第2話
「君は世界平和とか好きそうだね?だから私と一緒にやろう。世界平和を」
何を言ってるんだ?この人は。が翔吾が、蒼井茜に対してもった第一印象だった。
忘れもしない。高校に入学して部活動の新入生歓迎のレクリエーションを学校全体でやっている時に、廊下を歩いていた際に、そう声をかけられた。長い美しい黒髪と鋭い眼差しに不敵な笑みを携えた少女──蒼井茜にそう声をかけられた。
「嫌です」と意味不明な言葉をバッサリ断ち切り、翔吾は中学からやっていた吹奏楽部へ入部しようと音楽室へと再び向かおうとした。
ができなかった。理由は蒼井茜が翔吾の足をおさえていたからだ。がしりと掴んで地面に倒れながら。
「そんな事を言わないでくれ!新入生よ!!立ち止まってくれ!!そして私とやろう!!世界平和を!!楽しいよ!たぶんだけどね」
がーがーとわめく茜は、あまりに高校生にしては整い過ぎている透明な、すました美貌とは真逆の行動をしていた。子供が母親におもちゃを買って欲しいとごねるみたいに必死に足をおさえてはいつくばっていた。スカートも捲れ、中が見えていた。黒かった。
「………………何やるんですか?世界平和って?」と根負けをして翔吾が茜に聞くと
「そうかやはり君もやりたいんだな!!世界平和を」と茜はがばりと起き上がり、翔吾の肩を掴み、力を込めた。
………………この人、本当に人の話を聞かないなと翔吾は茜の顔を見上げた。
翔吾の身長はぎりぎり160cm(と本人が言ってはいるが、健康診断の公式な測定結果では158cm)に対し、茜は遥かに高かった(後に聞いたが172cmであった)
「では早速、今度の土曜日に都合をつけてくれ。午後2時くらいに学校に来てくれ!!制服でな。やろう二人で世界平和を!!」と翔吾の肩から両手を離すと同時に階段を駆け上がっていた。
嵐のような人だと翔吾は思った。そして世界平和って何?そもそも部活の勧誘だったのか?と翔吾は思った。そして去る時のにししと笑う茜の笑顔が最高に可愛いなと思った。
結局この日、翔吾は吹奏楽部の見学へ行くのを止めて、放課後まっすぐ家へと帰った。
頬をぼんやりと朱く染め、帰り道に何度も転んだ。
土曜日。翔吾は言われた時間の10分前には、茜はそこにいた。
「お!来たなぁ新入生」
「鷺沢です」
「ん?」
「自分の名前です。」
「おーすまない。そう言えば名前を聞いてなかったな!!」
ガーハッハッハッと豪快に少女は笑った。彼女の見た目とのギャップをここでも翔吾は感じた。
「すまない。名乗ってもいなかったな。私の名前を蒼井茜だ。よろしく鷺沢くん」
と言いながら彼女は手を差し伸べてきた。
蒼と茜。名前も真逆だなと心の中で翔吾は呟いた。とくんと心の音が鳴った。
「………………で実際、何をするんですか?世界平和って?」と差し伸べてきた手をそらすように翔吾は尋ねた。
お!早速興味があるか世界平和に!!とガシガシと茜はテンションを上げて。これだよ!と両手で持っていたものをかかげる。
ゴミ箱袋にトングであった。
「何をするんですか?」
「見たら分かるだろう」と不敵な笑み、にやりと笑いながら翔吾を見下ろす。
「ゴミ拾いだよ。鷺沢後輩」
………………本当に見たら分かる事だった。
その後、半日をかけ学校の周りのゴミ拾いを二人で行った。
「世界平和なんて。みんなが良いなと思う事を………ううん自分だけじゃなく、周りの人が喜ばれる事を。自分ができる事を。ちょっとの事を。ちょっとずつみんながやっていけばできると思うんだよね、私は」
とゴミ拾いを黙々とやって、疲労でくたくたになって地面に座り込んでる翔吾にスポーツドリンクのペットを手渡しながら茜は言った。
ありがとうございますとジュースを受け取ろうと手を伸ばす翔吾の腕を掴み、うりゃぁあと茜はぐるぐると翔吾をジャイアントスイングみたいに振り回す。
「なっ何をするんですか!!急に!!」
「楽しかっただろう!世界平和は!!鷺沢後輩!!」
にししといたずらな笑いを浮かべる茜。名前と同じ茜色の夕焼けをバックにして彼女は笑った。
マジで綺麗だと翔吾は心の中にある星々が弾けて弾けて大爆発を起こした。めちゃくちゃ。めちゃくちゃ恋をした。恋の始まりだった。
翔吾は、ボランティア部(茜曰く世界平和遂行部)に入部した。
部の活動は、その後も茜の言った通り。ちょっとした良い事──老人ホームや保育園の慰問活動やゴミ拾いがメインだった。
色んな彼女を見てきた。色んな彼女を見るたびに。もう自分ではどうしようもないくらいに彼女に恋をしていた。
彼女が受験もあるので翔吾に部長を任命して引退をしようとした。
彼女との二人だけの時間に終わりを感じた。
だから告白しようと思った。覚悟が揺るがぬよう、ラジオに告白の予告宣言をして。
放課後。二人きりの部室。何だい改まってと言いながら、大事な話があると呼び出した茜に。
「死ねるくらいあなたが好きです。茜先輩」
と必死に振り絞って伝えた。告白の言葉も好きなラジオのコーナー名から引用した自分の間抜けさを感じつつも。緊張で声が震えてるのを自覚してさらに震える。
そんな自分の人生史上。恐らくこの先もこんな事は有り得ないんじゃないってくらいに心を込めた愛の銃口は──
「………………………………いやだ。そんなん嫌だよ」
冷めた彼女の言葉を聞いて不発を確信して、翔吾は逃げ出した。全速力で教室を後にした。
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