あ。その、ミートボール好き。あーん」


 目を閉じて口を開けた。


 カチャカチャ、もぐもぐ。お弁当を食べる音が聞こえる。


 絶賛待ち受け中なのに、いつまで経っても俺の口の中にミートボールが来ない。


「あーん。あーん。あーん!」


 ん? 口の中に何かが入った。

 驚いて目を開け、何かを舌先で転がすと妙に生臭いし、食い応えがない。


「なにこれ?」


「プチトマトのへた。文句、ある?」


「いえ、ありません! 手作り弁当をあーんしてもらったの、生まれて初めてです。俺は、幸せでございます! 今なら嬉しさのあまりスキップ世界選手権で優勝できるレベルです!」


「声、小さく」


 氷上は慌てたように眼球だけをギョロギョロと動かして室内の様子を気にしている。


「悪い。入学初日でカップル成立ってのは人目を気にしないといけないよな」


「つ、付き合ってない」


 氷上の顔はプチトマトそっくりの色だった。

 言葉とは裏腹に照れているということは脈あり?

 好き好きアピールを続ければ、籠絡できる?


「ごめん」


「一生、許さない」


「それはつまり、一生側に居るってこ――ぎゃああっ!」


 箸で目を突かれた!

 俺は痛みで跳ね飛び、隣の机に頭を強打したあと、倒れてのたうちまわった。


 もちろん、箸攻撃は見えていた。


 けど、あ、これを咥えたら関節キスじゃん。ぱくっていったら、氷上は怒るかな、なんて考えている間に箸ずぶり。


「うぐっ、ふぐうっ、痛いッ、けど、うぐうふっ、ふっ、目が、間接キス。痛ッ、痛いッ、痛いッ! 追い打ち止めて」


 床を転がる俺に、執拗に何度も何度も踏みつけ攻撃をしてくる。


 俺は涙がボロボロ零れる目を開け「白」と呟く。


 氷上は勢いよくスカートを押さえて、ようやく蹴りを止めてくれた。


 俺は這い上がるようにして、腕と顎を氷上の机に載せ、罵倒される前に断っておく。


「適当に言っただけで、見えていないからな」


「……分かってる。白じゃ、ないから」


「えっ。縞? 縞?」


「くいつきが、キモい……」


「食い込みが、キツイの!」


「な、なんという、悪意ある、空耳」


「で、実際、どんなの穿いているの? 興味あるなー」


「穿いてない」


「マジで!」


「……嘘に決まってる」


「よし。本当か嘘か、俺の目で直接確かめる」


 机の下を覗き込むが、氷上は膝をぴったりとくっつけている。

 膝の間に手を入れて抉じ開けたら、さすがに嫌われるかなあ。


「膝を開いてくれませんか?」


「ええーっ」


 心底うんざりしたような声を漏らすと、氷上はお弁当を包んでいた布で膝を覆った。

 仕方なく俺は頭を机の上に戻す。


「何で隠す」


 他に言葉を忘れたかのように氷上は「ええーっ」を繰り返す。

 ぼさぼさ髪の隙間から、ゴキブリの交尾でも目撃したかのような目がちらり。


「ねえ、水取って、頭、おかしいの? ユーモアだと、思っていたけど、違うの? ただの変態? 馬鹿?」


「変態じゃないと思う。普通だと思うんだけど……。変かな?」


「うん。変。かなり、非常識」


「そうかな」


「うん」


 俺は中学校に通っていなかったから、常識を学べなかったのだろうか。

 物心ついた頃から、異能力犯罪者を取り締まる組織に所属していたからなあ。

 いわゆる常識的な学生生活というのが分からない。


 互いに少しずつ言葉が少なくなっていき、無言になった。


 氷上がもぐもぐとお弁当を食べる。


 暫くしたら卵焼きを載せた蓋を俺の方に寄せてくれた。

 氷上の様子を窺ったら「犬みたいな目、するな」とデコピンくらった。


 遠慮せず、食べた。

 卵の殻が入ってた。


 ガリッとしたあと、シャリシャリ食感。


「おいしいワン」


「ん」


 女子の手料理最高だぜとか、氷上の箸が触れた卵焼き美味しいぜとか、幸せを声にして叫び、踊りたいんだけど、自重した。


「ミートボールも美味しそうですワン」


「調子、乗んな」


「ごめんなさい」


 ギロッと睨んできたから、俺はおちゃらけて頭を下げた。


 顔を上げると、お弁当の蓋にミートボールが乗っていた。


「尻尾、振んな」


 俺には尻尾は生えていないのに……。

 そんなに嬉しさが全身からあふれていたの?

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