第3話 告白! 水取、一目惚れした相手に好きと言う

「氷上美月さん。貴方に一目惚れしました。好きです。俺と付き合ってください」


 ぷきゃっ。

 氷上の手の中で変な音がして、俺の手に何かがかかった。どうやらトマトジュースのチューブを握ってしまったようだ。


「あ、や、ごめ」


 氷上が慌てた様子でハンカチを取りだし、俺の手を拭こうと近づける。


「あ、大丈夫。ハンカチが汚れるでしょ。舐めとく」


 手の甲に付いた赤い液体を舐めとると、酸味が口の中いっぱいに広がった。

 氷上は顔を真っ赤にして、目をグルグルさせている。


「や、あ、う……あ」


「な、なんだよ、その反応」


「な、舐めた」


「え? ……あっ! ご、ごめん。間接キスだよな」


「へ、変なこと、言うな。間接、キス、違う。あ、あと、顔、赤くするな!」


 矢継ぎ早にまくし立てながら、氷上は俺の手をハンカチでゴシゴシと拭き始めた。


 握手しているような状況は、チャンスだ。

 俺は氷上の手を両手で覆い、告白を繰り返す。


「氷上美月さん。好きです。教室で自己紹介をしたときに一目惚れしました。お互いにかけがえのない存在になれるという予感、いいえ、運命を感じました」


「だ、だから、な、なぜ、告白。うっ……。うあ、場所、変える」


 周囲の人だかりから集まっていた視線を、俺は気にしないけど氷上は気になるようだ。

 氷上は俺に背を向けると、早歩きで何度もぶつかりながら人ごみから離れていく。


「何処に行くんだよ。待ってよ」


 集団から離れても速度は衰えず、学校を囲む塀の手前にある植え込みまでたどり着いて、ようやく氷上は足を止めた。


 氷上は一抱えほどありそうな木と向かい合い、俺には背を向けたまま話しだす。


「な、何かの、罰ゲーム?」


「何でネガティブな方向に捉えるんだよ。好きだから、好きって言った!」


「も、水取って、特殊な趣味や、性癖の、人?」


「何で自分のことを特殊カテゴリーに分類しているんだよ。自身もてよ。可愛いだろ」


「ええーっ。わ、私の、何処が、気に入ったの?」


 氷上が木の皮をべりべりと捲り始めた。


「さっき教室で兎に角、氷上と仲良くなりたいって思った。で、顔を見てますます好きになった。目の隈を見てたら、ペロペロしたくなった」


「……は?」


 木の皮を捲る指がぴたりと止まった。


 聞こえなかったのだろうか。振り返った氷上に視線を重ねて、ゆっくりと繰り返す。


「氷上の目を見ていたら、ペロペロしたくなった」


「ペロペロ?」


「うん」


「隈を?」


「うん」


「……え、なに、水取、変態?」


 氷上は目の下を両手で覆うと、一歩あとじさって、根っこに足を引っ掛けてよろめき、幹に背中をぶつけた。

 ああ、見た目だけでなく、こういう小動物な仕草もときめく。


「何処を気にいったか聞いてきたから素直に答えたのに、何で変態になるんだよ」


「えっ、えーっ。これ、ただの、寝不足の隈……」


 そっぽを向いてしまったが、横顔や首筋が朱色だから、照れているのが分かる。


 高校入学初日で彼女が出来るかもしれない。

 ただでさえ俺の青春はブランクがあるんだ。絶対に充実した学園生活を送ってやるぞ。

 忌まわしい事件で俺の心と体に空いてしまった暗く深い穴を、氷上は埋めてくれるに違いない。


 短い歩幅なのにやたらと速い動作で歩きだした小さな背中を追う。


 氷上は両手を目元に当てた間抜けなポーズをしている。


「チャームポイントを隠すなよ」


「り、理由はともかく、水取……私に、惚れたんだ」


「うん」


「……どれくらい、好き?」


「許可さえいただければ、直ぐに抱き付いてペロペロする」


「ねえ、もし、私も、自己紹介のときから、水取のこと、気になってて、さっき、探していたって、言ったら、嬉しい?」


「マジで? お互いに一目惚れで両思い? これ、まじで運命じゃん!」


 角を曲がって校門まで数十メートルというところで、氷上は立ち止まり黙り込む。


「……私が、困ってたら、助けてくれる?」


「当たり前だろ! テロリストや異能犯罪者が相手でも、全力で助ける!」


「そ……。じゃあ、ちょっと、ついてきて」


 氷上がパリッとしたスカートのプリーツを揺らしながら、校門に向かって歩きだす。


 校門の前では、柔道着を纏った無骨な大男が二人、周囲に威圧感を放っている。

 牢獄のような禍々しい門を抜けて帰宅する生徒はいない。


「返事は? 付き合ってくれるの? ねえ? ねえ!」


「大声、出すな。ちょっと、テンション、落として」


 俺が隣に並ぶと氷上は歩く速度を上げ、次第に競歩っぽくなってきて、校門が目前に迫ってくる。


「あれ? 体験入部には行かないの? 一緒の部活に入ろうぜ。恋人と同じ部活って、最高だよな」


「恋人に、なった覚えは、ない。返事、保留」


「なあ、先輩達が見ているぞ。あの人達も、帰宅なんとか委員会じゃないの?」


 氷上が堂々としているから初めのうちこそ不審には思われなかったようだが、距離が近づくにつれ、柔道着の男達がちらちらと俺達の方を気にしだした。


「おい、氷上、待てって。帰宅しようとすると、さっきの眼鏡くんみたいに捕まるんだろ?」


 横合いから止めようとしたんだけど、俺の手は硬直してしまった。

 氷上が地の底から這いでてきたような笑みを浮かべている。


「ふ。水取の、告白、口だけ、じゃないことを、願う」


 氷上は口元を歪ませると、ぼさぼさの髪を振り乱して加速し、俺を置き去りに駆ける。


「戻れ、氷上、なに考えてんだ! 危ないぞ!」


 転入生の俺でも、さっきの騒動を見て、部活せずに帰宅したらとんでもない目に遭うことは理解できた。

 中等部からの進級組らしき氷上が分かっていないなんてこと有り得ない。


 走りだした氷上に門番達が気付き、目つきを鋭くした。

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