第14話「私ともしますか?」
やはりひかりの料理の腕は申し分なかった。夕方、図書館から帰って来て亮介の家で炊事をしたひかりの味は、懐かしさを思うほど亮介に幸福感を与えた。たった一週間ぶりなのに、こんな些細な幸せを亮介は噛み締める。
「美味しいって言ってくれるのは作り手として嬉しいんですけど、味見するだけミズコより自信ありますよぉ」
そう言ってぷくっと膨れたひかりは可愛かった。亮介はミズコと張り合うひかりが年相応に子供っぽく、しかしそれが愛らしい。
「ミズコより上手だね」
そう言うとひかりは満足そうに笑った。確かに二~三回極端な味の時はあったが、ミズコはひかりの経験値を共有しているわけで、この日に限って言えば優劣つけがたい。基本的には同じ腕前だ。しかし亮介は今一緒にいるひかりをおだてた。
やがて食事を終えると亮介が洗い物をしている間にひかりは風呂に入った。亮介は既に入浴を済ませている。そしてその洗い物も終わり、リビングで寛いでいる時だった。
「ふぅ、さっぱり」
ひかりが風呂を上がり、リビングに入って来た。亮介はひかりを向く。
「うがっ!」
亮介は面食らった。ひかりは楽しそうに「お好みですよね?」と言う。
「なんで制服なんだよ!」
ひかりは学生服を着ていた。夏服なのでブラウスで、第一ボタンは外し、緩いゴム紐の大きなリボンはしっかり付けている。プリーツの効いたスカートから覗く生足は艶やかだ。髪は濡れているので、肩にタオルをかけている。
「ミズコが言ってました。亮介さんが一番視線を向けてくれた格好だって」
「一番長く一緒にいた時の格好の間違いじゃないのか?」
「なーんだ、そういういことか」
「て言うか、なんで制服を持ってんだよ? もう学校に行く用事はないだろ? 荷物にもなかったと思ってたのに」
「リュックに入れてありましたよ? 学校に行く用事はないからそろそろクリーニングに出そうと思って。だから少しくらい皺になっても平気なんです」
「意味がわからん。僕はロリコンじゃないし、なんのアピールだよ?」
「亮介さんがロリコンに目覚めそうだと聞いているので、JKブランドのアピールです。ドン!」
「目覚めんわ! それに胸を張るなよ……って! キャミは!」
ブラウスから透けるひかりの下着に亮介は釘付けになった。花の柄まで見えて魅惑的だ。
「え? 家なんだから必要ないでしょ?」
「あるわ! 僕は男だ!」
「洗濯物で私の下着なんて見慣れてますよね?」
「ぐぬぅ……」
「照れちゃって可愛いですね」
そんな掛け合いから始まった風呂上がりだが、ひかりが髪を乾かした後、なんとか勉強を始める。昼間のうちにひかりがまとめておいた質問箇所からのスタートだ。二人はリビングテーブルを挟んで対面して座った。
「わからなかった箇所は?」
「ここと、ここと、ここなんですけどね」
「多いな……」
「ん? ミズコはどうでした?」
「朝晩で一カ所ずつくらい」
「さすが。洞察力と直観力がありますね」
「ん? ひかりとは違うの?」
「はい。私は鈍いです。これは性格じゃなくて能力の差です」
「ふーん。よくわからんけどわかった」
とにかく勉強を進めなくてはならないので、亮介はひかりの問題集の解説に向き合う。そして腑に落ちたところで説明を始める。
「あぁ、なるほど。ここはまずね……」
「あの……」
しかし上目で亮介を見てひかりが止めた。亮介は「ん?」と首を傾げる。
「喫茶店の時から思ってたんですけど、正面からじゃやりにくくないですか?」
「いいよ、これで」
特に亮介は気にした様子がない。むしろ素っ気ない感じもしてひかりは「む」と言って教材を持った。そして膝でスリスリ床を擦って移動する。亮介の隣だ。
「正面からで大丈夫だって」
しかし亮介は膝でスリスリ移動してテーブルを回り込む。当初の座り位置が逆転して対面した。
「むむ」
しかし頑固な様子の亮介がひかりは面白くない。避けられているようにも感じるし、自分の意見が通らなかったことも剥れる。
ひかりは再度スリスリ膝で床を移動して亮介の隣に移動する。
「今日はせっかくスカート折ってるんですよ? 生足と絶対領域を間近で見るチャンスですよ?」
「そんなことしてたのかよ……」
だからミズコの時の制服より太ももが艶やかに見えたのかと亮介は理解した。てっきり風呂上がりの盲目かとばかり思っていたが。
しかしそれはテーブルのガラスの板面からも見える。教材も広げているわけだが、隣同士ならやはり視認性はいい。更に言うと、それをアピールされてはより意識が散漫する。だから亮介はまたもひかりの対面に移動する。
しかしひかりも追いかける。そんなくだらないことを数回繰り返し、ひかりが亮介の隣に座った時だった。
「ちょ!」
亮介は焦った。ひかりが亮介の腕を抱え込んだのだ。ふくよかな感触が腕を包むので亮介は煩悩との戦いが始まる。
「それでは解説をお願いします」
「離れて」
「離れません」
「お願いだから」
「ミズコとはどうでした?」
またミズコとの比較である。親友だと言ったのは間違いないのだろう。信頼関係も本物だろう。しかし今まで長年同じ経験を有してきたからこそ、ひかりはミズコと差ができることに抵抗があるのだと亮介は思った。それでも亮介にも引けない理由がある。
「隣だったけど……」
「けど、なんですか?」
「……」
「なんかあったんですか? あ! もしかしてこのタイミングでキスしたんですか?」
「……」
途端に赤面した亮介である。洞察力に自信がないと言ったのに、余計なことは気づく。いや、さすがにこれほど密着すればわかるのかと、亮介は考え改めた。
「私ともしますか?」
「え?」
しかし亮介の困惑とは裏腹にひかりはそんなことを言う。
「私はいいですよ?」
「いや、それは……」
「ミズコとはして、私とは無理ですか?」
「そうじゃなくて……」
「なにか理由があるんですか? 教えてください」
「はぁ……」
亮介は一度大きく息を吐いてから答えた。
「刑事罰を受けると免許が刑の執行を終了してから五年認められなくなる。ひかりは十八歳未満だろ? 更に言うと僕は次期社長だ。刑の執行を終わってから五年間、役員や支店の責任者とか、管理する立場の職に就けない」
「キスも犯罪ですか?」
「それだけで済ませられる自信がない」
「ミズコとはそれで済んだのに?」
「それが自分でも不思議なんだ。今のひかりに対しては自分の理性を信用できない」
これが腑に落ちなかった。昨日、今日とひかりと一緒にいて、ミズコだった時と比べて性的な欲求を抑えられないのだ。ミズコとはあれほど順調だったのに。
「なんでかは自分でもわからない」
「そういうことですか」
「ごめん。保身だから」
「そんなことないです。ミズコを大事にしたのも、今私を大事にしてくれてるのもちゃんと伝わってますから」
「僕はそんなにできた人間じゃない」
「謙遜です」
「違う。僕は今までまったく大事にできなかった」
言ってからしまったと亮介は思った。心の奥底にあるトラウマのような感情が顔を覗かせたのだ。
「大事に……?」
「うん。かけがえのない人をことごとく」
「別れた奥さん……ですか?」
ここでひかりには死別離婚だと言っていなかったことに亮介は気づく。
「死別なんだ。自殺」
「……。ごめんなさい。そんなことを言わせてしまって」
「気にしないで」
謝罪をしてしまった手前、ひかりはこれ以上聞けなくなってしまった。しかし亮介の言い方に引っかかりを覚えた。――ことごとく。なぜそんな言い方をしたのか。前の奥さん一人のことで? しかしそんなニュアンスには感じられない。
この後座り位置は亮介が折れたので、ひかりは勉強に意識を戻した。尤も腕は離されてしまったが。更には解説を終えると自分の勉強のため、正面に移動されてしまったが。
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