第2話 戦慄! 帰宅部取締委員会!

「アレが、帰宅部取締委員会。上に居る綺麗な人、委員長、三年の卑弥呼先輩」


「卑弥呼って、俺が心の中で付けたあだ名のまんま……。いったい何が始まるんだ?」


「見てて」


「うん。見ているけど、見えない」


 先輩は踵まである袴のような物を穿いているから、高い位置で立ち上がってもパンツは見えそうにもない。


「堂々とパンツ覗こうとするな……」


 腰を落として視線を下げていた俺の脇腹に、氷上が肘打ちを叩き込んできた。あくまでも注意するだけの、軽い感じだ。


「あ、いや、反射的に……」


 学校生活とは無縁な人生を送ってきたせいで、つい、体が勝手に動いてしまったのだ。俺は、ラブコメ漫画みたいな生活を送りたいんだ……!


 卑弥呼先輩が、玉串を小さく降ると、シャランと澄んだ音が響く。

 すると周囲の喧噪が収まり、空気が張り詰める。


「説明するのじゃ」


 先輩の声は、けして大きくないのに、不思議と耳元で囁かれたかのように、ハッキリと聞こえた。


 眼鏡くんを連行していた柔道着の男が、神輿の前で一礼すると、片膝を付く。


「先ほど、校門付近で不審な男子生徒がいたため詰問したところ、部活に参加せずに、ギャルゲーを買いに行こうとしていたことを白状しました」


「む? ぎゃるげえとは何じゃ?」


「はっ。テレビゲームの一種です。女の子と仲良くなるのが目的という、軟弱な遊びです」


「ううむ。わらわには、よう分からん。取り締まり対象にするほどのことなのかや?」


「はっ。その、言いにくいのですが、未成年が遊ぶには不適切な、ふしだらな内容がありまして。……エッチなのです」


「えっちなのかや。それは、問題じゃ」


「しかも……。18歳以下は購入してはいけない程にエッチなのです」


「な、なんと! そこの男子、本当かや? ぬしは、えっちなげえむを買いにいこうとしておったのかや?」


「あわ、あわわわ」


 眼鏡くんは腰が抜けたらしく、お尻を引きずりながらあとずさろうともがく。


 だが、両脇の柔道部が肩を押さえているから、逃走は不可能だろう。


「妾の質問に答えてはくれんのか。仕方がないのう。中村」


「はっ。お任せください」


 山車を支えるアメフトユニフォームの中から一人が歩みでて、眼鏡の男子に近づく。


 眼鏡くんは巨体の影に飲み込まれ、よりいっそう震えを大きくし、顔を涙と鼻水でグチャグチャに汚す。


「神妙にいたせい。青春の結晶と、情熱の迸り、どちらを望む」


「ひっ、ひいいっ」


「答えぬか。ならば、我が靴下に染み込んだ情熱の迸りを味わえい!」


「や、やだ、助け」


「帰宅部! 取り締まりぃ!」


 アメフトマンが靴下を脱ぎ、黒ずんだそれを、眼鏡男子の鼻先に突き付けた。


 眼鏡くんは目をぶるぶるっと痙攣させたあと「ぎひぃ!」と叫び鼻血を噴いて倒れた。


「中村よ、やりすぎじゃ。けほっけほっ…………臭すぎて、妾まで苦しゅうなるであろ。……こほん。新入生よ、覚えておくのじゃ。部活をせずに帰宅しようとすれば、同じ目に遭うのじゃ。くちゃい靴下の臭いを嗅ぐのが嫌なら、部活に励むがよかろ」


 御輿の上で先輩が周囲を視線で薙ぐと、身体を押されたかと錯覚するほどの歓声が巻き起こった。


「うおおおっ、卑弥呼様あっ!」


「卑弥呼様! 万歳!」


「帰宅部に粛正を!」


「運動部に栄光あれ!」


 卑弥呼先輩率いる集団は歓声をBGMにして、泰然と校舎側へと去っていく。

 巻き起こった熱狂はそのままに、部活勧誘の声があちこちから蘇える。


 一部始終を目の当たりにしたが、俺には果たしてこれがいったい何なのかまるで分からない。


「……えっと。何これ、演劇部?」


「どう、驚いた?」


「うん。現代日本の女子高生って、自分のことを妾って言うのな……」


「……私立九重学園は、部活動に、力を、入れすぎている。帰宅しようとすれば、彼と同じ目に遭う」


 氷上が騒動の爆心地を指さす。


 見れば、化学部と書かれたたすきをかけた白衣の男達が、哀れな犠牲者を何処かに引きずっていくところだ。

 保健委員会ではなく、化学部が連れ去るのがちょっと怖い。


「異能力者が通い、部活動に力を入れすぎている学校か……。自己紹介で部活経験をアピールしていた人が多かった理由が、なんとなく分かった」


「所属する部を、決めていない方が、珍しい」


 横を向くと、目が合った。

 改めて近くから見ると、氷上は可愛かった。


 ただし、ネズミとかモグラとかみたいな、ちっちゃくてキモ可愛い感じだ。

 肩まである髪はぼさぼさで、前髪が目を半ばまで隠している。

 じと目の下には濃い隈が広がっているから、夜遅くまで真面目に勉強したのかな?


「人の顔、見て、物凄く、失礼なこと、考えてない?」


 氷上の眼球が、ギョロッと動いた。


「失礼なことなんて考えてないよ。むしろ、賞賛している」


「……?」


 新品の制服は大きめで、成長期に期待しすぎているのが、よく分かる。

 手は袖に隠れているし、膝下数センチのスカートが無かったとしても、服の裾でパンツは隠せそうだ。


「か、体を見るな……」


 氷上が胸元を押さえて一歩下がった。


 俺の心臓がバクバク鳴っている。言うなら、今か。


「じ、実はですね。さっき女の子に一目惚れしたんですよ……」


「……女の子に、一目惚れ? ……そう。卑弥呼先輩、美人。水取もいとりが惚れるのも、無理、ない」


「違う」


「ん? 君は、同じ一年A組、水取紅もいとり・こうでしょ? 珍しい名字だし、自己紹介、凄いこと、言ってたし、覚えた。それに、外部受験組、珍しい」


「あ、うん。水取紅であってる。違うのは、惚れた相手です」


「ん?」


 えー。未だ、分かってくれないの?


 俺の顔は熱いから、多分、赤くなっているだろうし、けっこう息も荒くない?


 俺はさっきから氷上と目が合ったらすぐに逸らしているし、露骨に態度に出ちゃうから、ますます恥ずかしくなってきたのに。


 ええい。はっきり言うぞ。

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