第4話:脅迫

 ガリガリと音がしそうなほど、マルガネラ夫人が奥歯を噛み締めています。

 負けるのが大嫌いな勝気な人なのでしょうね。

 でも、時には負けるが勝ちという事もあるのですよ。

 私も適当な所で負けてみせた方がいいでしょうね。

 あまり勝過ぎて恨みを買っては何にもなりません。

 私の立場が圧倒的に不利なのは間違いないのですから。


「マルガネラ、君の負けだよ。

 それに、最初から我々に勝ちも負けもないのだよ。

 君は勝ち負けにこだわって、私が一番大切にしているモノを、踏みにじる心算なのかい?」


 本当に怖いのは、ソラリス侯爵のようですね。

 女傑マルガネラ夫人が、ソラリス侯爵のひと言で真っ青になって視線を外しましたが、その恨みが私に向かない事を祈るだけです。

 そのソラリス侯爵が、慈愛と諦めの籠った表情で、息子のチャネラル卿に視線を向けましたから、一番大切なモノがチャネラル卿であり、原因元凶もチャネラル卿なのでしょうね。


「では父上、これからは私が全て仕切らせてもらいます」


 これからの相手はチャネラル卿だけという事でしょうか?


「まあ、君が一番大切にしているモノを考えれば、今言った事はハッタリ、駆け引きなのは分かっているけれど、追い詰め過ぎると、私達に恨みを抱いて裏世界の人間と手を組むかもしれない。

 もっと穏当で簡単な方法があるのに、敵を作るような馬鹿じゃないんだよ、私は」


 チャネラル卿の言葉に、最初は喜色を浮かべていたマルガネラ夫人だが、後半は怒りを隠さずに真っ赤になっている。

 これは絶対に私に八つ当たりするね、止めてくれないかな、チャネラル卿。


「私の邪魔をするモノは、それが例え両親であろうと、容赦せずに殺すよ。

 父上は本当に私の事を愛してくださっているけれど、道具のように身勝手に愛してくださる母上は、何時いなくなってもいいのですよ?」


 チャネラル卿の明白な警告と脅迫に、マルガネラ夫人が真っ青になってガタガタと震えました。

 ソラリス侯爵家も、貴族家らしく複雑な家族関係のようです。

 愛憎入り乱れた骨肉の争いが貴族家の性ですからね。

 今日から私も、そのソラリス侯爵家の愛憎劇に加わることになるのですが、圧倒的に情報が不足していますし、信用できる家臣が一人もいません。


「さて、家庭内の事で話を止めてしまって申し訳なかったね、キャンディ。

 では、話を戻そう、キャンディ嬢に与える台所領と一時金と給料だったね。

 さて、どれくらいが妥当だと君は思っているのかい?」


 ちょっと、さっきと話が違っていませんか?

 条件を全部話してくれるんじゃなかったのですか?!

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