第5話 決着! 風神雷神戦!

 俺が指さす物を視線で捉え、二人も気付いたようだ。


 既に三人とも校門を越えている。

 氷上は先輩達を越してはいないが、学校から出ることには成功していた。


「校門から出たんだから、氷上の勝ちですよね?」


 だよね? これ、そういう戦いだったんだよね?

 帰宅したい氷上と、帰宅させたくない門番との戦いだったんだよね?


 答えを求める俺の視線を感じたのか、氷上がゆっくり振り返る。


「高等部の風神雷神、大したヤツだ……です。私を、完全に、抜かせなかった、褒めてあげる……ます。くくくっ」


 氷上が制服についた砂を叩き落としながら、ニヤリと笑う。


「ぬうっ。貴様の突破を許したのは事実。だが、我らの目が届くところにいる限り、帰宅は許さぬ。そもそも、貴様らも知ってのとおり、これはただの内門だ。この先にある外門こそが、学園の真の正門よ。ここは、まだ学園の敷地内!」


 風神先輩が太い指先を氷上に向け、雷神先輩が重々し頷く。


 確かに一理ある。

 氷上が突破したのは、施設や校庭を包む内壁の門だ。

 九重学園は山の麓にあるから、本当の正門は山道を五分ほど歩いた先だ。


「学園の敷地内である限り、我らの戦場よ! 行くぞ雷神よ、リミットオフだ!」


 二人が両手首と両足首に付けていたリストバンドを道路脇の芝生に放り投げる。


 ズグッと鈍い音がし、リストバンドが芝生にめり込んだ。


 どんな重さなんだ。俺の細腕だと、あんなの付けたら動けなくなりそうだ。


「おい、氷上、俺は登校初日でこの学校のノリが分からないから、ついていけてないんだ。俺、助けに入るべき状況だよな? な?」


「だいじょぶ。見てて」


 氷上は二人から距離を取ると、リラックスした様子で跳躍を繰り返す。

 次の行動を取るためにタイミングを計っている?


 対する先輩達は手をつなぎ、その場で横回転を始めた。

 足下からゴウッと暴風が吹き荒れ、竜巻が二人の巨体を包み込む。


「これぞ疾風迅雷二式。雷のごとき速さと、風のごとき流麗さを併せ持つ無敵の舞よ!」


 ……うーん。

 俺は異能力犯罪者を取りしまるとある秘密組織に所属していたから、戦闘訓練を積んでいるし、戦闘経験も豊富だ。

 その俺の目から見ても、柔道部二人の戦闘力は極めて高いと評価せざるをえない。

 人事部に紹介してあげたら、普通に採用されるだろう。


 なんか不安になってきた。


「おい! 氷上! 本当に手伝わなくてもいいのか?」


「いい。水取は、見学して。私は、単独出撃で、攻撃力ボーナス、付く、タイプ」


「俺は支援タイプだから、本当にヤバかったら遠慮なく頼れよ!」


 氷上が「んっ」と短く気合いの息を漏らし、竜巻に向かって駆けだす。


 スカートが激しくはためくが、パンツはぎりぎり見えない。

 先輩達、もっとガンバって風を起こせよ!


 俺の心の声が届いたわけではなさそうだが、ゴウッと暴風が強まり、砂混じりの渦が膨れあがる。


「二式が疾風迅雷のただの強化版だとは思わないことだ! 二式が二式たる所以は、無敵の防御陣から繰りだされる、攻撃があるからこそ!」


 荒れ狂った竜巻の中から、二本の巨腕がぬっと突き出る。


「くらえ! 奥義、風雷暴(ふうらいぼう)!」


 天に伸びていた竜巻が、巨腕を軸にして折れ曲がり、氷上の頭上に襲いかかる。

 あまりの激しさに、空中の塵が帯電して火花が散る。

 まさに風と雷の融合にふさわしい奥義だ。


 こんなのが当たったら氷上は無事ではすまないだろう。


「氷上!」


 俺はフォローに回ろうと踏みだしたが、すぐに足は止まる。


 何故なら、俺は『誰かの願いを叶える』能力で、俺自身の「風神先輩の視線を視界や思考を盗み見したい」という願いを叶えたら、氷上が黒い笑みを浮かべているのが見えたからだ。


 だから、なんか、何とかなりそうな気がしたんだ。


 氷上は地を這うような前傾姿勢で疾走し、暴風の寸前で飛び込み側転をし勢いを増す。


「必殺技には、必殺技で、応じる。帰宅技(キタクアーツ)最強の、貫通力、ゲイ・ボルグを、使う」


 暴風が小さな身体を飲み込むかに見えた瞬間、氷上は空高く飛び上がった。


「まさか! 我らの風雷暴を飛び越えるというのか!」


 氷上は両膝を抱えて小さく丸まり、クルクルっと回転し、風雷暴を飛び越える。

 体操の床種目さながらの華麗な動きだ。


「おっ、おおっ! あっ、あーっ……」


 残念なことに、まん丸になっていたのでパンツは見えない。


 だが、アクロバティックな動きは、氷上に風神雷神先輩の背後を取らせた。


 三人が背を向けあったまま動きを止め、吹き荒れていた風が収まっていく。


 暫くの沈黙が訪れたあとに、柔道部の二人が膝をつき、尻を突き上げた姿勢で顔から地面に突っ込んだ。


「ぐふっ……我らを打ち破るとは、見事!」


「我が棒に、貫けぬモノなど、ない」


 氷上の両手には木製の武器トンファーが握られていた。

 氷上は着地した瞬間に、背後にトンファーを突きだして、先輩達の肛門を突いていたのだ。


「ふっ。汚い物を突いてしまった……」


「いや。何で、そこで笑うんだよ……」


「これが、棒や、玉を、自在に操る、私の能力。その名も、ちん――」


「ストップ! 聞かなくても嫌な予感がする。その能力名は、ダメだ! 中学を卒業したばかりだから未だ大丈夫かもしれないけど、そのうち口にするのが恥ずかしくて、夜中、ベッドでもだえることになるぞ」


「かつてない、強敵、だった。全身筋肉、肛門の他に弱点、無かった」


「だからって浣腸はないだろ。なんか、見ていて俺まで尻がきゅんってした。あと、『肛門』は、女子が口にするのはギリギリNGだと思う」


 不意に知り合いの預言能力者が告げた言葉が脳裏を過ぎる。


『暫く組織から離れて、学生生活を楽しんで来なよ。紅君の真ん中に空いた大きい穴。埋めてくれる存在と出会えるよ』


 俺が失ったものをとりもどす存在が九重学園にあると教えてくれた恩人の言葉だ。

 まさか預言にあった穴を埋めてくれる存在って、トンファーのことじゃないよな……。


 精神的な意味で氷上が俺の心の傷を癒してくれるんだよな?


 いくらなんでも、物理的な意味で穴に棒を突っ込まれるなんてことは……。


 氷上が両手のトンファーを真上に投げる。

 空気を切るふぉんふぉんという音が、まるで死神の振るう鎌みたいに禍々しく聞こえて、背筋がぞわぞわする……。


「私は、きたくぶ。他に、生き方を、知らない」


 氷上がバンザイすると、回転しながら落ちてきたトンファーが、袖の中にすっぽりと入った。


 同時に――。


「高等部一年、氷上美月。武克力1500ニ認定スル」


 甲高い声がしたから振り返ったら、発言者はなんと校門に止まっていたオウムだった。


「おっ。おおーっ。おい、氷上、なんか、鳥が喋ってる。お前の武克力1500だって。2500の人を二人も倒したんだから、5000くらいでも良いのに」


「勝負ハ時ノ運。タッタ一回ノ勝負デハ、正確ニ能力ヲ測定デキナイ。一度ノ勝負デ1500モノ上昇ハ凄イ! 年ニ、一回か二回ノ、トンデモナイ快挙!」


「オウムが返事した! 氷上、聞いた? オウムが俺の言葉の意味を理解して返事した! これ、誰かの能力なのかな。あ、おい、待って」


 既に校門を背にして歩きだしていた小さな背中を、慌てて追いかける。


「何か評価されたっぽいよ。ねえ、帰るの? 部活見学に行かないの?」


「見学したければ、一人で、戻れ。水取、私が校門、突破するとこ、見た。私のこと、未だ……。その、す……。す……」


 俺は一度だけ校門を振り返る。

 坂を下っているから既に賑やかな光景は見えず、ずっと奥の方から勧誘の声がかすかに聞こえるだけだ。


 俺は視線を戻して、氷上に歩調を合わせる。


「俺は部活よりも、彼女と一緒に帰る方を選ぶよ」


「彼女、違う。……でも、いつか、きたくぶの、本当の意味、分かっても、私と付き合いたい、言うなら」


「言うなら?」


「少し……。考えてあげる」


 満面の笑顔。

 完全に不意打ちだった。

 さっきまでニタニタ、ニヤニヤと地の底みたいな笑みだったのに、いきなり頭上に輝く太陽のような笑顔を浮かべるなんて、卑怯にも程がある。


 俺は運命的なものを感じたから氷上に一目惚れしたのに、もし今の笑顔を先に知っていたら外見で恋に落ちるかも知れない。


「ん? 水取、固まってる?」


「か、固まってません。氷上、可愛いんだから、いつもその笑顔でいろよ」


「か、可愛いとか、言うな」


「やだ。言うよ。氷上、可愛い。可愛いよ、氷上」


 そっぽ向く氷上をからかいたくて二の腕を肘でつついたら、硬かった。

 トンファーに当たったんだろう。


 俺の真ん中にぽっかりと空いた穴、埋めてくれるのはトンファーじゃなく、きっと、氷上の存在だ。

 だって、一緒に並んで歩くだけで、俺は幸せな気分になってくるんだもん。


 異能力バトルが始まったことには驚いたけど、俺、この学校で楽しい学園生活を送れそうだ。



◆ あとがき

第一章完結です。

今後もこのノリで行きます!

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