第10話「私との同棲をやり直しです」
一通りの話を終えてひかりは意を決したように言った。
「相談があります」
「なに?」
「少しの期間だけでいいので、私とも一緒に生活できませんか?」
「は?」
あまりに突飛なことだったので亮介は驚いた。しかしこの少女と間違いなく一緒に暮らした経験があるのだと自信を持って言える。だから違和感はない。
けどひかりの話が本当なら、ひかり自身は亮介との生活が初めてなので、独身の男の家に転がり込むことに抵抗はないのか? と亮介は心配するのだ。
「ミズコが好きになった男性ってどういう人だろうと思って」
「いや。まだ好きになった人だって確信はないよ?」
「少なくともミズコは大事な人だって言いました」
「まぁ、そうらしいね」
「それに同棲中の亮介さんの紳士的な態度も聞いて知ってるから安心できますし」
「げ、聞いてたの?」
これは一緒に寝たことも知られていそうだとばつが悪い。
「はい。聞いてなかったのは相手が誰か、です。男性っていうことまでは聞いてました。だからどうですか?」
「君も押しが強いね。やっぱり同一人物に思えるよ」
「あぁ、そうだ。一つ大事なことを伝え忘れてました」
「なに?」
「ミズコは私が生まれてからずっと、私と同じものを見聞きしてるわけだから、まったく同じ経験をしてきてます。だから性格は一緒です」
「そうなの?」
これには驚いた亮介である。しかしこの日一番腑に落ちるとも思った。
「はい。喋り方も同じじゃないですか?」
「確かに……。けどミズコの方が強引で図太い感じがするな」
「あはは。そうなんですね。それはミズコ無理をしましたね。よっぽど亮介さんと一緒にいたかったんだと思います」
ひかりが言うミズコは図書館で会った日、最初から押しが強くて我儘だった。しかし今日のひかりは違う。けれどそれは亮介の体験した生活を共感できない故の恐縮だとも理解している。とは言え説明を終えた今、不敵に笑ってグイグイ話すひかりは先週までのひかりとイメージが近いから納得もするのだ。
「因みに男性の好みも同じです」
「まさか」
「だって同じ時間を共有して同じ性格になったんですから価値観も同じです。私の初恋の相手、小学生の時なんですけど、ミズコもその男の子のことが好きだって言ってました」
そんなエピソードを聞いて亮介は思わず赤面する。いや、違う。そう自分に言い聞かす。ミズコが自分に惚れていたとは決まったわけではないから。目の前のひかりを前にして、自惚れそうになった自分を恥じた。
「ミズコがどういう存在で、どういう経緯で生まれたのかは私にもわかりません。ミズコはそれを話そうとしないから。けどずっと同じ経験をしてきて私の一番の理解者です。だから彼女は私の一番の親友です」
「なるほどね」
「まぁ、デメリットもありますけど」
「例えば?」
「プライバシーなんてへったくれもないです。恥ずかしいことをしてても全部知られちゃうし。それどころか全部見られちゃうし。だからカレシ作ったことないです。そういうことになったら困るから」
「あぁ、なるほど」
と薄い反応を示しながらも亮介は内心で笑った。こういうオープンなところもやはり先週までのひかりと重なる。当初はそんなネタに狼狽させられたものだ。
しかしここで亮介は一つ気づく。
「あれ? 今ミズコはまたひかりの中にいるの?」
するとひかりはやや俯いて首を横に振った。
「一度出てからは、次は四十九日間鏡の外で過ごしたら戻って来るそうです。今は鏡の中にいます」
「そうなんだ……」
「それでどうですか? 今の私との共同生活」
「いや、それは無理だ」
「学習合宿名目の家出だったからですか?」
「わかってるじゃん。追試が終わったお盆からはノープランのままだし。って、そう言えば追試はどうなった?」
「えへへん」
ひかりは満面の笑みを浮かべてピースサインを向ける。それに思わず亮介の頬も綻んだ。
「亮介さんとミズコのおかげです。その場で採点してもらって大丈夫だったって聞いてます。補習も休まず通ってくれたので、出席日数もバッチリです。だから今日はバイトに行けたわけです」
「そっか、そっか。それは良かった」
「けど、どうしましょう……」
「ん? どうした?」
「ミズコが単独で体感した追試だから今の私にはその記憶がありません」
「げ……」
「次のテストは間違いなく関連単元で点が取れません」
「……」
渋い顔をした亮介からはもう言葉も出ない。一方悲壮感漂うひかりは暗い表情なのに、話しているうちに悪知恵が浮かんできて、したたかに亮介を攻める。
「ミズコの同棲のお相手は何かの資格試験のために勉強をしてるって聞いてました」
「あぁ、宅建士だね」
「宅建士だったんですね。そこまで教えてくれてれば亮介さんが今日お店に来た時あんなに驚かなかったのに。不動産屋の亮介さんが相手だって気づけるから」
「確かに」
「これからもまだ試験勉強を続けますよね?」
「そ、そりゃぁね……」
「それなら今までのルーティンを続けられますね」
「追試の範囲をまた教えるってこと?」
「はい。亮介さんにとってはループで、私との同棲をやり直しです」
亮介からすると根気のいることなのに、ひかりは悪びれた様子もなく明るい表情だ。
「同意書の内容は?」
「地域のオカルト研究会に私が参加した。それでこれから残りの夏休みを利用して合宿がある。っていうのはどうですか?」
「家に帰りたくないって理由が実は本音か?」
「あはは。しっかりバレてますね。さすがは私と同じ性格のミズコと三週間半一緒に暮らしただけあります。しっかり私たちのことを掴んでますね」
「ったく。それにしてもいまだに君のお父さんが娘に無関心なことが信じられないよ」
「まぁ、あの人はゲームにしか関心がありませんから」
「ゲーム?」
知らない事実だったので亮介は驚いた。
「あれ? それは聞いてなかったですか?」
「うん。離婚してから女を連れ込むようになって、夜の音も嫌だって。まずはお姉さんが結婚で独立して、次に君が時々お姉さんのところに家出をしたものの、最近は赤ちゃんがいるから居づらいってことくらいしか」
「十分と言えば十分わかってますね。より詳しく話すと父はゲーム依存症です。それが原因でニートになって母は出て行きました。その後、オンラインゲームで繋がった女を住まわせて、いつも一緒に昼夜逆転でゲームをしてます。ゲーム課金にお金を使いたいから扶養家族は邪険にする。夜の営みも聞こえるから私にとっては多大なストレスです」
「そういうことだったんだ」
「ただ、家は今言ったとおりで昔から改善はないんですけど、お姉ちゃんの方は今では居づらさをあまり感じません。今日なんか甥っ子が凄く可愛くて、子育てスクールに行く前なんかは私が離しませんでしたから。なんで今まで敬遠してたんだろうって、ちょっと勿体ない気持ちがあります」
「じゃぁ家出先はお姉さんのところでもいいんじゃ?」
「お姉ちゃんの方が気を使うんですよ。甥っ子の夜泣きで」
いまいち理解できない亮介である。ミズコの時から育児に気を使って遠慮しているとは感じていたから、今のひかりの発言がよく掴めない。しかしそんな亮介を気にすることもなくひかりは続けた。
「と言うことで、家出少女の私を引き取ってください」
「……」
「渋い顔をしても無駄です。ミズコは引き取ったんだから、私も引き取らないと不公平です」
「僕にとってはいまだに同一人物の意識も残ってるよ」
「なら尚更やりやすいじゃないですか」
ひかりの言うミズコが居なくなってからは喪失感を多大に感じていた亮介なのに、ひとたび目の前のひかりの話を聞くとミズコの時と同じような会話を繰り返している。こうなっては結局どちらが根負けするかは最初から決まっているというものだ。
「とりあえず今日は我慢して帰れよ」
「そんなこと言わないでください」
「同意書を用意するから。それと着替えを持って明日来いよ」
「なるほど。それなら了解です」
「内容はオカルト研究会の合宿でいいけど、実際は勉強な」
「う……」
渋い表情を浮かべたひかりを無視して、亮介はこの後ノートパソコンを開き、以前の同意書の文面を雛形に新たな同意書を作った。一方ひかりはその用紙を手に、軽やかな足取りでこの日は帰宅した。
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