第6話中篇一
ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の学生時代をすごし、ごく普通に社会へと出て挫折した俺は今、ごく普通にコンビニアルバイト店員として真面目に働き、生まれて二十五年目の平穏なる日々を営んでいたのであるが、ある晩ひろった
一文無しで風呂にも長く入っていないような女を、親切で人の良い俺は何~の下心もなく部屋に泊めてやって、女の盗んだ商品の代金までも肩代わりしてやり、まったくの親切心で女が風呂に入っている間に洗濯してやるために近所のコインランドリーへと訪れた。全て俺の金でである。
そこへモテナイ仲間として、日頃から親しくしているおまわりさんに、うっかり下着泥棒として逮捕されてしまったのであった。
と、ここまでが
もちろん俺は誤認逮捕であると主張したのであるが、流石は社会平和を守る市民の味方おまわりさんである。『親しい仲にも礼儀あり』と一蹴されてしまった。
なにしろモテナイ者同士で意気投合した間柄なのだ、モテない金ない根性ない、体力と
彼曰く。
「お前がモテないことは俺が一番よく知っている。真面目だけが取り柄と思っていたが、犯罪に手を染めるとは何事か! 見損なったぞ!」だ、そうである。
まぁ、彼の気持ちもわからないでもないのだ。モテない者同士、酒を酌み交わしタイプのアイドルを当てっこした程の仲だ。
その親友があろうことか犯罪に手を染めて、あまつさえ親友と自負する自分が逮捕する立場になってしまったのだから、その
気持ちはわかる、がしかし、俺は無実である。例え瞬間的であったにしても、リア充なのである。この花柄ブラジャーも、可愛いリボン付きパンティも俺が金を払ってランドリーに持ち込んだ物なのだ。なぜ俺を信じない!
必死に言い訳する俺に奴は、哀れみの目を向けて言った。
「信じるよ」
いや待て、なんだその目は? 今何か、違う方向に誤解しやしなかったか?
俺は無実だし変態でもない。それを証明すればよいのだ。しかし、ということはだ、――真実が明らかにされたその瞬間に、彼は親友を誤認逮捕した上に、あらぬ疑いを抱き、更にその俺から一方的にモテナイ者同盟を破棄され、親友に裏切られたモテない男となってしまうのではないか? それを思うと俺は、途端に彼が哀れで仕方なくなってしまった。
しかし、かといって俺が冤罪で人生を棒に振るのもまた可哀想ではないか。俺はあの女に足の親指しか触れていないというのに! 俺は悔しさのあまり、運命を呪い、涙が頬をつたうのだった。
俺に手錠を掛けた、気の早いおまわりさんが悔しそうに吐き捨てた。
「泣きたいのは俺のほうだ!」
だからそれ誤解だから……。
まぁそこで、俺は今の今まで親友として対等に付き合ってきたつもりのおまわりさんに対し、人生のスキルポイントを全振りした、俺の究極奥義、腰の低い処世術を全開発動してなんとか俺のアパートまで連れて来ることに成功した。
さらば友よ。君が悪いのだよ、男同士の友情とは、炎天下に佇むカキ氷の如く、かくも儚いものなのだ。
アパートのドアを開ける瞬間、俺の胸は高鳴っていた。もしや、まさか女が逃げていたならば、どうしよう? 俺は窃盗罪で逮捕され、最悪十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金となる筈である。前科がついてしまえば就職にも支障をきたすに違いない。
そんな、俺の人生を左右する一大局面のキーパーソンが、あの得体の知れない女なのだ。俺は不安でぶるんと身震いした。おまわりさんは職業柄、猿回しの紐よろしく腰縄に力を込めた。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏――かしこみかしこみアッラーにアーメーン。俺は兎に角、知っている限りの神という仏に御祈りして部屋のドアを開けた。あれほど女一人は危ないからと鍵を掛けておけといったのに、鍵が掛かっていないではないか。やはり、俺が洗濯に行っている間に俺の用意した、女にはブカブカの俺の着古したトレーナーを着たまま、何処かにドンブラコと流れていったのであろうか? いや、これは大袈裟でもなんでもなく、あの女なら有り得る話なのだから困るのだ。
不測の事態に備え、「失礼しま~す」と快活に一声掛けて、他人行儀に家賃を滞納している自分の部屋の戸を明けた。
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