第28話「本物を入手しましょうよ?」
対称寺で入手した『対称寺御利益』は、この寺に関するご利益が多く記載されており、特にお札に関する専門書というわけではなかった。しかしお札の項目では興味深い記述が書かれていた。
「どうですか? 亮介さん」
夜も更けた頃、ペンションのリビングソファーで亮介の隣に座って、ひかりが対称寺御利益を覗き込む。
既に二人とも風呂は済ませていて、亮介の鼻孔をひかりの髪の匂いがくすぐる。更には滑らかなひかりの肌が眩しい。化粧は苦手なのだろう、ひかりは普段からすっぴんが多く、それで美少女だからため息が出る。
「ふふふ。鼻の下が伸びてる」
ミズコの囁きを耳にして、亮介はひかりの肩を押して遠ざける。ひかりが残念そうに「あぁ」と漏らすのは、今までが寄り添うような密着距離だったからだ。もちろん確信犯である。
「ちょっと興味深い」
「へー、どんな風に?」
「受付に立ってくれた女の人が、取り扱ってるお札とは書いてあることが違う気がするって言ったよな?」
「はい」
「たぶんあの寺で普段から取り扱ってる……つまり、販売してるお札はレプリカなんだ」
「どういうことですか?」
ひかりが興味を示す。お札に特化した書物ではないので、亮介はお札に該当する項目に付箋を貼っていた。それと手繰りながらページを捲る。
「鏡の裏側に貼り付けてあったお札は死者に関する現世の人へのご利益があるらしい」
「と言うことは、大事な人を生き返らせてください、とかですか?」
ひかりは期待をこめて言う。しかし亮介は弱く首を横に振った。
「例えば事例では、死んだ人が生前大事にしてた失せ物を見つけたとか。ちょっと強欲な事例を言うと、自分に有利な財産分与の遺言書が出てきたりとか」
「ふーん。それだと私たちが望むことよりも小さなことですね。でも、レプリカって言いましたよね?」
「そう。販売されているのはレプリカ」
「本物があるってことですか?」
「あるって書いてある。しかもそれはレプリカよりも大きな力を宿すとか」
「え! じゃぁその本物を入手しましょうよ?」
「それが本物の入手方法までは書いてないんだ」
「そんな……」
これは傍から聞いていたミズコも落胆の表情を示す。そんな二人を見て亮介は続けた。
「ただ本物はレプリカが進化して本物になるってことまではわかった」
「どういうことですか? そもそもレプリカって本物を真似して作るからレプリカなんじゃないですか?」
「そう、それが僕もわからないんだ。逆だよね」
「で、ここで行き詰ったと?」
「まぁ。でも足を止めるわけにはいかないから、明日地元の図書館に行ってみよう?」
「そうですね。お供します」
ひかりは元気に言うと、笑みを浮かべた。そのひかりの笑顔が癒しと元気を与えてくれるんだよな、と亮介は前向きになる。
この晩、運転で疲れている亮介を思いやってひかりが寝室を促した。鏡も寝室に移動させ、ミズコの目があるから大丈夫だと言って、二つあるベッドのもう片方をひかりが使って寝た。つまり結局のところ同室となったわけだ。
翌日は朝から図書館である。ミズコは鏡の中で車中待機だ。亮介とひかりは手分けして、地元の文献や工芸品、お札、オカルトに関する書籍を漁った。しかしそれは膨大な量で、成果は芳しくなかった。
昼食はファストフード店のドライブスルーを利用し、公園の駐車場で取った。
「平衡感覚がぁ……」
後部座席ではミズコが唸っている。そんなミズコをクスクス笑い、しかしちょっとかわいそうだなとも思いながらも、それでももしかしたらあと数時間で成仏するかもしれないのだから、亮介とひかりの我儘を聞き入れてもらった。二人はできるだけ長くミズコと対話ができる状態にしておきたかったのだ。
そんな車中で昼食を終え、ごみをまとめている時だった。亮介が言う。
「ひかり。住職さんとも話したいからもう一回対称寺に行ってみる?」
「はい、お供します」
亮介はその場でインターネットを使って対称寺を検索し、電話をかけた。電話に出たのは女の声で、昨日対応してくれた人だろうか。そんなことを考えながら亮介は、住職が前日の通夜の流れでこの日は葬儀があり、帰りは夕方の四時頃になると教えられた。
それなので、その時間まで図書館で引き続き調べものだ。しかし状況は改善せず、亮介もひかりも焦燥感が募る。一昨日より昨日、昨日より今日、今日でも時間の経過とともに焦りは尋常じゃないほど増大する。ミズコはなにもできない自分がもどかしかった。
やがて図書館を出た亮介とひかりは、十六時、対称寺にやって来る。もう最後の砦だと思う。時間もなければ当てもない。ここでダメなら絶望が待っている。藁にも縋る思いで二人は寺務所のインターフォンを押した。
「はい」
すると太い声が聞こえた後、初老の坊主頭の男が姿を現す。亮介もひかりもすぐに男が住職だとわかった。住職の方も二人が訪ねて来たのは聞いていたようで、話は早かった。
当初は寺務所の窓口で立ち話をしていたが、二人の目的を知ると住職は目の色を変え、鏡を持って本堂に上がるよう指示した。亮介とひかりは二人がかりでエスティマから鏡を運び出し、本堂に入れる。
本堂は五間ほどの間口で広かった。正面には何体もの観音像が祀られ、いかにもという雰囲気を醸し出す。亮介とひかりは鏡を広間の中央に据え、扉は開け放った。二人は広間の板の間にあった座布団に、正面を向いて正座をする。
程なくして住職も入室した。窓口で対応していた時とは装いを新たに、葬儀の時にお経を上げるような物々しい服装だった。窓口の時は軽装と言える和服であった。
「おお! これが!」
住職は鏡を目にして興奮した様子だ。亮介が住職に問う。
「やはりこの鏡をご存じで?」
窓口で本堂に入れと言ったのだから、その確信はあった。それでも敢えて聞いた。
「もちろんです。初めて目にしましたが。四十九日を司る黄泉の鏡ですな」
「黄泉の鏡……」
復唱するようにひかりが小声を出した。有識者からはそのような呼ばれ方をしていたのかと理解して、亮介は話を続ける。
「このお寺のお札が貼ってありました」
「存じております。あれは本物のお札です」
「え! あれが?」
亮介は目を丸くした。住職は説明をした。
「ここで一般販売されているのはレプリカのお札です。この寺の裏に対称山があるのですが、そこに祠があって、その祠で百年祀られたお札のみが本物となります。まずレプリカを入手し、本物と入れ替える。そこで祀られたレプリカが祠から百年出なければ次の本物に変わります。本物が取り出される度にお札の文面は微妙に変わります」
そういう手順だから本物とレプリカの経緯が逆だと感じたのかと、亮介もひかりも解せた。
「本物のご利益はやはり大きいのですか?」
「いかにも。百八年前の本物は黄泉の鏡を完成させました。家具職人が取り出しに成功し、四十九日を終えていない死者と対話する鏡。そう、ここにある鏡です」
亮介とひかりは高鳴る鼓動を抑えてミズコを向く。ミズコはもう消え入りそうなほど、その姿が薄くなっていた。亮介は勢いよく住職を向いて問う。
「例えば、その本物があればこの鏡の中の私の娘を生き返らせることはできますか?」
「娘?」
「はい。私と彼女には見えてます」
「この鏡の性質は存じております。あなた方に嘘を言っている認識もございませんでしょう」
認識――亮介はその言い方に引っかかりを覚えた。すると住職は続ける。
「私には見えておりませんが、感じてはおります」
住職は鏡を見据えて言う。ミズコは見えていないはずなのに、自分を見られているようで居心地が悪い。
「汝、四十九日をただ待つだけの死者ではない。あなたは鏡の世の管理人とも同義の黄泉の案内人ですな」
「え?」
「え?」
亮介とひかりの声が重なった。すかさず二人ともミズコに視線を向ける。鏡の中でミズコは俯いた。
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