第4話 帰宅! 氷上、校門破りをする


「貴様等、まさか校門破りか!」


 ゴリラと見まごうような巨体が二つ、ずんっと、氷上の進路を妨げる。


 氷上は勢いを緩めることなく、体重が倍はありそうな巨漢のもとに突っ込んでいく。


「我らを帰宅部取締委員会と知っての狼藉か!」


 氷上の華奢な肩に、左右から丸太のような豪腕が伸びる。


 が、間一髪のところで氷上は身をかがめてすり抜けた。小柄な身体を活かした素早い動きだった。


「ぬうんっ、行かせるか!」


 男達は後方へ背中から飛び込んで一回転し、再び氷上の前に立ちふさがった。

 さらに互いの手首をクロスさせ、巨腕の柵を作り上げて氷上の進路を完全に塞ぐ。


 明らかに素人の動きではない。間近にいた氷上の目からは、すり抜けたはずの巨漢が一瞬で再び目の前に映っていただろう。


「我は風祭迅かざまつり・じん。九重学園の校門を護る赤き風神とは我のこと! 我と並び立つ男は、雷雲仁らいうん・じん。我と義兄弟の契りを交わせし、青き雷神! 我らこそ、九重学園帰宅部取締委員会四天王、風神雷神兄弟よ!」


 風神が大声で大気を振るわせ、雷神は無言のまま眼光に紫電を走らす。


「ちょっと、氷上さん、何この人達!」


 異能力が使えるとはいえ、彼等は普通の学生だよね?

 ここって、異能力者が通っているってだけで、学校だよね?!

 兵士養成施設じゃないよね?

 何か戦闘突入みたいなオーラを放っているんだけど……。


 氷上の小さな背中はあまりにも華奢で、オーラに呑み込まれて潰れてしまいそうだった。

 俺は氷上の傍らに駆け寄り、顔を覗き込む。


「噂の風神雷神兄弟……。学園に、両手の指で、数えるほどしか、いない、Aランク能力者……。さすが、高等部。簡単に、帰宅させては、くれない」


 氷上はこめかみに汗を浮かべて口をぬぐうと、手の甲に血がこびりついた。


「だ、大丈夫か! って、あーっ。さっき飲んでた。トマトジュース。紛らわしいよ!」


「くくくっ……」


 何がくくくっなんだろうか。意外と氷上は余裕がありそうだ。


 びゅううっと風が吹き、風神雷神を中心にして砂埃が舞い上がる。


「剛胆な小娘よ。我等の名は中等部にも噂されていたようだな。ならば教えてやろう。我の武克力は2530。雷神は2520。これを聞いても、未だ校門を破るつもりか?」


「にっ、にせんごひゃくっ……!」


「タイム! ターイム! 先輩、少し時間ください!」


 先輩達が待ってくれると信じて、俺は氷上を連れて後ろに下がり、肩を丸めてひそひそ話を持ちかけた。


「おい、氷上。Aランクとか、ぶかつりょくとかって何だ。俺、この学園のこと、よく分からないんだよ」


「なぜ、知らない……。よく、入学、出来たな……。ランクは、能力の強さや、功績を、評価した値。武克力は、単純に、能力の、強さ。どっちも、文武科学省、定めた、基準。部活、頑張ると、上がる」


 ……何を言っているのかさっぱりだけど、理解したフリをして話を進めよう。


「なるほど。あの二人のAランク2500って凄いの?」


「全国大会で、上位、入ったとか、そういうレベル……」


「そういえば俺、入学前の検査で、Eランク、武克力0って言われた気がする……」


「くそざこナメクジ……」


「さらりと酷いこと言わないで。俺、さっき氷上に告白したよね? 好意を抱いているんだよ? もっと、こう、いい感じのフォロー入れてよ」


「……部活、頑張れば、ランク上がる。引継ぎポイントのない、受験組み、最初は、みんな、Eから」


「あの凄そうな先輩たちに挑もうとしている氷上さんは、なんぼあるんでしょうか?」


「Eランクで……。武克力3。てへっ」


「ダメじゃん! あと、てへポーズ撮るから、待って!」


 氷上が両手を顔の横で猫みたいにして媚びた仕草を見せるから俺はスマホを取りだしたんだけど、写真を撮る余裕はなかった。


「我等の能力を知ってもなお挑もうと言うのであれば、歓迎するぞ。武克道とは、こうでなくてはな!」


 大気を振るわせるような怒声。

 先輩達は氷上の帰宅を遮る気、満々のようだ。


「どうするの? 捕まったらさっきの眼鏡くん見たいに、汗臭い靴下の臭いを嗅がされるんだろ?」


「水取、下がって、見ていて。この校門、突破しがいが、ある」


「待って!」


 俺が肩を掴もうとした手は空を切り、氷上は駆けだす。

 一歩目からトップスピードに乗ったかのような加速だ。


 俺は思わず「おっ」と感嘆の声を漏らした。


 先輩たちの目の色も変わったようだ。


「中央突破とは小癪な! 疾風!」


「……迅雷」


「合体奥義! 疾風迅雷!」


 柔道部の二人が巨躯に見合わぬ素早い動きで反復横跳びを始める。

 残像の上に残像が重なり、先輩達の姿が数十に増える。


 すり抜ける隙間は無いように見えるが、氷上は速度を落とさない。


「奥義と、言うだけの、ことは、ある。でも。柔道は、個人技。連携には、綻びが、ある」


 あろうことか氷上は筋肉密林を避けようともせず、ど真ん中にフライングクロスチョップで突っ込んだ。


 激突必至かと思ったが、氷上は両腕を伸ばして筋肉密林をすり抜けると、手から綺麗に着地して、くるっと前転して立ち上がる。

 両手を挙げてY字のポーズが決まった。


「そうか! 先輩達は筋肉で胸が膨らんだ逆三角体型だから、腰のあたりに僅かな穴があった。小柄で胸ぺったんな氷上だからこそ、頭から飛び込んで、すり抜けられたんだ! 俺には真似できない芸当だ!」


「水取、あとで殺す……」


 ……筋肉密林の向こうから何か物騒な呟きが聞こえた気がするが、気のせいだろう。


「ぬうっ、二度も突破されるとは! 貴様、ただ者ではないな! だが、我らは四天王。これしきで突破したとは思わぬことだ!」


 二人の先輩は、再びすばやく後転し氷上の進路に巨体を割り込ませる。

 二度目だというのに、氷上はまったく反応できない。


「そうか、あの後方回転の速さは、柔道の受身を応用しているんだ。受身の最後に手で地面を叩く行為が、氷上の進行方向を遮るけん制も兼ねている」


 ……あれ。


 ちょっと待って。


 俺、どうせなら学園生活を送るにあたってはラブコメ主人公ポジションを狙っているんだけど、これ、バトル漫画の解説役じゃないか?


 しょうがない。

 解説役か審判か微妙だけど、とりあえず勝利宣言しておくか。


「先輩、水を差すようで恐縮ですけど、この戦い、氷上の勝ちです」


「なにっ!」

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