第4話「幼気なJKを追い出すんですか?」

 なぜこうなったのか、亮介は戸惑うばかりだ。


「もう外は暗いけど、帰らないのか?」

「幼気なJKを追い出すんですか?」

「幼気な女子高生だからこそ、ここにいることがマズいんだけど?」

「さっき親にライン送ったのは見せましたよね?」

「はぁ……」


 薮内不動産喫茶の喫茶店部門は閉店が十八時だ。十八時を過ぎてもひかりはまだ勉強を続けると言って、なんと亮介の部屋まで押し掛けてしまった。

 亮介は未成年を独り暮らしの男の家に入れたことにばつが悪い。ひかりの押しに負けて入れてしまってから冷や汗も浮かぶ。犯罪を犯しているようで気が気ではない。しかも出会ってまだ二回目の女の子だ。

 しかしひかりの言ったとおり、ひかりは親に連絡を入れていた。


『勉強を教えてくれる男の人の家にいる』


 既読はすぐについた。しかし特段返事はない。それでも既読からかなり時間も経っているので、亮介は半ば同意の意味かとも思っている。もちろんひかりからしたらそれを同意だと思っているし、そもそも亮介がうるさいので普段は親に連絡を入れるなんてことをしないのに、この時ばかりは亮介を説き伏せようと連絡したのだ。


「て言うか、自分で進められるじゃん」

「そんなこと言わないでください。行き詰った時は本当にこの世の終わりかと思うほど絶望するんですから」


 喫茶店にいる時からひかりの勉強に対する質問は少ない。喫茶店では一回だけだった。やがて亮介の自宅に上がって既に十九時半になるが、ここでもまだ一回だけだ。追試を疑うほどひかりは一人で勉強を進められていた。


「その調子でやれば追試にはならなかったんじゃない?」

「こればかりは仕方ないです。学校サボりがちで、普段は勉強も疎かですから」

「せめてテスト前くらいさ?」

「過去の私に言っても仕方ないです。私は今焦ってやってるんですから」

「なんで今までやらなかったんだよ?」


 するとここでひかりが手を止めた。そして射るように亮介を見つめる。美少女の真っ直ぐな視線に亮介は照れてしまって頭をかいた。


「ごめん。勉強続けな? 邪魔して悪かった」

「いいですよ。そろそろ休憩しようかと思ってましたから。亮介さんの方こそ自分の勉強大丈夫ですか?」

「うん。それなりに」

「じゃぁ、休憩にして少しお話しましょう」


 そう言うので亮介は、双方の手元のグラスにお茶を注いだ。


「私の家は古い造りで壁も薄い平屋建てです。エアコンも効かないのでせいぜい扇風機ですが、風通しがいいとは言えない間取りなので暑さに限界があります」

「あぁ、それで図書館に行ってたんだ」

「そうです。亮介さんは普段この部屋で勉強しないんですか?」

「机がないから床に座っての勉強は疲れるんだよ。それに図書館の方が、緊張感があって捗るから」


 二人は今、亮介の部屋のリビングでリビングテーブルを使って勉強をしていた。クッションは敷いているものの、亮介は床に座っての勉強で足が痛くもなっていた。また、リビングテーブルは板面がガラスで、ひかりが制服のスカートなので、彼女の絶対領域が気になる。本当のことを言うと意識が散漫するのも否定できない。


「私はお婆ちゃんと父親との三人暮らしです。お母さんは私が小学生の時に離婚して家を出ました」


 ひかりからの身の上話は唐突で思わず亮介は耳を集中する。一方でどうして自分にここまで心を許しているのかの理解ができない。こういう話題に抵抗がないだけなのかもしれないが。


「五歳上のお姉ちゃんは結婚して独立しました。今年赤ちゃんも産みました」

「ん? 花屋の奥さん?」

「そうです」

「若いとは聞いてたけど、そんなに若かったのか。と言うことは、今二十一歳?」

「今年の誕生日が来たら二十一歳です。結婚したのは十八歳です」

「十八!」


 亮介は思わず目を見開く。そんなに若くして結婚したのかと驚いたのだ。


「早く家を出たくて、高校の時にバイトをしてた花屋の店主さんを捕まえました。高校を卒業してすぐに入籍です」

「お父さんは一人親なのに、よく同意したね? 法的にも未成年の結婚は保護者の同意がいるでしょ? 聞く限り、デキ婚じゃなさそうだし」

「食い扶持の削減です」

「は?」

「要は扶養家族を減らしたいんです。父はニートですから」

「……」


 なんと答えたらいいのかもわからない。中高生の娘を持つ一人親の男が無職だなんて。


「おばあちゃんがおじいちゃんから相続した小さなアパートがあって、その家賃収入とおじいちゃんが遺した遺産とおばあちゃんの年金で生活してます。家は持ち家なので家賃もローンもありません」

「無借金……」

「そうです。それでも持ってるのは小さなアパートなので、収入なんて知れてます」


 不動産会社に勤める亮介だからその辺りの金銭感覚はある。ひかりの言うことは間違いないだろうと思った。


「しかし、なんで突然そんな話を?」

「お姉ちゃんが早く家から出たかった理由は、私があまり家に居たくない理由と同じだからです」

「どういうこと?」

「私が中学の時に父親は女を連れ込むようになりました。今では住み着いています」

「あぁ。じゃぁ本当は三人暮らしってわけじゃないんだ」

「認めたくありません。ニートの父親に依存して私の生活に影響を及ぼす女なんて」

「まぁ、確かに。経済的なことだよね?」

「それだけじゃありません。うちは壁が薄いんです」

「そう言ってたね……あ……」

「気づきますよね? 大人の男性ならこの意味に。毎晩、毎晩、父親と他人の夜の営みを聞かされることに。平屋だから逃げる場所もないです。離れに蔵はあるけど土壁で暑いし寒いし不衛生だから、そこは個室にならないし」


 自分の父親と同じような構図だが無職だから全然印象が違う。それに亮介は父親の義孝と一緒に生活はしていないし、愛人の美代子ともつかず離れずの距離感を保てている。そもそもひかりとは性別も年齢も違うから、嫌悪感の度合いに差があるのかもしれない。

 しかし亮介は気になったことがあるので恐る恐る聞いた。


「まさかとは思うけど家出願望があるとか……?」

「ありますよ」


 きっぱり肯定したひかりにこの日一番冷や汗が浮かんだ。亮介はとんでもない爆弾を抱えたのではないかと震撼する。


「去年まではよくお姉ちゃんの家に逃げてましたから」

「今年は?」

「途中まではそうしてました。それで学校もサボりがちで」

「それで出席日数……。途中からは?」

「赤ちゃんが産まれちゃって、それで居づらいんです」

「子供苦手なの?」

「それがわからないんです。甥っ子だから可愛いのは間違いないんですけど……」


 育児が増えた姉の家庭に気を使っているようだと亮介は思った。


「ただ、お姉ちゃんは私の味方だから居場所をくれるのも間違いないし、だから週末だけバイトを始めました」

「そういうことだったんだ。おばあちゃんはどうなの?」

「おばあちゃんは優しいですよ。私たちの育児をするって言って、親権を息子から譲らなかったですから」

「それじゃぁ、おばあちゃんとこれからも仲良くすれば――」

「おばあちゃんは孫以上に息子に甘いんです」

「あぁ……」


 亮介は天を仰いだ。そういう親だからこそ息子はいい歳になって無職なのだろうと納得してしまったのだ。それによってひかりは生活が乱れ始めているのだ。

 そのひかりが空気を入れ替えるように言う。


「さて、それでは本題に入りましょうか?」

「入りません」

「そんなこと言われても勝手に入ります」

「やめてください」

「亮介さん、家出少女を引き受けてください」

「無理です」

「こんな美少女だと戸惑いますか?」

「そういう問題じゃなくて、倫理的に良くない。犯罪です」

「親の同意は取れます」

「それでもダメです」

「欲情しちゃうからですか?」

「僕はロリコンじゃない。けど、自分の理性にも自信がない」

「正直ですね。まぁ、家出少女の定めですよね。覚悟はします」

「勝手に話を進めるな」


 ひかりとの応酬にどんどん亮介は疲弊する。


「そもそもなんで僕なんだよ?」

「一番信用できそうな大人だからです」

「他にいないのかよ?」

「いません。亮介さんに断られたらこの夏休み、ネットに『#家出』って書き込んで募集します。あんな家に帰ってグレるか、ここから追い出されて堕ちるか」

「仕事で知り合った間柄を利用して、断りにくい僕の足元を見てるだろ?」

「当たり前です。て言うか、亮介さんの方が私から見て顧客のはずなのに、とんでもない話ですね」

「そこまで理解してんのかよ。そもそも最初からそのつもりで家まで押し掛けたのか?」

「それは違います。当初は勉強を教えてもらうのが目的でした。今日半日一緒にいるうちに、亮介さんみたいな大人な男性に私の家出を受け入れてもらいたいなって思って」

「誘惑するような言い方をやめろ」

「JKブランドを使って誘惑してます。否定はしません」

「ぐぅ……」

「そろそろお腹空きましたね。私料理もできます。JKと新婚風生活そそりません?」


 呆れてものも言えない。しかしひかりが引かないのは目に見えてわかる。だから亮介の困惑はより大きくなるばかりだ。

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