第二章 聞こえなかったのかなあ。俺、卵焼き好きだよ?

第6話 半日! 午前は身体測定のみ。午後は部活見学!

 高校生活の二日目は身体測定だけだから午前中で終わった。

 氷上の体重は不明だが、身長は139cmだった。

 ちっこすぎる。小学生レベルじゃないのか。


 からかったら、ちょっと不機嫌になっちゃった。


 俺は160cmジャストの55kg。男子の中に入れば小さい方だが、俺より大きい女子はクラスに二~三人くらいしかいなさそうだから、よしとしよう。


 帰りのショートルームが終わり教師が退室するのと同時に、俺は氷上の席にまっしぐら。俺と氷上は出席番号は一つ違いなんだけど、氷上が一番後ろで、俺は一番前。


 運悪く俺のところで次の列になったから、席が遠いのだ。


「氷上、部活見学に行こうぜ」


「……」


「なぜ無視する。ひかみんの恋人、水取紅もいとり・こうだよ!」


「……」


 氷上は相変わらずぼさぼさの髪でチャームポイントの隈を隠しているから勿体ない。


 氷上は呆けたように口を開いて、俺を見上げてくる。


 二秒、三秒、四秒くらいしてから、氷上は左右を警戒してから俺の方に向き直った。


「何故、平然と、教室内で、恋人とか、言う」


「何か問題があるか? もしかして、俺達が付き合っているのは秘密?」


「いや、付き合ってないし……」


「何か妙に大人しいな……。あっ」


 身体測定のあとで不機嫌になるということは、あれか……。


「そのうち大きくなるって」


「ど、何処を見て、何を勘違いしてる」


 氷上は両腕で身体を抱えて、控えめな胸元を隠してしまった。


「小さいほうが軽くて動きやすくて良いよ。でかいのは見苦しいだけだろ」


「嫌味か……」


「なあ、部活見学に行こうぜ」


「私は、行かない。私は、あれ、だから」


「ああ、帰た――」


 氷上が腰を浮かせて、両手で俺の口を塞いできた。


 結構な物音を立てたため、クラスの何人かが俺達の方に注目している。氷上はバツが悪そうな表情を周囲から隠すようにして座った。


「……ひ、氷上の手が俺の唇に触れた!」


「う、嬉しそうに、するな。汚い」


 氷上はハンカチを取りだすと、わざとらしく俺の眼前で手を何度も拭いた。


「いや、そういうのマジで傷つくから止めてよ。汚くないって。それに、俺の唇は、いずれ氷上の唇を塞ぐことに、痛いッ!」


 すねの痛みで俺は飛び跳ねた。

 多分、つま先キック食らった。


「次は、突く」


 袖からトンファーの先っちょが、にゅっと生えてきた。


「何処を突くつもりなのかは敢えて聞かないぞ。うん、ごめん。許してよ」


 俺はしゃがみ込んで氷上の机に横から腕と顎を乗せた。

 やや低い位置から見上げると、隈がよく見えた。


「なあ、水泳部とかテニス部の見学に行かねえ? 俺、お前の水着とかテニスウェアとか見たいんだけど」


「ええーっ」


 氷上は心底嫌そうな顔をして、俺から離れるように仰け反って見下してくる。


「テニスウェアからパンツがチラチラするのを見た――」


 ずぶっ。


「目ぎゃ――ッ!」


「失明すれば良い」


「……い、いつつ……。でも、好きな女子に眼球を触ってもらえて、嬉しい」


「病院、行け」


「大丈夫。痛むけど、氷上のチョコレート色をした甘そうな隈はしっかり見えてる」


「いや、眼科じゃなくて、精神科。心の、病気」


 氷上を真似て「ええーっ」と唇を尖らせてみた。


 かんに障ったらしく、氷上はむっと唇を歪める。


 怒ったのか呆れたのか、氷上は俺の方を向かずに、机の反対側にかけてあったトートバッグから、包みを取りだした。


 ずっこいなあ。俺はちゃんと学園指定のを買ったのに、進学組の人たちって好き勝手な鞄を使っているんだよなあ。

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